第69話 ダンジョン・イン・レース-7

増蝕の迷宮エクステラビリンス』10階層のボス部屋……その大扉の前。


「ふぅ……やっとあそこを抜けたぜ」

「親玉っぽいあのピンク兎仕留めると耐性のバフも消えて一気に楽になったお陰ね。性能からして何体もあるとは思えないし、あれがもしやつの眷属なら死亡ペナルティーのクールタイムで暫くは復活出来ないわ」

「それだとすぐに後続が追って来そうだし早くボス部屋入ろう……と言いたいんだけど、どうすんのモルっちたち?」

「ん、この扉……人数制限ある」


5階層にあったものと全く同じ扉職人が手掛けたと思われる大扉を前にして気まずげに『快食屋』の面々を見る『Seeker's』。成り行きとは言え結局共闘することなった相手と今更どんぱちやる気にもなれず、どうしようかという困惑した雰囲気出ている中、当の『快食屋の』2トップと言えば……。


「俺たちは……」

「正直目的はここのボスや報奨じゃないっすからね」

「ああ、だから先に挑んでくれて構わん。こちら一旦引き返すしな」


しれっとそう言ってのけた。


「おいおいいいのか? これ結構デカいヤマだぞ? それにあそこまだ残党がうろうろしてるのに引き返すって」

「お前の話にあった兎の眷属に縁があってな。今回まだやつとは再戦を申しそびれている」

「そうか……メキラ!」

「そうね。彼らには世話になったしいいわ。うちの他のメンバーを露払いに貸してもいいかしら? もちろんあなたの戦いに手は出させないから」

「それは正直ありがたいが……むしろいいのか?」

「いいの! 今度こっちが助けられたんだから人の好意は素直に受け取るものだよモルっち!」


そういうことになり最終的にその場には『Seeker's』の4人と……д゚)カベウラコンビだけが残っていた。


「いや俺たちまでいいんですか?」

「いいんだよ、お前たちにも今回助けてもらったし。何よりのパーティー2枠余っているしな」

「そうそう。それにうちの4人じゃメインタンクとかなかったから居てくれるだけで助かるよ!」

「いつもは誰かが避けタンク役して代用してたものね」

「それは大変ね! うちのタンクはこれでも優秀だから期待しててもいいわよ」

「なんでお前が威張っているんだ……ったく」


「駄弁るのもいい加減そこまでにしてもういくぞ。ついにこのダンジョンもラストだ、気合を入ていけよ!」

「「おうー!」」


こうして多くのプレイヤーを飲み込みその財を溜め込んだ魔窟、その最深部がついにその口をあけるのであった。




◇ ◆ ◇




―― 10階層、ボス部屋の中。

そこに入った面々はまず冷たい空気に身を震わす。天井や床には鍾乳や石筍が所々生えて足場を悪くし、どこともなく漏れてる光がその中の鍾乳や石筍を彩り映えさせている。


「ここは……」

「見た感じ鍾乳洞ってとこ、かな」

「それにしてはやけに鍾乳や石筍に間隔あるわね」

「ん、遊んだら……楽しそう」


幻想的な雰囲気に感心しながらも……確かに、どこか雲橋やジャングルジムみたいな人工物ぽさがあるなと思いながらあたりを見回してたカベウラとその相棒の魔法使いは……もっとも早くその人物に気がついた。


「やぁ、おめでとう。ようやくここまで着いたのか。遅すぎて退屈してたとこだよ」

「お前!」

「やぁぁぁっと見付けたーッ! このくそPK野郎!!」

「ん? あ、いつもランダム罠に引っ掛かってる人!」

「なんつー覚え方してんのよ!」


と、そんな感じで雰囲気を掴んで『Seeker's』の前に登場したのだが……まさかの登場人物に思わずロールも忘れて声あげちまった。いや、なんで居るし。

確か前からちょくちょくと来てはランダム罠に踏んでよく死に戻ってるプレイヤーなので覚えているが別に『Seeker's』の所属じゃなかったはず。それに何故かめちゃめちゃ恨まれてるご様子、何故?。


「えーと、とっかで会ったけ?」

「はぁ!? ゲーム初日にこちらぶっ殺しといて忘れたっていうの!」

「あっ、あの時の! その節はどうもありがとうお陰様でうちの子もあんな元気に育ったよ」

「きぃー! いちいち厭味ったらしいわね!」

「どうどう、今……」

「―― 騒ぐ場合じゃないぞ。いけ」


俺の命を受けボス部屋の影から飛び出す巨大な影にこの場の全員が注目する。

巨岩兎ような石の鎧を纏った茶毛色の巨体。だがよく見ると不自然な位置にシワのような切れ目入っていて、その間が不気味にも別々に蠢く。


我がダンジョン10階層ボス収蔵兎ブロックラビットの登場に緊張感が高まる。


「では俺はこの奥の扉で待っているよ。そいつを倒せばこの扉も開くから、まぁ頑張ってくれたまえ『Seeker's』とその他さんたち」

「どこ逃げてんの! あんた待ちな……」

「ッ、危ない」


ボス部屋の奥側にいる扉へと悠々と背を向けて歩く俺にさっきの罠芸の人が吠えるがすでに臨戦態勢のブロックラビットに攻撃され、仲間の重戦士風のタンクに庇われてとまる。


その隙きにそそくさと安全な扉の向こうに避難した俺はすぐに仮想スクリーンを展開してボス部屋を覗く。壁も薄いから向こう側の声も丸聞こえで中々臨場感のある戦闘映像が流れ始めていた。


「さて、ここからは俺もブロックラビットに仕込んだ伝声兎で指示しがなら一緒に戦うことになるか」


クイーンは死亡ペナルティで復活までクールタイム中、ファストは先の展開のためにプレイヤーの間引き中だ。あとは俺がどれだけこいつを使いこなせるかが勝負の分かれ目。


先制をかましたブロックラビットはまずは体を分解・再構築しここの6人全員対応できる分の攻撃部位を作成する。それもそれぞれに合わせた形で剣に盾や鞭、銃に跳ね返す強弾力の皮膜、魔法に各種耐性が優れた部位などを向けての応戦。


この日のためにそれこそブロックラビットにはこのゲームで見つかったあらゆる防御、攻撃手段を盛りに盛ってある。体を自由構築出来るから間合いという概念が実質存在せず例えば今の倍の人数に囲まれても十二分に戦えると自負している出来だ。


が、相手は仮にも天下の『Seeker's』。ひとりひとりに倍以上の手数で攻めているってのにまるで崩れる気がしない。おまけに着いてきた罠芸の人のコンビも意外とやる。決して離れずふたりで分担して不足を補い合い攻撃を捌く手際は見事なものだ。

それでも相手はここに来るまで消耗しているだけあり、戦況はこちらが徐々に押し始めつつあった。


「はは、こいつ結構手強いな! そろそろこっちも全開でいくかバッキュン!」

「お、ついに切り札解禁なの! ならここまで溜めたストレス全部発散してやるとしますか!」


だが、比較的戦力を温存していたふたり……メルシアとバッキュンが動いたことにより状況が急変する。


「『分身の術』!」

「『憑依』、『霊偽トレース』!」


メルシアの周りに本人そっくりの分身が現れ、バッキュン周りに同規格の拳銃が無数に浮遊する。


「ほら持ってけ持ってけ!」


次にはメルシアはインベントリを開き武器を取り出しては総4体ある分身たちに投げ渡す。それを持ったままメルシアと分身は別々に動き出し、ブロックラビットの無数の手数を捌き懐に踏み込む。そのままブロックラビットに取り付き分身が攻撃を防ぎ、本体のメルシアが万型の太刀オール・スイッチで大ダメージを食らわす。

ってこの分身ちゃんと実体あんのかよ!? 


「『過装オーバーリロード』、『斉射フルバースト』!」


だがそればかりに気を取られることは出来なかった。バッキュンも何やら不穏な単語を口にしたかと思うと浮遊していた銃が一斉にスキルのエフェクトを放つ。

するとそれらは素人目にも凄まじい精度で狙いを調整し、順次に拳銃とは思えない弾数の弾が発砲されていく。鍾乳洞のなかが銃口のフラッシュで照らされ、弾丸が縦横無尽に飛び交いブロックラビットを穿つ。


マジかこれ。好き勝手乱射しているように見えて、結果を見るとまったくの無駄玉がない。弾に弾を当てて跳弾で曲射するなんてもはやそれ自体が魔法か何かしか見えね―。どこまでがスキルの補正かは知らないがどっち道俺には一生無理な芸当だ……こいつも本当に俺と同じ人間かよ。


「しかもメルシアはいつの間にか分身の術とか使ってるし。ジョブが忍者なのは知ってはいたが……まさかもう分身するまで行っていたとは。それにあの動きの良さ……さては全部マニュアルか? こっちも大概バケモンだな」


忍者ルートのセカンドジョブまでのスキルに分身はなかったはずだ。多分サードジョブになった際に身に着けたやつだろうが。それはなんと言うか……


「これもまた奇特な縁……と言ったところか? よもや――」


「この調子で押し切って……がッ」

「バッキュン!?」

「後ろに敵、いつから!?」


―― お互い似た隠し玉を持っていたなんて、な


銃撃に神経を集中してバッキュンに小さな肉塊の人形が背中を刺す。それは即座に駆けつけたカグシに両断されたものの、大してHPも防御も高くバッキュンはかなりのダメージを負ってしまった。

そこで気付いただろう、その人形と似た反応が鍾乳洞の影にチカチカとなっているのを。


これがブロックラビットのスキル外技のひとつ、名付けて断片の傀儡ブロック・マリオネット。大仰に言ったものの、これ自体ただブロックラビットの断片をトリックスパイダーの糸以外は切り離して遠隔で操ってるだけだ。

ただ操る部分を極めて小さくして置くとモンスター中心から反応を拾う感知系のスキルだと非常に捉えづらいという特性を持つ。それでいて切り離す部位を厳選すれば決して小さくとも決して弱くない。


「これで相当動きづらくなっただろうな。何せボスにだけ集中すればさっきの不意打ちをくらい易くなり、不意打ちそのものも絶対に感知できないものでもない」


要は気が散る。一瞬の油断で死ぬ可能性があるボス戦に置いてこれは非常に厄介なことだ。

とは言え戦いはようやく中盤ってとこだ。双方とも被害を与えあったがまだまだどっちにも余力が残っている状況だ。このままこちらのペースに持ち込み倒せればそれがベストだが……多分そうはならない。彼我の実力差を考えると不意をつける手札が尽きた時にこちらが負ける。それにこれがこの人らのフルスペックとも思ってはいない。


「これは、持つのか? 頼むから早く終わらせてくれよファスト」


俺は未だに最後の詰めへの準備に奔走する自分のパートナーを思い浮かべそういうのであった。


――――――――――――――――――


・追記


『忍者』:戦士と魔法使いの複合で取れる超人気ジョブのひとつ。

戦士と魔法使いを所有してるだけでなく、ある高難度の前提条件を満たさないと転職クエストが発注出来ないことから取得ハードル高いがその分物凄く優秀。


鏡面士と同じく持っていたスキルまで変化する特殊なジョブで、そのスキル『忍術』は隠密、索敵の補正から投擲、短剣類カテゴリーの武器補正と回避率、素早さの上昇までその効果は多岐にわたる。2、3次転職のルートも多様でひたすら分身を極める数を増やす、回避を極めて空蝉の覚える、火遁や水遁とかの術を主に扱うルートなど色んな方向に育成出来るのも魅力。


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