第90話 神話と星喰らい

海底都市ティア。

美しい水晶の光に照らされ大小、様々な魚たちが遊泳をするさまを満喫出来る街並みを俺とファスト……そしてひとりの魚人が歩いていた。


「海星王様の寛大な御心に感謝することだ。本来なら即刻首を撥ねてやるところを助けてもらったのだからな」

「分かっていますとも」

「きゅう」


街に攻撃を加えた罪がありながらもセイレーンという脅威を排除した功績も認められ、落とし所して復興クエスト《深海の蒼碧涙》を受けことになった俺たちだがそれではい自由の身とはならなかった。

どうもクエストの間はずっとこの魚人族の衛兵NPCが俺を監視する役を担うらしい。真っ先に俺に三叉槍構えて誰何したり、あの海星王の前まで引っ張っていたその魚人さんである。

まさかそのままクエストまで同行してくるとは思わなんだ。他の街では見たことも聞いたこともないジョブのギルドとかもあって観光したい欲がどんどん膨れ上がるのに監視せいで寄り道が出来ねー、ちくしょー……。


「いいか、今の貴様はあくまで仮釈放だ。海星王様の慈悲があったからってまだ貴様の罪が許されたわけではない」

「分かっておりますって」

「……だったらその上っ面な態度を今すぐやめろ。寒気がする」

「そうですか……んじゃ遠慮なく」

「……ふん」


衛兵NPCの彼がそう言ってくれたの下手なロールプレイを解き、楽な口調に崩す。

いや俺もずっとロールしてるのは疲れるから、これにはほんと助かった。


「あーそれでお互い自己紹介もまだだったよな。俺はプレジャでこっちのは眷属のファストだ」

「きゅう!」

「……フォル・ネーレウスだ。好きに呼べ」

「あー、じゃあフォルで」


仏頂面でそう名乗った衛兵NPC……フォル・ネーレウスごとフォルは衛兵NPCらしく偉丈夫で俺の頭2個分は背丈が違う青年の姿をしている。心做しか鱗とかも他の魚人の人たちより厚みがあるように見える。

中々威圧感のある出で立ちだが、街の住民には慕われているようですれ違う人の殆どが明るく会釈されたり、子供には手を振られたりしている。


ここだと彼は有名人のようだ。

たださっきから俺に注意喚起する以外の会話があまりない。任務で馴れ合うつもりないって態度がありありと出ている。

でも流石にずっとこのままは気まずいにもほどがあるし、あんま得意じゃないが俺から何か話題を出さねば。


「そういえば俺のする復興の手伝いって何をするんだ?」

「そうか、まだ説明していなかったな……。だがその話をする前にまず。貴様、星喰らいって怪物を知っているか?」

「星喰らい? 」


それって確かあれじゃなかったか。

β版の時に出たレイドボス、星喰らいのケモノというやつ。

その当時クラン単位での討伐が推奨されるほどに強力なレイドボスで、討伐に挑んだ8割方のクランが返り討ちにあったんだよな。

で、それ相手に唯一まで成功させた『Seeker's』が例の激レア装備……天賦装備ギフトウェポンを手に入れて、その周回の疲労を狙った『魔王』に装備を奪われあの抗戦に至ったんだ。


「聞いたことは……あるな。どんなものかまではよく知れないけども」

「そうなのか? なら私が説明してやろう、少し長くなるがよく聞け」


―― 遠い遠い昔。

それこそこの世界が創られるよりも前、形無き力しかいなかったすべてが“無”でしかなかった時代。

それから幾星霜の時を経て、世界を覆う形無き力は偶然に偶然を重ね、奇跡的に意思を生み、それがさらに知性を生み……やがて神を生んだ。


真っ先に無の世界に生まれ落ちたのは後に叡智神と呼ばれしオウルディア。

目的もなくただの偶然の奇跡により生まれて。意思がある故に無でしかなかった世界に漂うことに飽きを感じてしまった彼は、その無聊を慰めるため世界に有り余っている力で点と線を描きそれを法として、無を有に変えたのだ。


それこそがこの世界で初めて使われた魔法。


オウルディアはそれに大変満足し、そこから更に魔法という方向性を与えられた力を色んな形に変化させた。初めは光が生まれそれに釣られるように闇が生まれされに熱さが冷たさが……色んな力が生まれた。

そして偶然か必然か。それらにも意思は芽生え神の名を得て、それがやがて創造神マルデイアスとなる。


それでも色が違うだけの力しかない世界に同じく飽きを感じた彼女はオウルディアが生み出した色んな力をさらにモノへと変えた。世界をもっと美しく楽しく、彩りあるものへ変えるために。

それは大地となり、水となり、風となり命となった。そして当然のようにその命……生物には意思が宿る。


後はもう必然だったのだろう。この世界にとって生物とは、世界を構成する力の切端の切端の切端。生物とは本能で自身を足りないものと認識し、それは欲望という形に変わった。

そしてその生物たちの“より優れた存在となりたい”という根幹的欲求は無意識に束ねられ最後の神に……闘争神グラディオを産んだ。


グラディオはその願いを受け、もっとも進化の糧となりやすい争いを生み。それをもっとも好む種族……人類を生み出したのだ。


「―― これがこの世界の大まかな創世神話だ。ジョブとかの神の加護はこれのずっと後に生まれた概念らしいが……そこまでは私も詳しくは知らん」

「へぇー。それで、それが星喰らいと何の関係があるんだ?」

「せっかちなやつだな。これから話す」


こうして世界は生まれたが……実はこの創世記に生まれた神はあの3柱だけではなかった。

3柱は世界にひたすら何かを生み出す存在と化した。

ならそれと真逆の存在が生まれるのは……それこそ必然でしかない。


「世界に停滞を、破壊を……そして限りなき無を齎さんとする神とは別の形無き力から出づし意思。世界を生み出した魔法が痕たる星すら消し去る世界の宿敵。それが星喰らいだ」

「物騒なやつもいるんもんだな。……まさか今からその星喰らい討伐するとか」

「安心しろ、それはない。というか我々だけで敵う相手ではない。今からやるのは、その後処理って感じだ」

「後処理?」


それから星喰らいが何をして回っているかもっと詳細に教えてもらった。

これもまた長ったかったのでざっくり纏めると星の巡りが良く神の加護が強い地……要は人々が住みやすい土地の星を喰らってモンスターしか生息出来ない不毛の地にしてから……そのうちモンスターすらも棲めない地にした後は消滅させられるとか。

星喰らいが発生した当初は対応が追いつかず、人類はその生存域を多く奪われ国という枠組みすら失った。今や集団での交易を出来ているのは独自の運送機関を有する東の交易都市ぐらいだけだという。


聞いたところ害悪でしか無さそうだし、絶滅させないのかと聞いたら世界の仕組みみたいなもので全滅させてもどこともなく湧き出るものだそうだ。

完全に古き良きRPGに出る魔王ポジションかよ。


……つーか、そんな深刻な状態だったのここの世界観。割と人類というか世界の危機じゃん。


「ん? でもさっきの人は海星王って……」

「……風習みたいなものだ。都市を仕切る長がそう名乗るようになっている。いつか国が復活した時のために、な」

「ふーん、ここも色々と大変なんだな」


って、さっきから脇に逸れるばかりで肝心な話題に全然触れてねー。


「結局、その後処理ってのなんだ? その神の加護とやらを復活でもさせるのか?」

「人如きに神の御業が真似出来る訳がなかろう。私たちがやるのは星喰らいに荒らされて間もない地域を再生させ中継拠点を築くことだ」

「地域の再生はいいとして。中継拠点って、何のための?」

「開拓のため、そしてゆくゆくは交易のためのだ。貴様もあの結界を見ただろ。あれで架け橋としての拠点を作り、何れは世界中に普及する計画がこのティアでは進行中だ。この結界は加護とは関係なく作動する画期的な代物でな。これをきっかけに人類が手を取り合えれば……きっと」


そう語っているフォルの顔はまだ見ぬ未来への希望に満ちていた。


「そう上手くいくのかね……」


ただ、俺はその彼の様子にとことなく嫌ーな予感を感じずにはいれないのであった。

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