第117話 魔術

増蝕の迷宮エクステラビリンス』その奥。

自分が定めたルール上、仕方なく海の中に作ってある一室にて。


「よし、最初の仕掛けは上手くいった、と」


ダンジョンを再開し初めて新階層に訪れた挑戦者がたった今散っていくところを見ながら、俺は呟いた。


「さて、奴さんはもう仕掛けに気付いたかな?」


11階層のコンセプトは言わばこの海の階層のチュートリアル。

ちゃんとしたやり方で楽しんで貰わないと次の階層にある、せっかくの大仕掛が勿体ないから、初手の11階層は基本要素の紹介って形に纏めてあるのだ。


あのモンスターたちもほんの小手調べ。

下に行けば思い付く限り作った海用のキメラがうじゃうじゃと出る予定だ。と言っても今いるのは殆どが失敗作で本命は数匹ぐらいしかいないが。


「まぁ、だからって11階層で殺しに掛からないわけじゃあないけどな。俺はあくまで敵対者であって運営じゃないから」


―― 今回使われた大まかなギミックは星属性での『重力場の生成』と光属性での『光の実体化』このふたつに絞られる。


『重力場の生成』は無事、惑星の方の重力をちょろっとだが使えるようになったお陰だ。


自力で魔石化を解くのは訓練としては相当な効果を発揮したみたいで魔石での補強込みならどうにか惑星の重力にも局所的ながら干渉出来るようになったのだ。ちなみにここまで星属性を習熟する間に魔石化は上半身部の殆どが元に戻ってきている。


魔法陣でこの重力の影響を区切って集約したのが、あの力場の正体。下に引っ張る力が強過ぎて影響圏に入った途端弾かれる感じになるわけだ。


それ以外にもこの先にはもっと色んな重力のギミックが掛けてあって楽しいことになっているが……まぁ今はそのことは置いといて。



『光の実体化』は水中ダンジョンを構成する壁ももちろんそうだが、水中呼吸にも応用して貰った。

水の中で呼吸させる、という方法を悩んでいた時にふと思ったのだ。


別に呼吸出来るなら媒体が空気である必要はないのでは?、と。


光は水を透過する。

これを上手いこと加工して魔法で呼吸可能に……もっと言えば気体っぽく仕立てれば地上と同じように息が吸えるのではないか、と。


だからまずは魔法陣で光エネルギーを気体に変化させる研究をした。雑に集めて凝固させればいい壁の固体と違って、空気と同じ流体にものを変えるのはかなり難航したものだ。

このゲームの魔法のシステムを持ってしても、光が流動出来る密度を見極めるのは俺が想像したよりずっと困難だったのだから。


それでも何日も時間を掛け、光を気体と同じ性質に変える魔法陣が完成した。でも当然それだけだと足りない。その光の気体を酸素の代わりになる物質にしないと呼吸は出来ないからだ。


正直言って、こればかりは自力じゃどうにもならなかった。

流石に光の成分とかは魔法陣でも変えられないし、仮に出来てもそれをするとゲームのデータ上で“光”じゃなくなって光属性が操れるものから逸脱してしまうので手詰まりなるからだ。


そこで、頼りになる助っ人に応援に来てもらっている。


「―― で、ヨグ的にどうだった。装置の実稼働を見た感想は?」

「まぁ、大体想定通りの働きなんじゃねーか。最後のアレもバッチリ決まったしよ」


そう、前の“絶対に来る”って宣言通りに聖獣周回が落ち着いたヨグがうちのダンジョンにお邪魔しに来たのでそのまま手伝って貰っているのだ。


ここに来た当初、天眼魔石アストロ・アゲートを突っつき回していたヨグに光を酸素みたいにしたいんだけど、とダメ元で相談してみたところ……。


「おう、出来るぞ」


……ってめちゃ軽い調子で返された時には愕然とした。


どうもヨグのメインジョブのスキル『変換術』にとって、そういう事柄は十八番だったらしい。


ヨグはまず『変換術』で光の構成要素を再構築して空気と同じく“肺が吸収すれば酸素の代わりに出来るもの”に置き換え、それを遠隔で出来る装置をオリジナルレシピとして開発し……あの孤島周りの噴水口に設置しておいた。

お陰で装置の効果は噴水を通った海水全体に及び、海水に接触した光は常に変容し続けるようになっている。


あとは虹を基盤にした魔法陣を調整し水を飲ませないよう人体に光が自然と膜として張り付くようにし、その膜は光だけを適切に通すフィルターとする。

そして膜を通過した光は人間の呼吸運動に反応して気体化するよう更に変容させれば……水中呼吸システムの完成なわけだ。


「いやー本当に助かったよ。ヨグがいなかったら多分ここまでのものは作れなかった」

「がははは。いいってことよ。てめぇの発想やっぱ面白えし、俺にもいい刺激なるかんな。てめぇもそうだろ?」

「あはは……そうだな。うん、ちょっと刺激が強過ぎだけど……確かにいい勉強にはなったよ」


言いながらその時の記憶を思い出す。

ヨグの開発方法は……これまた奇っ怪なもので、効率がいいからと伝技士ってサブジョブで『変換術』の能力を限定付与した“自分の腕”をその場で分解しては材料にしたりしていた。これ見た時はマジでぎょっとしたなぁ。


伝技士のスキル『伝技』は自身の持つスキルの効果の一部を付与することが出来、それは自分に親和性が高いほど素材ほどいいものになるとか。だからって腕を(機械化してるとは言え)気軽にもぐことないだろうに……。


でも、多分運営が便利な生産施設とかを自力で作らせるためのジョブを思っクソ曲がった方向に使うその姿勢だけは、何となく親近感を覚えたのも事実。

それに対しては俺も思うことが色々とあった。


まぁそんなわけでショッキングではあったが、技術を見せ合ったりとお互い得るものの多い時間だったのは確かだ。


「―― このダンジョンじゃ光が遮られると同時に息も絶たれる。それを利用してダンジョン奥まで引き込み、必殺を狙うか……。随分とエゲツねぇこと考えやがるな」

「わからん殺しこそ戦の真髄ってな。これで魔法陣の魔法も狙い通り動くのが確認出来たことだし、次に……」

「なぁ、その前によ。その“魔法陣の魔法”とかって不便じゃねーか」

「ん? まぁ、そうだな……何か名称があった方がいいか」


ダンジョン内も概ね想定通りに推移だし、次の予定に移ろうしたところヨグがこんなことを言い出した。

よくよく考えて見れば確かに……いつも何々の魔法の魔法陣だとか言うのも面倒極まりないし効率も悪い。


「魔をより精緻に扱う術……魔術でいいか」

「お、いいじゃねぇか。魔法陣を使うってのもそれっぽいしな」


それは俺も思った。やっぱり何ていうか、ヨグがクランの中じゃ一番話が合う気がするな。


と、言うわけで今日からこの魔法陣と関わる魔法の技術は魔術と呼ぶこととなり……。


「そんじゃ新階層の顔見せも終わったことだし……本格的に始めるか」


と、言いながら俺はVR機器の仮想カメラを設定して行くのであった。

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