第132話 15階層-1

5、10と同じ鉄扉を開けて一行はボス部屋である15階層に足を踏み入れる。


「ここが海フィールドのボス部屋なのね。ん? あ、ここ水の中じゃないわ!」

「本当だ。床や壁は変わらず謎の透明壁だけど、ちゃんと空気がある」


真っ先にボス部屋に突撃したマシュロとそれを追いかけてカベウラが敏感に環境の変化を感じ取る。

ふたり言う通り、広大な部屋の所々の壁や天井から出た水がどこかに滝のように流れ落ち、床にも水溜りがちらほら居るが15階層のボス部屋は確かに空気で満たされた空間だった。


「でも階層ボスの姿が見えないね~」

「先の扉もやっぱりいつものボスを倒さない開かいあの鉄扉だから、どこかにあるはずですは……」


後から入って来たクラリスとストスがそう言うが早いか。

遠くの滝から水を掻き分ける不規則な騒音が鳴り響く。それに気付いたその場の皆が視線を騒音の方に向けるとそこには……。


「あー! あの時宝箱背負ってた巨大蟹!」

「こいつがボスだったのか……」


滝を降りて、猛烈なスピードでこちらに迫る巨大な蟹型モンスター……それがここ15階層のボスだった。


「あの時は一瞬過ぎてよく見れなかったけど……綺麗な殻ね~」

「まるでガラス細工みたいです」


今は言われた通り、蟹ボスの甲殻から鋏、足先に至るまで照りついた日差しが眩しいほどに輝く鏡面じみた水晶で出来ていた。

澄み切った身体の表面が辺りの光景を映し出している様は清涼感すら覚えるほどだ。


「いかにも反射しそうな見た目ね~」

「呑気に言ってる場合ですか……来ますよ」


のんびりな口調で敵を分析するクラリスとそうとは知らずに嗜めて警告するカベウラ。

暫く様子見をしていた蟹ボスだったが、一行の方が動かないでいるとしびれを切らしたとばかりに襲いかかる。


「めっちゃ縦歩きで迫ってくるじゃん! 蟹は横歩きでしょうが!」

「いや、普通に縦に歩く種もあるんだが……ともかく俺が受け止めたら一斉に攻撃でしてくれ」

「「了解!」」


指揮は流れでカベウラが受け持ったまま、蟹ボスの攻撃を受け止めて盾が軋む音をゴング代わりに戦闘が始まった。


カベウラの指示通りに彼が大盾で押さえつけて蟹ボスを拘束した隙きに一斉に遠距離攻撃が飛ぶ。

水中という縛りがなくなったことで魔法だけでなく、矢玉などの物理的な遠距離攻撃も蟹ボスに殺到する。


蟹ボスは自分の甲殻に自信があるのか、チマチマしたそれらを無視しまず目の前のカベウラを鋏の爪を振り回す。カベウラはそれを上手く捌き、仲間が攻撃しやすいように蟹ボスを抑え続ける。


そしてその攻撃には当然、クラリスさんの『陽水』によるレーザー光線も含まれるのだが……。


「やっぱり反射したわ! でもそれなら」


鏡のような身体の印象を裏切らず、幾条もの光線は反射されあらぬ方向に曲がる。

それを読んでいたクラリスは即座に光線を制御しもう一度その軌道を蟹ボスに向けて曲げた。


そのまま光線を当てる……のではなく、至近距離でそれを束ね光エネルギー掴み留まらせる玉とした。するとどうなるか?


「殻が、溶けてる?」

「光エネルギーを近くで圧縮させて、それに温まった空気伝いに熱波だけを送ってるのか……って、クラリスさんこれ俺も暑いんですが!?」


それはさながら小さな太陽の顕現。

周りにあるものを問答無用に焼き尽くす灼熱を放つ光球。

それで蟹ボスはもちろんのこと……密着して蟹ボス抑えているカベウラにまで影響を及ぼし、両者のHPをじわじわと削っていた。


「あら、ごめんね~」

「いや、言ってないでそれを動かすなりしてください!」

「それもごめん、無理。この状態を維持するだけで精一杯なの。そっとそのまま耐えてて?」

「んな無茶な!?」


光属性の魔法は極めて操作の難しい魔法である。

光という人間の認識を遥かに越えた速度を持ち、ちょっとしたことで跳ねっ返りまくる物質を操作するのは、最新VRのイメージトレースシステムを持ってしても困難な技術なのだ。


むしろ、そんなものをイメージの思考操作だけで一箇所に留めて居るだけでクラリスは大したものなのだ。


「おうっと!」


その熱量に余程堪えたのか、他の攻撃は割と余裕で受けていた蟹ボスが激しく暴れ、カベウラから距離を取る。

一応阻止しようとしたカベウラだったが、光球によりスリップダメージを負っていたせいで身体が鈍り結局取り逃がしてしまう。


それを見て取ったクラリスは光球を遠く彼方に飛ばすことで処分する。そのまま開放などしたら灼熱の熱発が放たれ、味方に甚大な被害を及ぼし兼ねないからだ。


「仕切り直しか」

「そうみたいね。それに警戒されたわ」


さっきの光球は危険と判断したのか、蟹ボスの注意が『陽水』とそれ操るクラリスに向く。透かさず挑発系のスキルをヘイトを奪うカベウラだが、それでも完全に注意が逸れたりはしない。


「これは……またどっかやつが指揮してるな」


カベウラが挑発に使ったのはサードジョブは重戦士ヘビーファイターのスキルだ。これが特殊な補正込みダンジョンボスならともかく……普通はそう簡単に逃れなれるものではないからこそ推測。


「また後ろでコソコソ盗み見ってわけか。本当にセコいやつだ」

「まーた何独りごちってんの! いいからもう1回あの蟹取っ捕まえ来なさいよ」

「はいはい、言われんでも行くからそう喚くな」


文句いう自分の相棒にいつもの軽口を叩きながら、蟹ボスに向き直るカベウラだったが……何かに様子がおかしい。

蟹ボスがまるで怒っているかのように身体を震わせ、下がったその場で停止していたのだ。


「私の攻撃がそんなに癇に障ったのかしら~」

「これは、嫌な予感しますね……」


ストスがそう言ったのがフラグにでもなったかのように次の瞬間、蟹ボスの巨体が何倍にも膨れ上がる。

正確にはクリスタルの甲殻がその厚みを増させているのであり、お陰か先程光球で溶けた部分さえも埋め尽くしている。


最終的に一回りほど大きくなった蟹ボスがその巨体からは想像も出来ない速度で突進、クラリスを狙う。


「はやっ……おもっ!」

「おお、ナイスガード~」


警戒していたが故、ぎりぎりカバーに間に合ったカベウラだった、これまた軽やかな動きとは似つかわしくない重さが盾越し掛かる。


「それではもう一丁……あら」


それ幸いにクラリスが光球を置こうとするもそれを察知したのか、蟹ボスが来た時以上の勢いでバックステップを踏む。


「蟹の癖に足先の器用なやつね」

「そうだな……む、また何か仕掛けくるみたいだ、用心しろ!」


その鮮やか機敏さに感想をもらしていると、蟹ボスの雰囲気が変わる。


自分の爪を引き絞るように構えていた蟹ボスが、蟹とは思えない角度で腕を横に薙ぎ――。


「なっ?!」


―― 相当の距離があったはずのカベウラを弾き飛ばしたのであった。

_____________________

・追記


22.01/07クラリスの魔法についての記述に少し問題があったので修正。

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