第134話 15階層ー3
「カベウラさん、カベウラさん! 今見ました!」
「ん? 見てたが……」
常識からしてありえない変容を遂げた蟹ボスを見て啞然としていた一行の中で、ストスだけが興奮した様子でカベウラに尋ねる。
「変形です、変身ですよ! かっこいいですよね!」
「お、おう」
普段から礼儀正しく、見た目よりかは大人びたストスだがやっぱり中身はこういうのが好きな年頃の男の子らしい。目がキッラキラだ。
「今気付いたんだけど。なんか、生身鋏はちょっと変わった形してない?」
「む、確かに……」
マシュロの指摘した通り、今は蟹ボス……だったやつの鋏の爪は彼らが思っていた以上に太かった。
付けている腕も何だか太く、鋏を閉じている間はまるで棍棒のようにも見える。
よくは分からないが注意だけしておこう。
カベウラがそう思った時、変形したボスの足にぐっと力が入るのが見えた。来るのかと、全員が身構えた瞬間その思いとは裏腹にボスは見当違いな方向にジャンプする。
そこにあったのは登場する際にも乗っていた、ボス部屋のあっちこっちにある滝の水柱。その滝の水柱の間を縦横無尽に飛び交い、後衛の狙いが定まらないように立ち回る。
「早い!」
「なんか、猿みたい」
「なるほど、ここはさしずめ水の森ってとこね」
変形により、柔軟に曲りくねれるようになった胴を駆使して、なお捉えにくい動きをしていたボスがこちらに鋏を向けて、水の弾を飛ばす。
「わ、水飛ばして来た!」
「水魔法も行けるのか、多才な」
どうやらボスは変形に合わせ、素早くアクロバットな身のこなしで攻撃を避けながら、遠距離攻撃で攻めるスタイルにシフトした模様だ。
そこからお互い当たったり避けたり、防いだりと攻防が展開される中……。
「……ごぼっ!?」
「えっ!?」
「水がドーム状に集まって……!」
思わずと言ったストスの呟きの通り、ボスが放った水は巨大なドーム状に留まり、カベウラを包み込む。どうやら今まで撒いていた水をこっそり操作して忍ばせていたようだ。
そこにボスが凄まじい勢いで飛び込む、腕の鋏を水のドームに突き入れる。
次にすでに限界まで大きく開いていた鋏が――目にも留まらぬ速度でカチンッ!と噛み合って……。
「く、は――っ!?」
想像を絶する衝撃と熱がカベウラを襲う。
直前に盾を鋏の前に突き出すも意味はなく、あまりの衝撃に視界が激しく揺れのを感じ、カベウラは自分に昏倒の状態異常が掛かったのを理解する。
身動きが取れないカベウラに再び鋏が伸び……。
「カベウラさん!? このっ!」
「今助けるわ!」
それを見た即座に動いたストスの火炎剣が水のドームを蒸発させ、間髪入れずマシュロが風で昏倒したカベウラを後方に弾き飛ばす。
「う、ぐぅ……」
「ポーションを!」
だったの一撃でHPが危険域に到達していたカベウラにHP、状態異常の回復ポーションがふり掛けられる。
「助かった、ふたりとも」
「どういたしまして」
「ふん……これぐらい当然よ」
仲間たちの激励に気を取り直し、装備をチェックしたカベウラは驚愕に目を見開く。
「うそだろ……あの一瞬で盾が溶けた!?」
データも確認してみると耐久値も底をついて破損状態に陥っている。予備の盾に持ち替えながらとんでもない瞬間火力だと、思わず身震いすら伝っていた。
だが、カベウラはそれでこの形態がなにをモチーフにしたものかを察した。
「こいつ、テッポウエビか!」
テレビどこかで特殊な鋏を用い水中で衝撃波を放ち狩りをする生物を見たことあるとカベウラは思い出した。
その際に4400℃という太陽の表面に近い高温が発生することも。とは言っても現実でのテッポウエビなら一瞬かつ極小範囲での話なのでこうはならないのだが……。
「それがスケールアップするとこんなことになるのか……」
「なんかよく分かんないけど、ともかくまともに当たったらヤバいってことね。今はそれだけ分かれば十分でしょ」
「はは。それも、そうだな!」
いつものペースを崩さない自分の相棒を見て、怯んでいるのがバカらしくなったカベウラがボス……
実験的に変形機構を取り入れて15階層のキメラのボスモンスター
最初の蟹の姿が様子見を兼ねた防御重視の第1形態『キャッスル』。
今のテッポウエビの姿が速度と火力重視の第2形態『キャノン』。
それら2形態を戦況次第で使い分けて戦うことをコンセプトとしたキメラである。
おまけに適正がある魔石を詰め込んで多様な魔法を使わせているのも特徴のひとつ。
その
土と光は第1形態の殻を作るのに、水は攻撃とさっきの衝撃波コンボに、星は体重を調整しての身のこなし全般の補助に使っていた。
中々手の込んだそこそこ強力なキメラではあるのだが……これらもタネは割れてしまえば対処はそう難しくない。
『キャノン』はすばしっこいのが少しだけ面倒だが、そこはクラリスのレーザー光線がいる。どれだけ動きが複雑で早かろうがクラリスの目がそれに慣れてしまえばお終いだ、だって光速からは逃げられのだから。
身のこなしを柔軟にするため殻を捨て去っているこの『キャノン』形態ではレーザー光線を防ぐ術もない。
だからってレーザーを防ぐため『キャッスル』に戻っても意味はない。多数の強力な後衛と優秀な盾役があるこのパーティー相手には、最初虚が突いた時に崩せなかった時点でもうただのデカい的でしかないからだ。
それでも鋏のテッポウが決まればまだ勝ちの目はある。だがそれもガッチガチに警戒しているカベウラの牽制と『陽火団』の斥候による魔法の感知で出鼻を挫から続け、予備動作にも入れない。
結局それからすべての攻撃パターンを完封されてしまい……為す術もない《ダブルシェル》は呆気なく光の粒へと化した。
「やった! なーんだ、思ったより楽勝だったわね!」
「ふふふ、そうね。途中の苦労に比べたら確かに呆気なかったわ」
「おいおい、不謹慎だぞ……と、言いたいが。実際少しだけ危ない場面もあったが概ね苦戦をしていない、か」
「ですね」
「よし! このまま次の階層にでも――」
この勢いを乗ってさらに先へ。そんな一行を遮るかのように……
「―― 楽しいそうなとこ悪いが、ここから先はまだ施工中でな。お引取り願おうか」
「「!?」」
……突如して虚空に生まれたこのダンジョンの主の声が、否応に全員の耳朶を打ったのであった。
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