第114話 11階層ー2

Side とある重戦士


「宝箱が、海を横断してる!?」


増蝕の迷宮エクステラビリンス』新階層、そこにある孤島の海岸。

現在俺たちは海を渡って迫り来る宝箱に困惑していた。


「いえ、違う箱の下をよく見て」

「下? あ、なんかいる! あれって……蟹?」

「蟹が宝箱背負って水面歩いてる!?」


クラリスさんの指摘に迫る宝箱をよく見ると、巨大な蟹がその平たい背に鋏で宝箱を固定して凄まじい速度で海面を走っていた。

な、何だあれは……ああいうモンスターか?


「とにかく警戒を」

「はい」

「わかりました」


と、未知のモンスターを前に警戒心を顕にしていた俺たちに蟹は……。

ひょいと、宝箱を波打ち際に放り捨て。


来た時以上の猛スピードで海に帰っていった。


「「えっ?」」


まさかの対応に3人揃ってつんのめそうになる。


「えーと、結局何だったんだ?」

「……まぁ、帰ったんだしそんなことはいいじゃない! それより宝箱よ、誰も行かないなら私が一番乗り!」

「あ、おい待て!」


予想外の事態に場がしんと静まり返る中で、無駄に度胸だけはあるうちの相棒がまた出しゃばりだした。

警戒すべきものがなくなった途端これだよ。


「ご開帳~! お、なんかちっちゃい宝石みたいのと……紙?」

「あら、本当に開けちゃった。まぁ罠はないみたいだし……私にも見せて~」

「あ、クラリスさんまで! ……ええい、俺にも見せろよ」


悲しきかな、宝箱の中身が気になるゲーマー性。

罠がないと見るや『陽火団』人たちとそれに釣られて俺も箱に吸い寄せられる。


「これは……宝石じゃくて魔石ね。インベントリから見ると星属性って出てるわ。聞いたこともない属性ね」

「属性ってまだバリエーションあったのね。よくてあと闇属性ぐらいだと思ってたわよ」

「俺もだ。で、紙の方は……これは、メッセージカードか」


メッセージカードを開き中身を読み上げる。


『まずは新階層到達、おめでとう。このメッセージを見るのが誰かはわからないが心から歓迎する』


『挨拶はこのぐらいにして、こんなメッセージを送るのはこの階層の進め方を解説するためだ』


「進め方?」

「そういやここ海しかけど……この先どこに行けばいいのか分からないわね」


確かにそうだ。ライブでした契約の決め事があるからやつは必ず自分に通ずる最下層への道を作らなければいけない。


もしやつが契約を違反しているならそれに同意してここに入ってきた俺たちに運営からのお知らせがあるはずだから、どんな形であれ道はあるってことだ


そのための方法があるのかと俺は続きを読む。


『とは言ってもそんなに説明することはない』


『海の中に潜れば自然と分かるということと、これと一緒にあった星属性の魔石を上手く使ってくれ……ということだけだ』


『ちなみに海上に出てここのエリアの外に出ようとしても無駄だ、出口を作ってから遠くには行けないし、攻略に関するものも何も置いていない』


『それでは、健闘を祈っている―― 迷宮主プレジャより』


「と、あるが……どうする?」

「ちょっとまってね……うん、例のコードはちゃんとあるね。多分内容に嘘はないと思うわ」


コード?と一瞬何のことか分からなかったがすぐ思い出した。


そう言えば契約の中に証明コードというのがあったな。確かこのコードが付随した情報には偽りがあってはならない、とか。


あの契約内容、何かの利用規約並みに長いから正直全部は覚えきれていないんだよな。相棒なんじゃ数秒で読むのを諦めてたし。


よくないのは分かるけど、あの手のものってついつい読み飛ばしがちになるんだよな……。


「今、一応出した偵察から報告が入ったわ。海上からは景色が綺麗なだけで本当に何もないんだって。あの柱もただの飾りみたい」

「そうなんですか……。にしてもクラリスさんは、あの長い決め事全部読み込んだんですか?」

「ううん、流石にそれは無理だからメニューにあるメモ機能でコピーして随時確認してるよ~」

「え、そんなのあったんですか?」

「あるよ~。まぁカテゴリーの何度も辿って片隅にボツンとある機能だから知らなくて無理もないと思う」


何かと便利そうだったので俺はそのメモ機能とやらについてクラリスさんに教えてもらうことにした。

ただそのちょっと間を待てない魔法使いがここにひとり……。


「なんか知らないけど、とにかく海に入ればいいんでしょう! 今回も私が一番乗り!」

「あ、お前また! 待て!」

「あはは、嫌よー! ふたりがもたもたしてるのがいけないんでしょう!」


ぱしゃーん、と盛大な水飛沫を上げながら海にダイブした相棒に俺は顔を片手で覆う。

なんかやらかさなきゃ気がすまないのか、あいつは!


「ほんとすいません! あいつ落ち着きがなくて」

「いいのよ、マシュロちゃん無邪気で可愛いもの。」

「そう、ですか。ははは……」


……そしてお姉さん方には謎に好かれるから手に負えない。


「おーい、みんな早く来て! ここ海ん中、色々凄いのよ!」

「はぁ……分かったからそれ以上ひとりで突っ走るな、あほ!」

「うふふ、本当に仲良しね~」


まぁ、そんなこんなで『陽火団』の人たちの準備に合わせて、ようやく俺も相棒に続いて海の中に入ってみたのだが……。


『どうなってんだここは……』

『ね、言った通り凄いでしょう、ここ!』

『これは……本当にびっくりね~』


海に潜って最初、底に着いたと思って足元を見ると、俺たちの身体は海の底から僅かに浮いていた。


どうやら透明な壁が海の中にあるらしく、それに囲まれた中が恐らくダンジョンなのだと予想出来た。そして透明な壁も見ると薄ぼんやりとだが発光しており、そこを境にして壁が展開されているのが分かった。


それに沿って見ると今立っている透明な壁は浅瀬にはまるで扇状の塵取りようになっていて、先に進むと自然と柄の中に入る構造になっている。そこが海中ダンジョンの本当の入口なのだろう。


『で、何で水の中で息が出来るんだ』

『不思議よねー』


そしてここの海の中は何故か呼吸が出来た。

《イデアールタレント》は窒息の苦しみは一定でカットされているが、アバターは息してるし窒息死もする。窒息しそうになると酸素ゲージも出てそれが尽きればスリップダメージを受けてそのうち死ぬって感じだ。


でもここの海の中は水中にも関わらず息は出来るし、呼吸ゲージも出ない。


『どういう仕掛けだよ、マジで……』

『もう、あんたはいちいち細かいこと気にしすぎ! いいじゃない便利何だから。あと眺めも綺麗だし……あ、あそこみてクジラ泳いでる!』

『え、おう!? クジラあった! めちゃくちゃ遠くにだけどマジである!』


こんな呑気でいいのか……とは思いながら何も分からないうちに気をもんでも仕方ないかと思い直す。

今も水族館気分で目を輝かせては熱帯魚っぽい魚を指差してるこいつを見てると、色々と気にしてるのがバカらしくなってくるのだ。


まぁ、俺は普段から気苦労を溜め込みがちな知覚があるし、こいつとつるんでる丁度いいのかもな。


『……お前のそのポジティブ思考だけは見習いたいもんだ』

『ふふーん、もっと褒めなさい!』


別に褒めてないがな。

つーかよく考えたら俺の悩みの8割方はこいつのせいだったわ。やっぱ腐れ縁。


ちなみに海に入ってからの会話はすべてボイスチャットで行われている。『陽火団』と俺たちのパーティーで“同盟”というクラン機能を使い、一部ではあるがクランの特権を間借りして貰っている感じだ。


同盟は今回の攻略限りの関係のものだ。これには維持費が掛かるらしいのでそもそも長くは無理なのである。


と、相棒といつもの掛け合いしながら海の中のダンジョンを進んでいるとクラリスさんの激が飛ぶ。


『みんな、お喋りはそこまで! 初エンカウントが来たわよ』

『やっと戦闘なのね!』


ここまでは『陽火団』の案内ってことで一切戦闘をさせて貰えなかった相棒が張り切る。


『11階層初めての敵だ。お前、はっちゃけ過ぎてあっさりやられるなよ』

『はっ、心配無用よ! 何が来ようとけちょんけちょんにしてやるわ!』


何とも頼もしい相棒の気合と共に、11階層の初めての戦闘が始まったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る