第67話 ダンジョン・イン・レース-5

3人称視点です。

――――――――――――――――――

―― 『増蝕の迷宮エクステラビリンス』8階層。


……の前の階段。攻略プレイヤー収入源のモチベ維持のために唯一安全地帯としているそこで『Seeker's』の主要メンバー3人は交代ログアウトしての休憩を終えて突入準備を整えていた。


「お、メール来た……やったか! みんな、メキラ無事だってよ!」

「マジ! あの子たちやるじゃん!」

「……よかった」


ひとりで残った仲間の安否を聞きに何となく彼女らに漂っていた気まずい空気が霧散する。連絡された手順として一旦安全な場所で昼を兼ねてログアウト休憩しカベウラコンビと他の『Seeker's』メンバーと一緒に後続プレイヤーたちの相手をしつつ追いついてくるそうだ。


「どうも、あっちはあっちで休憩してから後に合流するって言ってるぜ」

「それじゃぼけーした顔の待機中アバター見ながらひたすら見張りする仕事、あちらもすることになるね~。あーあ、あたしがあっちに居たらメキラに落書きしてやるのに」

「……ふふ」

「あによカグシちゃん、こっち見てにやにやしちゃって」

「なんでも、ないよ?」


そんなことを言うバッキュンだが、ほんのり赤みがさした頬を見るとそれがただの誤魔化しなのはここの皆に丸分かりだった。

それを微笑ましく見守っていたメルシアはこほんっと咳を入れて意識を切り替えるように促す。


「さて和むのはここまでして。メキラ抜きでどう8階層にいくか真剣に考えようか。『快食屋』はすでに爆速で8階層を進んでるって話だからな」

「そだね……」

「ん……」


8階層の空間は常に状態異常デバフを付与してくるスキル『病運』で満たされている。『Seeker's』はそこを耐性を上げる薬を多用することにより対策していたわけだが……。


「メキラがないとなるとタスク管理が一気に大変になる」

「『鑑定』しながら全体を見てひとりひとりの服用タイムを見てくれてたもんね」

「ん、楽ちん……だった」


こういうバフ、デバフなどの管理は本来適正の関係上メキラが担当している。

決して彼女らが管理をサボっている訳ではないが自分で全部やるより、メキラにある程度任せるほうが確実だったので今までそうしてきた。

基本矢面に立つことが少ないメキラだけが途中でパーティーを抜けるのは珍しいことであり、それだけ戸惑っているわけだ。最初から来ない前提の時にはそうでもなかったのだろうが、本来いるはずのメキラがない事実はこの3人とって非常に大きなことだった。


でもだから立ち止まる訳にはいかない。それこそメキラに顔向けない出来ないと大まかな方針だけ決めて8階層を進んでいった3人だったが……。


「分かっていたが……ここもこの前とは別モンか」

「あたし、ゲームのバフがこんなにウザったく感じたの生まれて初めてかも……」

「うぅ……ぐらぐらする」

「あー! また出たあの風船兎!」


この新たな敵に……キメラの祝福兎ブレスラビットより、追い詰められていた。

不自然に膨らんだ胴体を持ち今にもはち切れそうなその兎はバッキュンが叫ぶとほぼ同時に……パンッと本当に弾け飛ぶ。エフェクトからしてここの状態異常を受けて『自爆』のトリガーを引いてのものだろう。

とは言え特に3人にダメージは発生していない。真に問題なのはそのあと。


「うわ、今回は離れる暇もなしかよ! 口を塞げ、出来るだけ煙を吸わずに迂回だ」

「「りょっ!」」


ブレスラビットが弾けて発生した煙幕に巻かれないように逃げる3人だったが距離が近すぎたようで結局煙を吸ってしまう。その瞬間、規則性も何もなくデタラメにバフが入り五感をかき乱す。同時にデバフも入っており体調の激しいアップ・ダウンがそれを助長してくる。


「うぇ……きもち、わるい」


それはこの中でずば抜けて感覚の鋭いカグシによく効くようで、この攻撃が始まってからずっと顔色が悪い。残りのふたりもカグシほどではないが不快な感情がモロに出ている状態だ。

メキラの管理がなく、以前よりデバフを食らう頻度が増しているのもそれに拍車をかけていた。


「まさかここでまともな戦闘がほぼ出来ないからってバフを別種のデバフに仕立て上げるとはな……まったく、面白いこと考える」

「感心してる、場合……。早くこの階層を抜けないと、休んだ意味なくなっちゃうよ~」

「それが……ねらい、かも」

「ああ、それに……これ以上時間食うのも不味い」


幸い今はまだ厄災鼠ディザスタチューのスキル『厄再』の即死圏内には入っていない。前に回収した素材を研究しそれを把握している『Seeker's』だったがこのまま足止めを食らうといつスキルの即死圏内に突入するか分からない。


「はぁ……しょうがないから、今回はこのあたし何とかするとしますか!」

「お、まさか?」

「あれ、やる!」

「おや? みなさんお待ちかねようですな~……ではご期待答えて、いでよ! カットビーくん!」


無理矢理上げたテンションでそう叫ぶとインベントリから思考操作である武器を選択し手元に出現させる。実体を持ちバッキュンの手の中に現れてそれはかなりの大口径のアサルトライフル……人によっちゃバトルライフルとも呼ぶものを形取る。


「ほらふたりとも捕まって……歯食いしばってね!」

「おう!」

「ん!」


そう言うや否やバッキュンはライフルを前……ではなく後ろに構えて引き金を引く。

結果、大口径の圧倒的な反動が体を浮かし、前から抱き合う3人をその名が示す通りにかっ飛ばす。


「ひーはー!」

「きゃあ~♪」

「あたしは今、風になってるぜぇー!」


高速で風を切り、慣性を一身に受けて速度に浸る3人。

その間にも銃口から絶え間なく弾丸が排出されており、それは明らかに物理法則を無視した量になっていた。まるでバグ技みたいな挙動だが何ひとつ不正は行われておらず、飛翔出来ること自体は銃をそれ用に改造してのもあるが純粋にバッキュンの技術が優れているに過ぎない。


―― バッキュンのジョブ構成はメインが戦士と魔法使いふたつ。戦士系は魔法使いとの複合のサードジョブ魔導銃士マナシューターに。魔法使いは魔物使いとの複合でのセカンドジョブ憑依術士コンバータを持つ。


憑依術士が何なのか簡単にいうと倒したモンスターの魂をアイテムとしてドロップ出来るようになり、それをモノに憑かせて操るジョブである。

そしてバッキュンは自分が持てるすべての弾丸類に魂を憑依させ、弾丸が自ら銃に装填するようにしている。


それ故にサブジョブなどで増やしまくったインベントリが尽きない限り、バッキュンの連射が止まることもまたない。

それを知っているメルシアとカグシも自分の状態は少し後回しにふたりがかりでバッキュンの体調管理を徹底する。そのまま驚くことにシュールな飛行も安定しもう少しで階段に差し掛かろうとなったその時に。


「よしよし、このまま9階層まで一気……」

「ッ!? バッキュン曲がれ!」

「どわっ!?」

「きゅう!」


白い閃光がバッキュンの進行方向に割り込み、それをメルシアが無理に曲げること何とか衝突を免れる。


「あれ……」

「ああ。あの眷属だ」

「マジ? こんな時に……げ、あっちにはあのブサイク鼠までいる!」

「何っ!」


突然現れた強敵に気を取られていると事態また急に動く。気付いていたら3人はファストと厄災鼠ディザスタチューに狭間れる位置に飛んでいた。脇道もなくとっちかとすれ違わないと先には進めない位置関係。


「ただじゃ通さないってか。上等だ……やるぞお前ら。バッキュン眷属の方に抜けてくれ、カグシも防御頼んだ」

「了解、任せといて!」

「ん!」


もちろん、そんなもので怖気づく3人ではない。

一瞬で状況を判断した彼女らは即座にファストの方に舵をきりその脇を抜けようとする。それを見過ごすファストではなく避けづらい煙を巻いてデバフを狙う。


狂化バーサーク自過食オーバーファジー! しっ!」

「きゅ!?」

「ではおっさき~」


瞬時に発動したカグシの超強化により煙ごと吹き飛ばされるファスト。その横を悠々と通り過ぎるバッキュンに向けてすぐさま反転して突撃を仕掛けるファストだったが……。


「おっと、そうはいかんよ」

「きゅ? ……ッ!?」


割り込んだメルシアの武器にやんわりと受け止められ……突撃の勢いを利用されて遥か遠くへと投げ飛ばされる。ファストとメルシアの器量差が顕著に出た形だ。


「あばよ! 縁があったらまたな!」

「ばいばい~」

「ばい」

「きゅうー!!」


こうしてファストの悔しげな鳴き声を背に『Seeker's』の3人は8階層の苦難を越え9階層へと歩を進めたのであった。


――――――――――――――――――


・追記


待機中アバター:セーフティエリアの以外でログアウトした際にその場に残る中身が抜けた状態だアバターのこと。中立・敵のモンスター、プレイヤーが一定以上近づいた瞬間に即死し、味方プレイヤーも謎の壁で触られずセクハラなどは出来ない安心設計。

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