第108話 魔陣刻士

魔陣士ギルドで転職クエストの課題として魔法陣作りを進めていた俺は、それに夢中になっていた。


魔法陣の基礎は円から始まる。


まず円という循環の檻を作り魔法をその内に留め置く。


魔法陣を描く筆記具には特別なインクが使われていて、近くの棚にあった魔石を持ち、それと魔法陣とを魔力で繋ぐイメージを保ったまま魔法を使うと魔法陣にその魔法が組み込まれる仕組みだ。

このインクや筆記具は転職クエスト用に用意されているギルドの限定品でジョブを得るとスキルで同じことができるようになるとか。


それで今回は石を生成するだけの魔法を発動させる。すると当然のように魔石の魔力を消費して普通の石が出来た。


一旦魔石を制御して魔力の供給を絶ち、お婆さんに貰った紙にある魔法陣から抜粋した四角の模様を円いっぱいに描き発動。


当然また石が生成されるがそれはさっきの石よりも小ぶりだ。その今出来た小石と最初の石を強くぶつける。


結果、少し大きな石が欠けて小ぶりな方は無傷だった。


「狙い通り。次だな」


魔法陣を止め、また模様を追加する。今度は8の字にみたいな模様だ。


それからまた魔法陣を起動し石を生成。また石を手にとってみる。


「うーん……まだかな」


が、満足な結果が出ずに模様を調整しては再生成を何度か繰り返す。


最終的には8の字の模様が花びらのように円を満たし、少し縮小した四角の模様が花の中央を表すように重なっている魔法陣となった。


それで魔法陣を起動させ石を生成、また手に取ってみると……ぐにゃっと石がゼリーの如く弾力を返しながら潰れた。触った質感は石のそれなのに性質はまるでゴムのボールみたく変わったのだから不思議だ。


「今度こそ成功、と」

「きゅー」

「ファストも触ってみるか?」

「きゅう!」


そのまま石を咥えては犬のおもちゃみたいに潰しては跳ねさせて遊び出したファストを尻目に魔法陣に向き直る。


魔法陣というのは何とも奥が深い。


四角の模様は力の集約を、8の字の模様は均等を魔法に齎す。

これを用いて魔力を凝縮して生成物の強靭性を上げ、その凝縮した力を常にいい加減で振り分けるようにしてゴム並みの弾力を持たせる。

だったの3つの模様を組み合わせただけでこれだけのことが為せるのは実に凄まじいことだ。


通常の《イデアールタレント》の魔法はイメージをVR機器側が汲み取り、それを元にサーバーが演算してプレイヤーの制御にフィードバックさせている。

それはつまりプレイヤーがイメージしずらい事象であればあるほど、魔法として扱うのは難しいことを意味する。

しかもそれを長時間維持するのは尚更難しい。仮に無理して出来ても強烈な思い込みみなどにより、精神的に悪影響を及ぼしかねないのであまりやるべきものでもない。


だからこそ簡単な組み合わせだけで制御の細かい調整を加えて、自由に色んな特性を魔法に付与出来る魔法陣はかなり凄い技術と言える。


たとえばこのゴム石を生成する魔法陣だって、込める魔法を『生成』じゃなく『付与』する類のもの変えるだけで有用性がぐんと上がる。


もし金属の装備にこの魔法陣を組み込むとそれだけで“服みたいな鎧”なんてものが簡単に出来上がるのだ。


鎧の弱点は重い、動きづらい、関節は守れないなどがある。

だが、この魔法陣が付与出来れば身体にフィットする全身タイツような金板を形成して身に纏うという、普通なら拘束でしかないその状態で動きを阻害することなく全身を守れる。


もっとロマンある言い方をすると、素材とデザインによってはSFチックな薄地でビッタリ貼り付くバトルスーツを実用性を保ったまま金属で作れるかもいうことだ。


これがもし現実ならただ金属が柔らかくなっただけだが、ゲームの装備は素材の種類で特殊能力や補正とかがある程度決まるからな。動き易くて全身守れるのに防御力も高いなんて状態が成立するのだ。


それだけでなく、魔法陣の記述を変えれば安定した液体金属や形状記憶金属だった作れるかもだし、何だったら硬い空気や実体を持つ火なんて絶対にありえないものも作り出せるかもしれない。


「ヤバい、興奮してきた。早くこのジョブを得てものにしたくてたまらない!」


これを極めると入口や虹の仕掛けの維持どころか、俺が今悩んでいる海中の活動域の確保にも役立つかもしれない。

それ以外にも試したいことが色々とある。


「でも、何で他プレイヤーたちはこれをしないんだろう?」


俺が聞いた話では魔陣士は既存魔法陣をそのまま流用して魔法陣を長時間維持するだけのジョブってことだったけど。

気付いてないのか、それとも単に秘匿してるのか……ま、今はそんなことはいっか。


「これを提出……でもいいけど。折角なら今の自分の限界を試したい」


そこから紙にびっしりと、でも決して乱雑にならないように魔法陣を書き上げていく。

多数の模様を用いるとその分だけお互いの模様を塗り潰したり、作用が競合を起こしやすくなったりする。


真逆の性質を持つの模様が競合する時は特にひどく、魔法が歪になったり果てには制御を離れて暴走したりもする。


そうなったらインクが消せない以上、その魔法陣は破棄するしかない。


そんな感じで受付から何枚も紙を貰って、そういったトライ・アンド・エラーを何度となく繰り返し、何度もゲームに休み挟まないといけないほどまでに続け、もうすぐ深夜に差し掛かろうしたその末に……ついに完成した。


「はぁ、はぁ……。やった、ぞー!」

「おや、やっと出来たのかい。待ちくたびれたよ」

「ああ、待たせた! これが俺が考えた魔法陣だ、見てくれ!」


受付で退屈そうに船を漕いでいたお婆さんに、今日一日丸ごとの苦悩の結晶を披露するべく、の魔石と魔法を送り魔法陣を起動した。


複雑に絡み合う魔法陣の上で石が生成され、その姿形は繊細にも組み上げられある生物を象っていく。

石から細ながい脚が生え、鋭い嘴が伸び、翼が広がり……それはやがて一羽の小さな鳥と化していた。


「ふむ、魔法陣の補助で精密な像を作ったのかい。まぁまぁだね」

「いや、これからが本番だよ」


普段はあまりしない不敵な笑みを浮かべてお婆さんを見返す。


丁度その時だった。形成が終わり、魔法陣は次の工程に魔法を導き出す。

石で精巧に象られた鳥がビクッと蠢く。そのまま今この時を持って生まれたが如く、立ち上がり―― 空を飛び上がった。


それもただ飛んでいるのではなく、まるで本物の生きている鳥と見分け付かないほどに自然な所作で滑らかに、地のしがらみなど感じさせず躍動的に羽ばたいて。



「なっ!? これは、生物型のゴーレム……? いや、違うね。魔法に込めた生物のイメージを、魔法陣の作用を絡め身体の各部を適切に変化させてから補助、補強までして制御を単純化してるのかい!」

「その通り! 鳥の動きを明確なイメージした魔法とそれをトレース出来る構造変換。それらを補助、補強する適切な組み合わせまで。すべての条件を満たすパターンを見付けるのに相当苦労したけど……なんとか仕上げてやった、どうだ!」


目を真ん丸に驚いているお婆さんに俺は胸を張って自慢げな声色でそう告げる。


これを完成させるには本当に苦労した。

鳥のイメージは外部サイトの動画をVRに繋いで見まくって補強、魔法陣の模様同士の干渉防止は自力では結局無理だったので『測定』まで引っ張り出してミリ以下単位で調整してやっとこの魔法陣を成立させた。


そして一番苦労したのが土と星の2属性の魔法を同時に展開し、それぞれに適した特性の模様を見繕うこと。

やっぱり違う属性を使うと模様だけでなく、属性でも競合が起きるようで、それが起きない模様パターンを総当たりしてようやく見付けたって感じだったな。


これにもし『映身』で鳥の幻影を被せるなどすれば、見るだけじゃ絶対に魔法だと気付かれない魔法になるのだ。

このままでも不意打ちにはもってこいの凶悪な代物だが、俺の技術が発展すればさらなる応用性を見出せることは間違いない。


それだけ自信作だったから、堂々と「どうだ見たか」と言わんばかりの態度が前面に出てしまっていた。気付かなぬうちに敬語もなくなっているほど。

だって仕方ない、一生懸命作ったものを誰かに面と向かって自慢するというのが初めてで、その辺の加減がよくわかなかったのだから。


「ほぼ完璧に生物の動きを再現した魔法とはね、こりゃタマゲたよ! まだ技術的に粗い部分は多いけれど、これなら認めていいだろ。素晴らしい魔法陣だよ」

「やった!」

「おっほぉほぉ。そんな嬉しいのかい、さっきから素がでっぱなしだよ」

「あ……これは、お恥ずかしいところを」


ここでやっと敬語が崩れ、浮かれ過ぎていた自分に気付いた。

でもお婆さんは気を悪くすることもなく、ともすれば慈愛を感じる笑みでこう言ってきた。


「いいのさ、そのままで。あんたは世界に魔の理を刻むに値すると、他でもこの私『万手の魔女』が認めた存在だよ。だから私に畏まる必要などないのさ」

「えっと? それはどういう……」

「おっほぉほぉ! あんたのような若者に会えてよかったよ。では、さようならティアの救世主さん。何れまた会えるその日を楽しみに待ってるよ」


こちらの問いには答えてくれず、お婆さんが突然にお別れを言い出した次の瞬間だった。


今まで見えていたギルドの風景が不自然に歪む。そのせいかお婆さんの周りに何か細長いものが蠢いているように見えた。まるでタコやイカの触手のような……。


何かデバフかと思ったが俺の身体は何ともなくはっきりと見える。


そうやって困惑してる間にもギルドは歪に崩れていき……。


転職タレントクエスト《魔法陣職人のススメ》Hiddenをクリアしました』

『獲得予定のジョブ『魔陣士』が隠しジョブ『魔陣刻士』に変化しました』


「え? ええええー!?」

「きゅー?」


……まったく予想していなかったシステムアナウンスだけを残し夢幻のように消え去っていった。


――――――――――――――――――

・追記

https://kakuyomu.jp/users/mocom90/news/16816700429522785095

昨日の載せてた近況ノートのリンク、アクセス先を間違えてましたので再度載せますm(_ _)m。

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