第112話 『陽火団』

Side とある重戦士


「――ってな感じでね、あいつ完全に炎上商法に味しめてるのよ。まったく、嫌味ったらしいたらないわ!」

「はいはい、分かった。もう何度目だよその話」


現在の場所は『増蝕の迷宮エクステラビリンス』その10階層。

あのPK……プレジャともっとも最近戦い、そして負けた場所に俺たちは帰ってきていた。


この間のライブ配信でプレジャのやつにあんな煽られ方されたもんだから、あれからずっとご機嫌斜めで、結局はある依頼に乗る形でここまで来てしまった。


まぁ、流石にあれはどうなんだって程卑怯な手ではあったし、うちの相棒も「あんなの無効よ、私たちは負けてなーい!」とそれから3日は喚いていたぐらいだ。

とは言え、負けは負け。最後のあれだってあの時対峙していた俺たちがもっと早くやつを仕留めていれば何も問題はなかったのだ。


それに……あの後にそのすべてを見越したかのように現れ、だったひとりでプレジャのやつを追い詰めた黒い騎士のこともある。


メルシアさんもそこを気にしてるらしく、黒い騎士が流したライブ配信を見た時から何とも言えない顔をしていた。

そして全部が終わってから「こりゃ鍛え直さねーとな、色々と」とだけ残して去っていった。今は噂の転職クエストに挑戦中とのこと。

それに相棒の姉さん……メキラさんもまさかあそこまでするなんて……。


「おーい、終わったよ~」

「あ、『陽火団』の人たちが呼んでるわ! 行きましょ!」

「お、おう、分かった!」


そう言って強引に腕を引っ張る相棒に思考を断ち切られる。

まぁ、むしろ丁度良かったか、今考えてもしょうがないことだし。それに……今は他にやることもあるしな。


さっきまでの考え事を振り切るようにして、相棒に連れ立って目的の人……今回のリーダーであるクラン『陽火団』、そのクランマスターの下に向かう。


「ボス戦、お疲れ様です」

「お疲れです!」

「あなた達も道案内、ありがとう。ここ本当に入り組んでるから、マップ持ってるあなた達が居なかったら多分攻略に何日も掛かってたよ~」


そう、俺たちは今は『陽火団』というクランの依頼を受けてこのダンジョンに道案内役として来ている。

何でも色々と話題のこのダンジョンが新しく開くことを機に『陽火団』も攻略に乗りでたはいいものの、想像以上にここが広く複雑で中々攻略が進まなかったとのこと。

それをどうにかするための手段を話し合ってた最中、『Seeker's』の放送にも出ていた俺たちを思い出して声が掛かった次第だ。


ちなみに言うと相棒が前姉さんとの遊んでた時に外したゲーム内のプライベート設定をそのまましたのが、身元がバレた原因である。

俺も姉さんもあれほど気を付けろ言ったのにこいつと来たら……。

「え、『陽火団』から依頼!? 絶対にいくぅ! あいつもぶん殴りたりし!!」とか言ってる始末だ。あまりにムカついたのでそん時に脳天にチョップをかましてやったが、何故かこっちの頭が痛いかった記憶がある……。


で、今はその攻略で10階層のボス戦が終わったところだ。


「にしても、もう終わったのか……流石に早いですね」

「ええ、流石は上位クランだよね!」

「よしてよ~! 照れるじゃない、ふふ」


このおっとりとした喋り方の人が『陽火団』クランマスター、名前はクラリスさんだ。

最近の話題のクラン『陽火団』のマスタであり、水と光の複合属性の魔法を操るトップクラスの魔法使い系の女性プレイヤーでもある。

そう思っていると自然と彼女の背後のある一点……水晶玉のように辺りの映す巨大な水球に目線がいく。


「これ、やっぱり気になる?」

「ええ、まあ。いつ見ても凄い迫力なもので……」

「戦闘中でもレーザーがどぴゅーん! ってなってて、こう本当に凄かったです!」

「ふふふ、ありがとう~」


クラリスさんの魔法を子供みたいな擬音をつけ、大げさな身振り手振りまでしながら興奮してる相棒を尻目に俺も彼女の技術に感嘆していた。


ただそれは相棒みたく威力や派手さにだけではなく、これを為せるこの人の底知れない集中力にだ。


普通、思考操作が前提にある《イデアールタレント》の魔法は使うその場で短時間操作して、すぐに解除するのが普通だ。

だが、クラリスさんの魔法……『陽水』は反射率100パーセントの水球に閉じ込めて貯蔵した光エネルギーを必要なだけに取り出して使うという、聞くだけならとても簡単そうな魔法だ。でも、そんなことは断じてない。


この魔法は光エネルギーを貯蔵しておくため、魔法をずっと維持し続けないといけない。貯蔵する時とかは魔法陣……応用性のない単純作業の魔法を長時間維持するアイテムを使って放置でも行けるらしいが……。


貯めたあと、それを戦闘に使うとなると『陽水』の複雑な制御は当然、自分でしないといけない。『陽水』を適切な場所に移動させたり、中の必要な分だけのエネルギーを未調整して出したりとは魔法陣では対応出来ないからだ。

そしてこれがもし失敗して、『陽水』を崩したり割ったりすれば高密度の光エネルギーが爆発するという大惨事が起こるから気が抜ける暇もない。


そんな気を使う作業を何時間か続いたプレイ中ずっと維持し続けていたのだ、この人は。

人間の集中力とは本来そう何時間も続くものではない。例え1+1=2という単純な計算を只管考えるだけだったとしても何分もすれば普通に疲れるはずだ。


だと言うのにあんな複雑な制御をこんな長時間、顔色ひとつ変えずに熟すとは……はっきり言って正気の沙汰ではない。はやりトップクラスという称号は伊達じゃないということだろう。


「うん~? どうしたの私の顔をそんな見て?」

「あ、いえ……」


と、考える間に無意識でクラリスさんをじっと見てしまったのか、見咎められてしまった。


「もう、あんた。クラリスさんが美人だからって見惚れてるんじゃないわよ」

「そんなじゃねーよ! まったく……」

「うふふ、お二人は本当に仲いいですね~」

「「ただの腐れ縁です!」」


そんな風に俺たちがいつものようぎゃあぎゃあと言い合うと微笑ましげにクラリスさんがいう。

なんか、そんな顔で見られるとこちらまで子供になった気分なってくるのでいたたまれない。


「そんなことより、あの奥にいた扉も開きましたし早く行きましょ!」

「ふふ、そうね~。あなた達のお陰で新階層に一番乗り出来そうだし私も早く行ってみたいわ」

「はっ、そうだったわ! 折角ですし一緒に行きましょ、クラリスさん!」

「あら~」


俺が心情を誤魔化すためそういうと、相棒がクラリスさんの手をがしっと取り一緒にさっき開いた新階層への入口らしく大扉に駆ける。

いつまで経っても落ち着きのないやつだなと思いながら、その後を付いて扉の向こうの部屋に入って行くとそこには……。


「うわー!」

「何だこれは……」

「中々幻想的で素敵ね~」


……魔法陣が煌めく床に照らされるように、南国から切り取ってきたような揺らめく一欠片の海が天井で俺たちを見下ろしていたのだった。

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