第102話 巨悪

ナテービルの巨体が力を失い、海面に倒れ込んでいく。


4本あったHPバーもすべて空となり、あとはもう徐々に身体が光の粒になって消えていってるナテービルを最後まで見守るのみとなった状況だ。


「加護がなくても、弱くはなかったと思うんだけどな……」

「そこはしゃーねぇ。あの妖怪ババアがインチキ過ぎなんだよ」


まぁ死ぬ寸前、ナテービルが発狂モードに入ってからも余裕で体当たり弾いたりしてたからな、あの人。

普通大型ボス相手に出来ることじゃないと思うんだが……そこは天賦装備ギフトウェポン込でのレベル差ってやつか。


「つーかいい加減降りない? 俺、寒いんだけど」

「おっと、悪りぃ。つい俺基準で長居しちまったな」

「全身機械化したやつと同じ基準に置くんじゃねー……マジで死ぬ」

「がはは、すまんすまん!」


そう悪びれもなく謝るとすぐに海面に作っていある足場に降りるヨグ。

そこにファストを始めとして他のナテービルと戦った面々が駆け寄ってくる。


「きゅう!」

「おい、大丈夫か!? どんな無茶をしてそうなったんだいったい!」

「あはは……。でも加護は上手く取り戻したぞ」

「言ってる場合か、ばかもん! とにかく治療を……」

「きゅ……」

「ごめん、心配掛けるみたいで」

「そんなのことはいいから今は自分のことを考えてろ。まったく……」

「きゅ!」


俺の様子を見て心配してるふたりに遠慮してそう言うと、怒られてしまった……。

こっちはプレイヤー何だしこれぐらい大丈夫なんだけどな……まぁ、悪い気はしないし別にいっか。


「やっと終わった~! 無駄にしぶとかったね、あの海蛇くん」

「いや、一応龍だろあれ」

「貴方は……そう細かいことをぐちぐちと言うものではありませんわよ」

「ああん? 今度こそてめぇの脳天ぶち抜いたろうか女狐ー?」 

「あらあら、やれるものでしたらやってみるといかかで?」

「はいはい、ボス戦終わった途端バチバチしないの!」


向こうでは『戯人衆ロキ』のメンバーがいつの間にか集まりわちゃわちゃしてるようだ。

ヨグとアガフェルもボス戦の後くらいゆっくりすればいいのに……元気なことだ。

と、そこで俺たちに気付いたのかヘンダーが他のふたりを連れてこっちに寄ってくる。


「後輩くんお疲れ様ー。で、それ治さないの?」

「あー……今ある解除薬はもう色々試したけど。治らないみたいで。さっきフォルが魚人族の兵士にいた救護班にも魔法で治療を頼んだんだが……」

「だめだった、と」

「まぁだからティアの治療所で診せるからとフォルは他の兵士たちと撤退準備に向かったよ」

「一応、私が持ってる薬類も一通り試してみよう」

「きゅう~」


それからヘンダーだけでなく、ヨグやアガフェルが持っている回復手段でも治療出来ないか試してみたが……まさかの全滅。


「うわー……。流石にこんだけ数試してちっとも効かないのは予想してなかったよ」

「これに関しては帰ってじっくり方法を探すしかないか……。あ、そう言えばドロップ!」

「あ! 後輩くんの状態がインパクトあり過ぎて忘れるところだったよ。どれどれ……」

 

メニューを開くヘンダーに合わせるようにメンバー全員がドロップを確認する。

俺のところは……ナテービルの由来の素材が幾つかと、星喰らいの残滓という特殊アイテムだけ、か?

まぁ星喰らいの残滓以外は、性能はいいけど代わり映えしない普通のドロップ品だ。他のメンバーにも聞いてみると数に差はあれど大体の内容は一緒。あとは使い方が判然としない星喰らいの残滓が確定ドロップなのが分かったぐらい。


「まぁ、そうそうレアドロップなんて出ないか。と言う訳で……出番だよ、フェルちゃん!」

「お任せくださいませ―― 『運技・再選』」


恭しく進み出たアガフェルが待ってましたとばかりにスキルを発動させる。


『運技・再選』。

アガフェルのジョブ幸運人ツキビトのとある転職ルートにあるスキルで、その効果はなんとドロップを再抽選出来るというもの。これがあるからこそ、戦闘力が皆無な彼女が単身で呼び出されたと言っても過言ではない。


破格のスキルではあるがその分だけ対価も重い。

一度のドロップ抽選に置いて、再抽選1回目の発動はタダだが、再抽選2回目以降の発動にはゴールドが掛かる。そして再抽選を重複していけばいくほど、制限なく倍々にコストが跳ね上がる方式だ。

この『運技・再選』により、欲をかいて破産したってプレイヤーは今も後を絶たないとか。


で、ここで問題だ。我ら『戯人衆』はこの費用をどうやって払っているでしょうか。


「資金が一番豊富な俺とヘンダーで半々でゴールドを出し、その代わり職業装備ジョブウェポンが出ると優先的に回す。で、いいんだよな? あ、またハズレ」

「うん、そうだね。昨日話し合ってそう決めたし。こっちもまたハズレ」


再抽選されたドロップに脇目をやりつつ、一応ということで同じく金を出すヘンダーと取り決めを確認していく。

ちなみにヨグは生産素材にアガフェルは服、装飾品にゴールドが常に流れるのでどれだけ稼いでも万年金欠らしい。


「でも今回持って来た資金が尽きるまで職業装備ジョブウェポンが2個も出なかったらどうする? そもそも2本出るものなのかすら分からないし」

「マスター権限で私が先にもらいます! ……って言いたとこだけど。後輩くん今回かなり頑張ったからその時は譲るよ」

「いや、ありがたいけど……いいのか? ずっと探してたんだろ」

「もう君は私を何だと思ってるの。こんななるまで頑張った人がいるのに、そんなピンハネじみたことするわけでしょう。そもそもこのクエスト持って来たの後輩くんだしね。それに……多分、心配するようにはならないから」

「それはどういう……」


ヘンダーの最後の言葉にどういうことかと聞こうしたところ、ヨグの方から「お、当たり!」という声が響く。


「ヨグくんもしかして……」

「ああ、出たぜ! 職業装備ジョブウェポン

「おお!」

「でも困りましたね……それでもう資金が尽きましたわ」

「あー……」


朗報が届いたかと思ったら次に残念なお知らせも同時に来た。

どうやら今の再抽選で持って来た資金が底を突いたらしい。


「そっか、仕方ないね。フェルちゃんスキル解除してドロップを確定しよっか」

「そうですわね。……解除しましたわ」


これにてドロップは確定。目的のものは手に入ったが目標数には届かず、か。


「それは次の機会でってことで今回はもう――」

「――帰させませんよ?」


残念だけどもう撤収、と思った矢先のことだった。

あの時の同じように、あまりも唐突に。その声は俺の傍に現れた。


「ふふ、あの魚モドキとやぁった離れましたね。それに……随分と素敵なお姿だことで。ええ、本当に素晴らしい!」


俺の視界のすぐ真横、息遣いまで届きそうな距離に、あの時の女……ナテービルを呼び起こした星蝕主義者がこっちに向けて手を伸ばしていた。

そこからは如何にも邪悪そうな色の靄が纏わりついていて、あれ触れたら碌なことにならないとひと目で察しがつく。


ヤバい。

今は石化でまともに動けない。魔法も今からじゃ間に合わない。

どうにかしないとなのに、何も思い浮かばない。

くそ、どうすれば……っ!


「本来なら殺す予定でしたが。これは貴方は持ってっちゃった方がいいですね。さぁ、我らの下に――」

「――つぅかまーえた~♪」

「ぐぇーッ!?!!?」


と、ほぼ俺が諦めかけていた時。

いたずらっぽい、朗らか声とともに星蝕主義者が何もない宙にぶら下がる。


「隠装カメレオン、解除オフ。やぁ、後輩くん無事?」

「ヘンダー!」

「ちょっと待ってね。今日ここに来た一番の用事を済ますとこだから」


虚空に滲むように、さっき居た場所とは全然違うとこに現れたヘンダーが星蝕主義者の首を締め上げたままそう告げる。

よく見ると緑色の爬虫類の皮っぽい材質のフード付きコートを羽織っていて、星蝕主義者の女が逃げようと藻掻くのを初動を目ざとく見抜くことで軽くあしらっていた。

ああなるとスキルも発動前に潰されちゃうし、完全に詰みだ。


「な、ぜ……まだ、不可侵の、結界が……」

「不可侵の結界? ああ、イベントシーンでの強制停止のことを言ってるの。あれね、実はイベント判定に飲まれる寸前に高速で座標を変更し続けるとバグるんだよね~。あなたが来ることは予想してたしあとはタイミングを図るだけの簡単な仕事。ま、それが出来たのはヨグくん製スピード特化装備、速装フェザーのお陰だけどね」

「そん、な……ばかな! あれ、神のッ、おぇ!?」

「そういう御託はいいの、興味ないから。そんなことより君が持ってるんでしょう? 星獣を作れる触媒。それ、渡してくれかな? というか、寄越せ♪」


さらっとバグ利用しては奇襲から制圧、そのまま流れるようにカツアゲ行為に移行したクランマスターを見た『戯人衆』の他のメンバーはと言うと……。


「うっわー……」

「チンピラかよ」

「うふふ、ああいうヘンダーも素敵ですわね」


2ドン引き、1恍惚という謎の構図が展開されていた。


「渡すわけ、が……」

「んー、そう? だったら君いらないね。ヨグくん」

「あ? 何だよ」

「前にNP……こっちの住民の素体、欲しいって言ってたよね。これどうも素直じゃないみたいだから上げよっか」

「お、マジ! 住民相手にしたい改造の案がたんまりあるんだよ。腕とか当然取り替えるとして、脚切って別のもんに……いや、いっそ脚はなくても。ああ、復活なしだから急所の脳や心臓の別途保管と機能維持も……いや、端から内蔵も別のつけて削るのも……。な、サンプルここで採っていいか、指数本でいいから」

「ひぃ……!」


ヘンダーの一言にヨグの星蝕主義者の女を見る目がNPCから素材を見るそれに変わる。

そこからすらすらと出てくる悍ましい改造案を述べて指までろうとするヨグに星蝕主義者の女の顔色が完全に真っ青を通り越して真っ白になってしまった。

さっきヘンダーになんか言ってたけどヨグも大概だ。


にしても哀れな。元々は底知れない感じを覚える悪の女幹部然としてNPCだったのに……あのふたりのイカレっぷりの前では道化もいいとこだ。


「もう皆さん、イジメすぎは良くありませんわよ」


そこで何故かアガフェルがふたりを宥めるようなこと言い出し、星蝕主義者の女に歩み寄る。

かと思えばその怯えた顔に手を重ね、視線を合わせるように、もしくは決して目を自分から逸らさせないようにアガフェルの空色の瞳の前に運ばれる。


「怖かったでしょう。安心なさい。私の言う通りにするば、もうすべて大丈夫だから」

「え、う、え?」

「うふふ、混乱してるのね。可愛いわ。ねぇ――」


それからも可愛らしい容姿と慈悲溢れる表情と仕草で星蝕主義者の女の心を解きほぐしていく彼女を見て俺は、なんて……


……質の悪い女なんだろうと思った。


アガフェルのあの目は決して心を隙間を逃さない。

それを派手に着飾って、こじ開け、無遠慮に踏み荒らし……自分と言うものを深く深く刻み込んで忘れさせないようにする。

きっとあの時にアガフェルと初めて目を合わせて、俺が感じた恐怖これなんだと、ここに来てようやく理解した。


―― 暫くして。

どういうわけか上気した顔のままぼーとしてる星蝕主義者の女を置いて、アガフェルが見覚えのある禍々しい奇形の鱗を手にヘンダーに駆けよる。


「ヘンダーが欲しがってた例の星獣召喚の触媒、あの方が快く譲ってくださいましたわ」

「あはは、流石フェルちゃん! これで出来るようになるね、星獣討伐の周回!」

「げっ、相変わらずてめぇの茶番は胸クソ悪りぃな」

「あら。なら隅っこで情けなく縮こまってらしても結構でしたのに」

「マジでドタマぶち抜くこのアマ!」

「おーほほほ」


恐らく運営が強大な悪役として用意した存在をいともたやすく手玉に取り、あんな強大なボス討伐の独占権を手に入れる。

とういう、わりととんでもないことを仕出かした『戯人衆』の先輩方は、それを当然と受け止めさして気にしてもいない風だ。


「ファスト。今更だけど俺、想像してたよりとんでもないクラン入ったのかも……」

「きゅうー」


その光景を見ながらも他にアクションの取りようがない俺は顔面筋を盛大に引き攣らせしか出来ないのであった。


――――――――――――――――――

・追記

これにて第5層新域編は終わり、一区切りとなります。


次の層からはついにダンジョン強化がメインの話となります。


掲示板回を挟んで次の第6層、海層編が開始となりますのでお楽しみに!


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