第60話 8階層ー6

3人称視点です。

――――――――――――――――――

「チチッ」

「逃さない」


白い死骸のカーペットの敷かれた道に駆ける少女と鼠の影が飛び交う。

傍から見ればファンシーにも思える光景だが間で行われる応手はそんな微笑ましいものではなかった。


「しっ!」


息とともに大剣が舞い、白い死骸が小粒となって散る。

その衝撃波はカグシの小さな体から想像も出来ない規模を誇り、辺り一帯を吹き飛ばす。破壊不能の床壁だけが残り破壊の暴風がそれ以外を飲み込む。


そんな中を厄災鼠ディザスタチューは臆することなく突き進む。一撃でも当たれば木っ端微塵になる斬撃を素早い身のこなしで避け、ギリギリを耐えていく。


あと一手が足りない。そう感じたカグシは仕方なくここで手札のひとつを切ることにした。メルシアにはここのダンジョンでは出来るだけ手札は温存するように言われているが……こんな厄介なやつをみすみすと逃がすよりはマシだと判断する。


「ん! 狂化バーサーク自過食オーバーファジー!」


気合を入れカグシはふたつのスキルを発動する。

モンスターが使うのとは違い知能の代わりにHPが削られる以外、効果は概ね一緒の狂化バーサーク

スリップダメージを負う代わりにさらに強化出来る自過食オーバーファジー


それにより大剣どころか踏み出しの余波だけで周辺がめちゃくちゃにかき乱される。

普通のプレイヤーなら自分で自分の速度を認識も出来なず、自爆して壁のシミなるほどの速度での戦闘。何となくの野性と本能だけでそれを制して見せたカグシはどんどん獲物を追い詰めていく。

ディザスタチューもそれを見て取って回避動作を大きくしてはいるが、それでも余波のダメージが届きジワジワと削られる始末だ。


「だぁッ!」

「チチィ!?」


―― カグシのジョブ構成は戦士系のサードジョブ狂乱戦士ベルセルクとそれを補助するためのサブジョブだけで形成されている。特に天賦クエストとかでメインジョブを増やしたりはしていない。

あったところで使えこなせないからだ。そもそもがカグシは魔法のシステム以前に機械関連そのものがあまり得意ではない。


―― いつの日の誰かが言った、あれは生まれ持っての戦士だと。

カグシは現実でも非力そうな幼児のような体型にも関われず昔から運動も喧嘩も、それこそ体を動かす分野に置いては負け知らずだった。周りと違う自分の体型のことも元来のマイペースな性格で大して気にしてはいなかったが……それとは別に苦痛に感じるものはあった。


この社会ルール、礼儀、法律。それら人々であるがために人を縛り行動を抑制するそれらはカグシにとって苦痛でしかなかった。


自分の力や新しい技とかを試したい。でもそれ適した人や物を壊すのは駄目らしい。それルールだから。

どれだけ嫌なことを言われても力で言うことを聞かたり黙らすのは駄目らしい。それが礼儀だから。

例え……自分の友達を傷付ける悪いやつが居てもそいつを傷付けるのは駄目らしい。それが法律だから。


ほぼ本能とセンスだけで生きているカグシにはそれが一切理解出来かった。己を飾るなど苦手な性格故それはすぐに行動に現れ、カグシは次第に周りからも浮いていった。

苦労しながらも完全没入型VRゲームの中に……現実に近く、少なくとも現実より自由のある世界に逃げ込むようになったのも、そういうストレスがきっかけだったのは間違いない。


そしてそうやってゲームで気を紛らわす時期に出会ったのがメルシアだった。


カグシが『Seeker's』に入るときっかけになった話で……メルシアは自分が色んなゲームで見付けた面白いやつを集めて、オフ会を開くとカグシを誘った。最初そんなことする理由が分からず何でカグシが聞くとメルシアは。


「あ? だってお前そんな俺でも持ってねー凄いセンスがあって俺でも出来ないことが出来るのに……その割にはいつも窮屈そうにしてるじゃん。そのままじゃもったいないから、その鬱屈したもん全部ふっ飛ばしに行こーぜってだけだよ」

「そんなこと……出来るの?」

「まぁ任せとけ。お前にとって伸び伸びと居られる世界、俺らも一緒に探してやるから!」


世間から浮きまるで腫れ物ように扱われたカグシ自身にとって、その言葉がどれほどの救いだったか。それを言ったメルシアすら理解していないだろう。

別にしがらみがなくなったわけではない。それでもただ自分を他より分かってくれる、くれようとしてる人がいる。それだけでカグシは嬉しくて救われたのだ。


だからこそこの前の……プレジャにPK事件の際の自分の不甲斐なさが許せない。

あの時の自分はメルシアに庇われるばかりか、そのピンチにも結局間に合わなかった。メルシア本人は何故かプレジャにPKされる前よりも、また面白いやつを見つけたと逆に機嫌がよくなっていたが……それとカグシの心情は別だ。


「今度こそは……役に立つ」

「チィ!」


ややこしい理屈は知らないが、こいつを狩って素材を持っていけば役に立てる。

そう思ったカグシは全力でディザスタチューを追い詰め、あと一歩というところまで持ってきていた。


「これで……トドメ!」

「チ……」


獲物諸共、袋小路に入り逃さないように大剣の腹で叩き潰しにかかるカグシ。

流石にそこまで行くとスピード自慢のディザスタチューとてどうしようもなく、ハエのように潰されて光の粒と消える。


「よし、や……ッ!?」


カグシが喜びの声を上げ……それを見計らったように地面が崩れる。それがただ崩落だったなら今の強化されたカグシの身体能力と反射神経で容易に抜け出せたはずだ。

だが崩れたように見えた床は実は『映身』で死骸に擬態してた巨岩兎であり、それら足元を掴まれていた。


「ッ、……?」

「うお、りゃー!」


これは助からない。そう悟り目を瞑っていたカグシを何者かかが抱き寄せ引き上げる感覚。それにより巨岩兎からの拘束から逃れ8階層に引き戻された。

落下中に閉じたいた目を開けるとそこには……


「ひゅー。間に合ってよかったっす」

「コックの……人? なんで」

「クラマスの口にささっと料理突っ込んで俺だけ先行して来たんっすよ。あっちに居ても賑やかしにならないんで」

「ん……」


そんなわけはない。カグシから見ても彼は『快食屋』の中心人物のひとりだった。

イレギュラーな状況でそう簡単に抜けていい人員じゃなかったはずだ。

きっと無理言ってここまで来てもらったんだろうと、言わなくてもそこはカグシも察することが出来た。そう思いカグシが彼をじっと見てると視線が不思議に思ったのか首を傾げてながら何だろと口を開く。


「なんすか、そんなにこっち見て? またアメちゃんでも欲しくなったすか?」

「名前……聞いてない」

「え、ああ……俺の名前っすかスパイッスーっすよ」

「ふふ……変な名前」

「ははは、そりゃβ版でクラマスにボコられて上、弟子入りにも失敗して料理人やることなった時に仲間が罰ゲームだなんだと付けたやつっすからね。だからこれからもコックの人でいいっす」


名付けの経緯が恥ずかしいのか、敢えてふざけて見せるスパイッスーに対し、いつもは表情の変化が乏しいカグシにしては珍しくはにかんだ表情で……。


「じゃあ……ありがとうコックの人」


……そうお礼を言った。


「それは、どうもっす……ってこの落とし穴! カグシも見てみるっす!」


それに照れくさくなってのかスパイッスーは何か誤魔化せないかと視線を彷徨わせ……偶然それを目にした。ぽっかり空いた床の下に続く今まで散々見てきた見慣れた階段。


「これ……もしかして」

「ええ、カグシ……これはお手柄っすよ。この穴の先は紛れもなく―― 『増蝕の迷宮エクステラビリンス』9階層っす」







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