第100話 星獣討伐戦-4
ナテービル―― から離れた後方。
ここ数日、ナテービルが現れてからずっとあの怪物を都市に行かせまいと踏ん張っていた兵士たちは心身共に疲弊していた。
防具や武器、それらに守られていた身体も満身創痍なのに加え、海底都市ティア最強の男が援軍に来たという安心感も相まって完全に戦意を萎えている。
それでも問題はない。実際に彼ら今日まで立派に務めを果たし、都市を守ってきた。
ここで休んだとしても罰は当たらない。
たが、それを許さない……許すわけには行かないものが居た。
「―― さぁ、立ち上がってください! この美しい海の、そして世界のため!」
「「はっ! 故郷がため、世界がために!」」
「妾は、ともに戦うことは叶いませんが……。ここから微力ながらも心からの祈りを、あなた方に捧げております」
「「ティアに万歳! アガフェル殿に万歳!」」
「「うおおおおー!」」
援軍が到着し元々にいた兵士たちが休憩に入っておよそ10分と少し。
アガフェルはその短い間にも関わらず数十人に及ぶ兵士たちの心を完璧に掴んでいた。
ティア兵士たちが今ではまるでアガフェルを主君とする騎士とでもあるように熱い視線を彼女に向けている。
最初は、この極限の状況を利用したきっかけ作りをしたに過ぎなかった。
撤退する兵士たちを率先して誘導し、戦闘で疲れた心身を労い、身体の傷を癒やしていく。
ほんのそれだけのきっかけ。でもアガフェルからしたらそれで十分なアドバンテージだったのだ。
アガフェルは日頃から誰かに“好かれる”ということに努力を惜しまない。
今回の作戦に挑んだのだって、ゲームを初めた頃に個人的に恩のあるヘンダーに呼ばれたからってだけでなく、身を飾る手段として
どんな手を使っても自分の容姿を常に愛らしく飾り立てるのは当然として、相手の言動から常に情報を集め、今もっとも欲しい行動、言葉、状況を見抜く続けている。そしてそれを完璧にこなす。
そんな彼女にとってすでに自分に好意が僅かにでも傾いてる相手を心酔させることなど、呼吸をするよりも容易い。アガフェルの術中に嵌った兵士たちはその手管により、ひとりまたひとりと病魔のように彼女にハマっていった。
それに今回は例の新入りさんが仕入れた情報で彼らの心情をより深く知ることも出来ている。これで人心掌握に失敗するなど、アガフェルにはありえないことだった。
「妾の仲間たちも奮闘し、もうすぐ機は熟します。その時に妾の力で皆様を強化しますので……それを再戦の狼煙といたしましょう!」
「「おおおおおおおおーッ!!」」
開きっぱなしにしたボイスチャットから戦況を把握し、いざという時にもっとも美味しいところ持ってけるように掌握した兵士を焚き付けておく。もうこうなれば兵士たちは彼女のいいなりも同然だ。
ここまで流れはすべて彼女の計算通り、いつもの予定調和でしかない。
(ま、当然ですわね。だって……妾、こーんなに可愛いんですもの!)
メニューの映る自身のアバターの俯瞰図を鏡代わりにしながら、アガフェルは心中でそう叫ぶ。結局彼女の本音はこれだった。
アガフェルは他より何より、自分自身を最も愛している。それ故にアバターも顔だけは現実のものから規約上、必要最低限のとこまでしか弄っていないほどだ。
だから、もっと皆に注目されるべきで。もっと皆に愛されるべきで。もっともっと……知ってもらうべきだ。
たとえ、それがこんな機械仕掛け夢の世界であろうと――
―― だって、自分はあらゆる世界で一番可愛いのだから。
その上でアガフェルは日頃から誰かに“好かれる”ということに努力を惜しまない。
だって彼女とって“自分自身”とは誰もが愛するとともに、何より自分がもっともそれを愛し磨きぬくべき存在なのだから。
その自分のために努力を惜しむなどあってならない。
ちなみに……行く過ぎた自己愛があるからこそ、ヨグのようにその本質を見抜き嫌悪感をバリバリに示す相手には尚更辛辣になるのだが。
本人にそれに対しての自覚はない。なんかあいつムカつくちょっかいかけよ、ぐらいには思っているが……それだけである。
「うふふ……おや、何でしょう? あの光は……?」
自身が築き上げた好意の集り眺めては満足気にほくそ笑んでいたアガフェルがふと気付く。
遠い戦線……あの新入りさんたちがいる胴体部から降りる謎の輝きを見て、何故か目を離せなくなっていたのだった。
ナテービル―― 胴体。
「ぐっ、まだか! もうそんなに長きは持たんぞ!」
「きゅう!」
「あともうすぐだ!」
時間を稼いでもらい魔法を構築してからもう何分過ぎたのか。
その間にもダメージを蓄積していた胴体・頭側の行動パターンはかなり増えていた。
主に肉体を変形して戦う胴体・頭側の多様な攻めが俺を庇うフォルとファストを苦しめている。
初期では針飛ばししかなかった攻撃も、触手の鞭が増え。
それに続き体表にエラを生成しては水を吸って吐き出しての範囲攻撃。接近では鱗を槍のように変形しては突き刺し、からの先端の反しでの拘束。
と、もはや何の生き物かすらよく分からなくなる技のオンパレードだ。
さらにキツいのが胴体・尻尾側の加護だ。こっちはダメージ負うとこっちは行動パターンが増えるのではなく、強化範囲が広がるらしい。
ここのHPが減るつれて胴体・頭側、尻尾の順に加護が掛かるようなったのだ。
最初に胴体・頭側に加護がいった時には、高速で回転する範囲攻撃の連続に危うくファストが落ちかけた。
次に尻尾に加護が行ったせいで、謎の変身を遂げガンガン取り巻きを殲滅しながらも飛んでたヨグからの援護射撃がなくなった。
ちらっと見た限りだとそれでも戦闘そのものは余裕そうだったが……恐らく援護までする余裕がなくなったんだろう。実際にヨグの多数の銃口はどれも休みなく火を吹き上げている。
それに俺が補助が減った分だけ前衛ふたりが攻撃に晒される頻度が増す……と、色んな要素が重なり、正直言うと今うちのパーティーは結構ピンチだ。
フォルとファストも俺を守りながら奮闘してくれていたが、このままじゃそんなに長くは持たないだろう。
そんな中、ナテービルの胴体・尻尾側がまたもや光を放つ。
「まずい! 今度加護が来ると流石にもう持たん!」
「分かってる、これで決める!」
そして、いよいよ最後、最大のチャンスが来た。
俺が今しようとしてることは簡単だ。
ナテービルの技を通じて干渉した加護を授ける星を探り、その制御を魔法でぶん取る。
そんなこと本当に出来るのか、確証はないが……可能性はあると考えている。
―― フォルに星喰らいのことを聞いてからずっと考えていたことがある。
そもそも星喰らいが“星の加護を喰らう”とは何なのか?
空を見る限りナテービルが干渉してる星はちゃんと目視出来る、少なくとも本当に物理的に星の光を喰ったとかのではない。というか俺の予想ではそんなことをすれば星という名のあの魔法陣が壊れれば、その効果であるはずの加護ごと消えそうなので、その可能性はほぼない。
そうなると喰ってるのは恐らく力そのもの。正確にいうなら、本来の魚人族たちにあるはずの加護の占有権とでも言うべきものだ。
細かい原理や設定はまだ知らんが、星喰らいってのは多分そのパイプを途中から掻っ攫っている。
要するにするにだ……星喰らいの加護の簒奪も根本的には星への干渉能力、俺の『魔法・星界』と同類だ。
「だったら俺もやってやれねーことは、ない!」
どの星にどういう風に干渉すればいいのかは、今も行われているナテービルの加護の無断借用というお手本が丁寧に教えてくれるので問題ない。
あとはどうにかこのナテービルの干渉力を押し退け、星の制御を奪い返すかだけ。
それにすでに何回も失敗し、これが最後のチャンスなわけだ。
だと言うのに……今回もこのままじゃ成功するイメージがまるで湧かない。
原因は分かっている。俺と大型のボスとのではやっぱり基礎のスペックが違い過ぎる。
現状ナテービルとのボス戦は、他のメンバーはまだ余裕がある。でもこっちの戦線が崩れて攻撃が分散、その拍子に加護が全身に波及するフェーズになれば……流石にどうなるか分からない。ナテービルの星への干渉力から考えると、もしかするとそこからもう1段階ぐらい上の強化がある可能性もあるのだ。
だから今のうちにあの加護を何とかしないとなのに……今のままじゃ上手く行きそうな感じがまるでしない。
「だぁ、もう……仕方ない。最後の最後まで、これは出したくなかったんだけどな」
懐からあるモノを取り出し、待機命令を解除する。
すると途端にそのモノから反発力が生まれ、俺の手を離れる。
きっと碌なことにならないんだろうな……と、思いながらも俺はそついの初陣のために名を呼ぶ。
「初仕事だ、
「――……!」
俺がそう言った瞬間、宙に浮いてナテービルを映す眼球宝石型のキメラ……
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