第89話 蒼碧の都
3rdステージの海深く……にあるはずだった巨大な海底都市ティア。
津波の余波でそれらの被害を防ぐための結界を轟々と鳴らしながらも美しく輝く街並みを俺たちは衛兵NPCに捕縛され連行されていた。
ここはあのドーム状の結界が空気を閉じ込めて、どこかで循環しているのか涼しげないいそよ風が常に吹き付けている。
青みがかった岩を削って出来た住宅街が海底に並び立ち、その随所をサンゴや水晶が飾り立てている。
その間を抜ける風が独特の音色を奏でていて、まるで都市そのものが歌っているかのようだ。
その芸の細かさと非常に幻想的な雰囲気を見ると、この海底都市を作った制作側のこだわりと情熱が伝わってくる。
「こんな時じゃなかった観光したかったなぁ……」
「きゅー……」
「ふん、気持ちは分かるが今の貴様は罪人だ。観光がしたかったら罪を償った後にすることだ」
「はいはい分かってますよ……はぁ」
現実は現行犯逮捕されている真っ只中でまったり観光など出来るはずもないのだが。
何でこんなことに……。いやそれは言わずとも分かっている。
星界術士を得て、スキルの凄い使い道思い付いたーって分かりやすく調子に乗ってたせいだ。
セイレーンへのリベンジに対して躍起になってたのもいけなかったんだろう。
じゃなかったらあそこまで短絡的な行動は……多分しなかったはずだ。まぁ今更それに気付いて後悔しても遅いんだけど。
「これからどうなるんだろ……」
通常、衛兵NPCに捕まった際は罪状により何かしらの罰を受けることになる。
盗みや迷惑行為程度の軽度なものだと厳重注意と罰金だけで済むが、今回のような大犯罪はそれでは済まない。
聞いたところによると贖罪クエストなるものが課せられ、これをクリア出来ない限り開放されないとか。内容もとにかく地味でゲーム内で長時間奉仕活動じみたことやらされるとのことだ。
ちなみに衛兵NPCはプレイヤーに対して無敵状態なので攻撃は無駄、どころか罪が重くなるだけだ。それが至近距離で囲んで拘束しているのでもう逃げるのは不可能とみていい。
くそーこれからって時に掴まちまうなんて。こんなとこで時間食ってる暇なんじゃないのに……。
俺のそんな心境など考慮されるはずもなく、衛兵NPCによりなんか立派な外装の大きな建物に連れて行かれる。
そこから長い廊下を歩かされ、その間にこれから会うお方に失礼ないようにと散々言われてから……やがてひとつの奥行きのある広大な部屋……謁見室のような場所に跪かされた。
「海星王様! ただいま件の街に攻撃行為を行った重罪人を捕らえて参りました!」
「ほぅ、そこの人間族の魔法使いとその兎がそうなのか?」
「はっ! この者たちでございます! 兎の方はこの者の眷属だそうですお気になさらず!」
「うむ、あいわかった。お主はもう下がっておれ。後は余が判決を言い渡す」
「はっ!」
衛兵NPCが下がるのを尻目に海星王とか言いう人物を俯いたまま、ちらっと覗いて見た。その見た目を表現するなら……怒ったフグみたく真ん丸い体型の魚人間かな?
衛兵NPCや街の住民もそうだったが、それに比べても広範囲に肌へ鱗が波及しているせいか余計そう感じる。
そいつが玉座で王様っぽい冠とマントを着てふんぞり返っている。ちょっとコミカルな姿だが眼光鋭く威厳ある表情をしているのが何ともアンバランスだ。
ともかくこの王様?が俺の罪を裁くことになるようだ。
「地上の者がここを訪れるのは実に何十年ぶりか……。まさか、その記念すべき出来事がこのような形になるとは。余としても非常に残念だ。そこの人間族よ、面をあげよ」
「……はい」
「一度、弁解の機会をやろう。何故あのような真似をした、申してみよ」
おっと、チャンスくれるのか?
というか衛兵NPCのイベントってこんなのじゃなかったよな。確か普通だと会話などなく問答無用で罰が課されるはず。
……もしかして俺が知ってるのとは別のイベントなのか、これ。
それによくよく考えてみればダンジョンで何万とPKをして来た今の俺は最高ランクの賞金首のはず。本来なら変装も出来てないあの状況で捕まったらこんなまどろっこしいイベントはなく、衛兵NPCに見付かった時点で処刑が決まり、処刑されると莫大なデスペナ……それこそ攻略レースの稼ぎが吹っ飛ぶほど重度なものを課せられるはず。それが未だに無いってことはもしかして……。
……確証はどこにも無いがこの窮地を抜けるにはそこに賭けてロールプレイを頑張るしかない。そう思い至ったところで海星王に向き直り決意を新たに口を開く。
「弁解の機会をくださりありがとうございます。今回の件は事故でして。セイレーンというモンスターが惑わした海の軍勢と退けるため大魔法を使うしかなく、都市に攻撃するつもり毛頭ありませんでした。そもそも海底にこのような立派で美しい都市があるなど聞き及んでおらず……このようなことに」
「ふむ、セイレーン……なるほど、あやつら目に付けれるとは運のない御仁だ。あの人魚モドキどの歌には我々も手を焼いておる。だからあやつらは我がティアの者らにとっても目の敵じゃ」
あ、やっぱセイレーンはここでも厄介者扱いなのね。
あの戦法、兵隊からした面倒極まりないだろうしな。耐性薬を常備しとかないと魅了であっさり戦闘不能が続出なんてのもあり得るし対処に手間がかかるのは想像に難くない。
俺らの場合、大体のデバフの耐性薬は自前で用意出来る、ファストの貯蔵袋にもそれをストック出来るしでそんなに怖くはないんだよね。
「そうなると、これは少し困ったことになったのぅ」
「何か、問題でも?」
「本来、セイレーンなどという街に大被害を齎し兼ねないモンスターがこの近くに出現し、それを討伐したならば褒美を出さねばならぬ勲功。だが、その過程でお主が街を脅かしのも事実じゃ。ここまで分からるの?」
「はい」
「余としては勲功と罰で帳消しにしたいところだが、それで済ます訳にも行かぬ。理由は……言わんでも分かるな」
「……はい」
まぁそれはそうだ。
仮に世界を救った英雄が居たって、その英雄が救った全員を好き勝手にしていいことにはならないのと一緒だ。いいことしたからって、どんな罪も許されてたらそれこそ世の中めちゃくちゃになっちまう。
「そこでこうするのはどうじゃ。お主が我らが蒼碧の都ティアの復興に無償で手を貸すことで今回の罪を不問するというのは」
『復興クエスト《深海の蒼碧涙》を受注しますか?』
『※警告:もし本クエストを断った場合、クエストのフラグが破棄され通常の罰則が下りますのでご注意ください』
キター! 本当に別イベントからクエスト来たよこれ!
復興クエストってこんなところでもあるんだとか、それ具体的に何するんだとか本来なら色々疑問に思うところなのだが……。
「是非!」
……切羽詰っていたその時の俺は、そう答えること以外に何も考えることが出来なかったのであった。
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