第77話 第3の領域

3rdステージ、その一角にある殆ど水と島だけで構成されたエリア群。

マップ東の生産の街イーストワンを越え、その先にあるNPC経営のカジノ、オークションとかがある交易都市も越えて、昔港町だった設定の廃墟の場所も越えて辿り着いたここは一面青一色の海原だ。


よく見ると廃れた船着き場とかがあり、過去の名残を漂わせている。

そのひとつに乗って海原を眺めていた俺とファストだったがヘンダーから出た次の言葉で思わず振り返る。


「じゃあ私はここで帰らなきゃだから」

「え、いやちょっと待てい!」

「何後輩くん、私はこれでも忙しいよ。主に悪巧みで」

「だろうな……じゃなくて! ここで俺らだけ置いてくのか、3rdステージだぞここ。俺らだけで何とかなる場所なのか」

「いや多分無理。3rdステージの中でも多分このエリア君と相性最悪だし」

「おい、しれっとなんてとこ連れてきてんの!? そもそも協力の話はどこいったんだよ!」

「え、だからしたじゃん。ボス倒してここまで連れてきた。十分な働きだと思うんだけど」

「そうだけ、そうなんだけど……!」


そこではっと気付く。ヘンダーの口の端が明らかにぴくぴく動いてやがることに。


「おま、さてはこっちからかってんな!?」

「あはは、ごめんごめん。でも真面目な話、私は君に手は貸すけど甘やかすつもりはないよ」

「む、それは分かってる……俺も端からそこまで頼るつもりはない」

「なら多少時間が掛かろうとこんぐらい自分で乗り越えて貰わないと。君が欲しいもの……海の『土地の権利書』がある可能性が最も高いのはここなんだから」


ああ、もう。そこまで言うならやってやるよ。実際にここまでつれて来て貰っただけでかなり助かったのは事実だしな。

ここを制覇して、『土地の権利書』も見つけてあの兜裏にあるニヤケ面に叩きつけてやら。


「ファスト、やるぞ。これからこの海に乗り出す!」

「きゅう!」

「お、やる気になったみたいだね。それじゃ帰る前に先輩からのアドバイスだよ。美神のウェヌス・カントに使った笛あったでしょ」

「ん、ああ。それが?」

「それを作ったの。ここなの」




◇ ◆ ◇




ヘンダーが本当にそのまま去ってから数時間後。

俺は彼女が言ったことを身を以て実感させられていた。


「だぁー! 魔法がまともに使えねー! 小魚どもが鬱陶しい!! これは確かに俺にとって最悪のエリアだ!」

「――~♪」


―― 最初はそこそこ順調だったのだ。

近くにある破棄されたボロ船を拾い、なんとか沖に出してその場でテイムした手頃な海のモンスターを牽引に使って探索をしていた。

牽引のモンスターは徐々に大型化していき、イルカみないなモンスターをテイムした時だ。そいつが現れたのは。


「あれは……人魚?」

「きゅう?」

「――♪」


人の女性の上半身に魚の尾鰭の下半身。そして喉から流れる美しい旋律。

海の只中にポツンと置かれた岩に腰掛けるその姿は正しく絵画などでみる場面そのもの。

その光景に思わず見惚れていると、その人魚はそんな俺を見て―― ニヤァと邪悪に口端を釣り上げた。


「ッ!? ファスト警戒……うわー!?」

「きゅ!?」


それを見て正気に戻った俺はイルカの上に乗っていたファストに警戒を促すがその時にはすでに遅かった。

今まで大人しく従っていたイルカの従魔が突然暴れだし俺とファストは海に投げ出される。

このままでは不味いと仕方なく大量のMPを使い海底から地面を引き上げて足場を固める。


「多分、犯人あの人魚か。こんにゃろー……舐めたまねしやがって」

「きゅ!」


ふたりで気炎を上げるも威勢が良かったのはそこまでだ。

人魚のモンスター……鑑定アイテムで見た結果に従うと誘惑声魚セイレーンはまず近海にいるあらゆる生き物をその歌声で魅了していた。

海というのは生命の宝庫。そんな場所でそうじゃなくても一瞬で広範囲に広がる音を媒介にした魅了なんじゃばら撒かれるどうなるのか……そう想像に難くはないだろう。


「どんだけ集れば気が済んだ、この魚共は!? 全然処理が追いつかね―!」

「きゅ、きゅう!」


一応作った足場でファストと一緒に頑張ってはみたがジリ貧だ。

多勢に無勢ってのもあるが、これは主に俺のジョブ構成のせいだ。

俺のジョブは戦闘に使えるものは大地術士、魔統帥ロード鏡面士ミラーマンの3つ。それも自分で直接攻撃出来るのは大地術士しかない。


その現状でだ。ファストはレジスト出来ているが従魔は魅了でダメになるので増やせない、魔法は水に属性有利は取れるというのに海フィールドの影響で使用にやたらMPを食う、幻影だけじゃ余程上手く同士討ちさせないと敵を倒せない……と、ほぼ俺の戦い方が封じられている。


それでもなんとか食い下がろうとインベのMPコストを絞り出して魚の群れを掻き分け、セイレーンに近寄ろうとしたのだが……。


「あ、はは。それは反則だろ」

「き、きゅ……」


海の深くから、俺が作った足場など鼻くそに見えそうな巨体を持ったクジラがセイレーンの歌にて顕現し……そのままそいつに押し潰された俺とファストはセイレーンの耳障りな笑い声を聞きながら海の藻屑となり果てた。


――――――――――――――――――

・追記

21・11/13 やたらあった誤字を一挙に修正。

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