第82話 《遍く輝きを掴んで》ー4

あーマジでしんどかった。

というのがこのクエストボスにまで至るまでの俺の偽らざる気持ちだった。


―― 大部時間を遡り、塔が倒れるより前。


塔の周りでどうにかしようとしても無駄だと悟った俺は何故かレーザー使いどもが来ない屋敷の敷地でジョブを変えて街の方に繰り出した。

そこには当然レーザー使いどもが未だにエルのことを探していたが『映身』で隠れた俺たちを捉えることは出来ないようだ。


これならのんびり作業が出来ると地面に魔法を発動し、顔を引きづらせた。

どんだけ深く刺してんだ。殆ど下の限界高度の間近ねじゃーか。

調べたところ、このゲーム一番限度が浅い場所でも深さは地殻の1割(約5000メートル)ぐらいはあんだぞ。


これは骨が折れそうだなと考えつつもやめるつもりは毛頭なかった。真面目に塔を登るのと、ここであくせくと土いじりすること……どっちが俺に向いてるなどそれこそ考えるまでもなかったからだ。


塔の方からこっちは見えないように『映身』で細工して。さぁ始めるぞっとそのことを言ったら……すかさずエルが猛反対した。


「はぁ!? 塔を倒す、しかもここの地盤をひっくり返して! そんなことしたら街がどうなるか分かってて言ってるの!!」


この『天望塔』はさっき言ったように地下に数千メートルは伸びている。それを地盤ごと倒すなんてすると当然街に甚大な被害が出る。

ここエルの生まれ故郷。そりゃ自分の生まれ育った地をひっくり返すとか言われたら反対されて当然だ。でもな……。


「いいか、エル。俺はな、はっきり言うが英雄でもなんでもない。お前も知ってる通り闇ギルドなんぞにしこたま顔出すようなただのロクでもねー魔法使いだ。むしろ普段やってることからして悪党だ、悪党」

「そ、そんなこと……!」

「ないってか? お生憎様今の俺はお前ひとりの面倒を見るだけで精一杯なんだよ。お前が俺に何を期待してるか知らんが……俺はその程度の人間でしかない。俺が出来るのは精々がこの目障りな塔張っ倒してついでにあのひょろがりに一泡吹かせることぐらいだ」

「ッ、なら他は見捨てろとでも……」

「――だから、他のはお前がなんとかしてやれ」

「え?」


こいつは何そこでそんなに意外そうな顔してんだよ。ったく、こんないうの柄でもないってのに……。


「お前は、そんだけすげーやつだろうが! 身勝手でワガママなくせして……あの時見ず知らずのそれも俺みたいなやつなんかを全力で助けてちまうような、そんなすげーやつだろ、お前は! だからさ―― 今度も助けてくれ、エル」

「……~~ッ!」


ただ真摯に本音を吐き出す。本当、友達とかないやつはこういうの慣れてないからやらせないで欲しい。自分で言っといて何だが顔から火が出そうだ。


それ聞いてエルは何かに押し込むように、もしくは噛みしめるようにきゅっと胸を抱きながら……。


「もう、情けないわね。ちょっと男として恥ずかしとか思わないの?」


……はにかんが顔を上げてそう言った。それに俺は当然ばかりに堂々とこう返す。


「超恥ずい! でも俺は自分で出来ないことで無理はしない主義なんだよ」

「……うそつき」

「あ? なんか言ったか」

「何でもないわよ! いいわ、あんたがあまりにも頼りないから私がどうにかしてやる。感謝しなさい!」

「へいへい、ありがとうございます」

「それに私が手伝ってあげてる以上被害を出すことは一切許さない! いいわね!」

「かしこまり!」


俺が答えると、エルは大きく息を吸い込み、ひとつ大きく吐き出す。それだけ彼女の集中度合いが伝わってくるほどの緊迫感が流れだす。


「今日まで成功させたことはないけど……今、ここでやるしかない。いや、やってみせる! アリエル! 『真鏡』!」


エルはおもむろにアリエルとスキルで出した『真鏡』を合わせ鏡にする。そして膨大な魔力……恐らくそういうスキルエフェクトを迸らせてその合わせ鏡の間に力を集中させる。


「――ッ、『天鏡の水面』!!」


瞬間、合わせ鏡から光が溢れ出し空一面がした。

何事かと空を見上げるとそこにはまるで上からでっかい鏡で地上を照らしたような……いや、それそのものの光景が広がっていた。

天井みたくなった地面に立ち、こっち見上げるように見下ろす俺の間抜け面もばっちり映っている。

よく見るとそれは無数の『真鏡』を並べた集合体であり、空に映る地上は色んなものが微かに透けて見えていた。


「すげー! なんだこれ!」

「まだ終わりじゃわよ! この鏡の景色を魔法で取り出して……こう!」

「おお! 縮小した立体マップになった。それも街全体分の!」

「ただの地図じゃないわよ。それに意識集中してこの周りの当たるとこで魔法を使ってみて。ほら早く」


何のつもりかは分からないが、急かすのでとにかく言われた通り街のミニチュアのような縮小立体マップの方にある俺たち……正確には俺の真横に集中して魔法を使う。すると……。


「どわ?! 現実のこっちの方に魔法が出てきた! まさかこれ……」

「『天鏡の水面』は我が家の秘中の秘。文字通り鏡に世界を移し取るアリエル家の伝わる奥義よ。私がこの街の奥の奥までそのすべて見抜いてあんたの力を届かせる、私にここまでさせたんだから後は何とかしてみなさい!」

「了解!」


はっ、こんなお膳立てされて失敗なんざしたらこいつに一生顔向けできねーなこれは。

『天鏡の水面』の立体マップも前回同様あらゆるモノが透けて見えるので、これを介してなら街の施設、人共に一切傷つけずにここの地形を弄れそうだ。あとは俺の腕の見せ所だな。


「これをここ、それこっち……ああ、あなたこっちですよっと!」


それから作業はつつがなく進んでいった。魔法の範囲を届かず本来なら何度か分けてやる部分とかも一気に変更出来る『天鏡の水面』の恩恵は想像より大きく。

本来、壊すしかなかった街の施設を破壊せず、街の住民を地面ごと追いやり怪我させることもなく、ついでにあの追手どもも一掃した。

立体マップは部分の拡大、縮小が自在で直感的に魔法のスケールも調整しやすい。街部分を丸ごと安全な場所に移せたのは、ほぼこの『天鏡の水面』のお陰だ。あとは俺がこの手の作業に慣れていたのも少しは手伝っていた、かもな。


その代わりにコストが通常より重いみたいだ。地底王獣グランドライオン戦に備えてのMPポーションがアホみたいな勢いで減っていくが、まぁこの効果を見ると納得しかない。


で、上記の要領で塔を倒す……というより感覚的に刺さってる地盤ごと持ち上げて傾ける。塔の自重に任せているわけではないので塔が倒れる速度は簡単に調節出来……やがてふわりと、その重量からしたらありえないほどにそっと地に横たわり――。


―― で、今に至る。


全体通して振り返ると俺がどうというよりエルの覚醒イベントらしきものを引いたお陰でどうにかなった感じだな。その肝心のエルは反動とかで暫く動けないそうだからここには俺たちしか来ていない。


「ぐ、ぶっ……お、お前ッ!」

「おいおい、さっきまでの気色悪い丁寧語はどこへやったんだ?」

「わ……俺を、バカにするなァああー!!」


未だに初撃で悶ていたひょろがりをさらに煽ってやると怒りが爆発したのか枯れた喉を裂けんばかりに怒号をあげる。同時に魔法を使ったのかあのレーザー使いどもと同じ、でもなんか色が黒っぽい光線を繰り出す。


「やっぱりそっちが本性か。思った通り底が浅いことで」

「黙、がひゅッ!?」

「きゅ!」

「それと悪党と戦う時にはいつだって後ろに気をつけろ。って、もう遅いか」


そこで今までフルバフ状態で隠れていたファストがひょろがりの枯木のような首を蹴っ飛ばす。

飛んできた攻撃も最初からその場に俺は居ないゆえ『映身』の幻影を貫くだけで被害はゼロだ。ただ黒い光線が流れた後方をちらっと確認して見るとまだ薄っすら見える雲を穿っていたのでもし当たったら結構ヤバそうだ。


と、呑気に分析していたら何やらひょろがりの様子がおかしいことに気付いた。


「ぐっぎゃぎゃあがががっ! そう、そうだ! お、思い出すましたよ。あたなぁさて数年前の、あの時もわたくしの邪魔してくれた魔法使いがまいしたねぇ。禍々しいぃ! 目障りなァ、わたくしの、俺の邪魔してェ……よくもよくもよくもよくも、ヨク、モ~ッ!!」


頭を振り回す、掻きむしり明らかに正気を失った挙動。それに原因不明の禍々しいオーラがひょろがり男から滲み出ている。

あーこれは……もしかしなくても。


「もう、どうなろうがしったことカァ!! コロス! お前を、ココデェッ!! グズ共、俺の糧になりやがレェー!!」


もやは喉が潰れたようなしゃがれ声でやつがそう言ったかと思えば街のあっちこっち……多分こいつの部下のレーザー使いどもの居場所(死体含め)から黒い靄ぽいのが溢れてはやつに集約される。


「塔よ、古の一筆いっぴつよ、世界を創りし痕たる星々よ……俺を書き換えろォ!!」


いちいち叫ばないと気が済まないのか最後までそんな調子で声を張り上げてひょろがりは怪しく輝く星空を背に集まった靄と何故か発光しだした塔の光に包まれ……


「グァアァァァ――ッ!!」


……異形の怪物へとその姿を変えた。


『ボス:ガルノルがボス:歪獣わいじゅサルタ・ガルノルに変異しました』

『10秒後、ボスエリアが展開されましたら戦闘が始まりますのでご用意ください』

「うわー、やっぱり。第2形態かぁ……」

「きゅう~」



そのインフォメーションにうんざりとした呟きを漏らしながらも俺とファストは恐らくこのクエストの最終場面に備えて、油断なく身構えるのであった。


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