第59話 8階層ー5

3人称視点です。

――――――――――――――――――

「ぐ、くそー。もう回復が……本当に何だなんよここ」

「あともう少しだ……このままじゃ赤字なっただけになる」

「わかってるよ! 畜生ッ」


増蝕の迷宮エクステラビリンス』8階層。

この階層の随所にこのように悪態をつきながらも探索を続けるプレイヤーが溢れかえっていた。


その理由は様々。上みたくただ利益に目が眩んだもの、プレジャのPKで被害に合い復讐したいもの、プレイヤー虐殺せしめた噂の悪魔の素材を求めるもの、純粋に難易度高いダンジョンに挑むもの。


共通点は皆思うままに欲望ままにダンジョンという坩堝に嵌っていってることだけ。


「あ、また毒……」

「うわ、こっちは麻痺に! 早く治して……」

「ああー! めんどくせー! スキル消しとかで消えないのかこれ」


ここのギミックがダンジョン8階層そのもの効果とかではなくモンスターのスキルなのはある程度割れている。『鑑定』が無理でも感知系にスキルの発動を報せるものが結構あるからだ。


「それは辞めといたいいよ。時間の無駄だから」

「あ? なんでだよ」

「掲示板に試したやつの書き込みあったんだけど。この8階層……9✕9キロぐらいの広さだったかな? この範囲にびっしりとスキル反応ある上、一時的に消しても瞬く間に反応が蘇るんだってよ」

「そ、そこは人を集めれば……」

「その時も大凡100人近くにあったらしいよ。大型クランの合同作戦だったらしいから」

「……大人しく探索するか」

「そうしよ」


補足すると自分だけがダンジョンを先行するため、そういう噂を積極的に広め団結を妨害する足の引っ張り合いも起きているのだが……彼らがそれに気付くことはなかった。


「でもどっちにしろこのままだと回復が切れてジリ貧だ」

「そうだな……ここいらでスパート掛けるか。あれ使うぞ」

「お、ようやくか」


彼らがインベントリを操作すると青い液が満ちた羽靴絵のラベル付きのポーション瓶が現れる。


「高性能の加速薬。まさかあんな安値で手に入るとはな」

「最近ここのせいで主材料のスピード型モンスター素材は溢れてるから。これは不幸中の幸いってところか」

「「んじゃ一気!」」


高らかにそう言うとぐいっと瓶を傾け風呂上がりよろしく飲み始める。

消費アイテムはインベントリでのタップで使用出来るのでそういうジョブでも持ってない限り意味のない行動だが……そこは彼らともに気分だと思っている。完全没入VR故の情緒ってやつで意外にこういう人は多いらしい。


「おー早えー!」

「ははは、中々爽快だな! いっそ普段の移動用にもっと買い込むか」

「がはは、流石にそこまで安くかねーだろ!」


彼らは風を切り高揚した様子で8階層を爆走する。自分の足を早める薬で一気に探索を進めるつもりのようだ。似たようなことを考えるプレイヤーは他にも多くいるようで同じ加速薬使った者から小型の従魔を乗り回している物までいる。


「これなら9階層もあっと……ま……」

「え、おい! どうしたしっかりしろ! ……まさか」

「チチッ」

「ひっ」


走ってる途中、突如として倒れたパーティーメンバーに慌てて駆け寄る仲間のプレイヤーはあるものを見て思わず悲鳴を上げる。

それは悪魔のような造形の鼠。彼は知っている。こいつがこの間ここに来たばかりのプレイヤーの殆どを瞬殺してみせたバケモノであることを。8階層に現れる病魔の悪魔。


「ぐ、るしぃ……いっかいごろ……」


状態異常の苦しみながら何かを伝えようとした彼の仲間はそこまでしか言えず呆気なく死に戻った。


「に、逃げ……がっ!?」


そこでようやく竦んだ足が動き逃げ出そうしたが時既に遅し。彼も悪魔のスキルの影響を受けてここ来るまで受けた状態異常が一気に再発する。

暑い、暗い、痛い、吐き気、グラグラと頭も揺れる。ひとつひとつは大したことのないちょっと不愉快だなと笑える程度のそれらが積み重ね相当の不快感を生む。システムの警告が浮かび緊急ログアウトを勧めてくる。

これの段階が何らかの外的原因で上がれば強制ログアウトになりゲームから弾かれるがシステム上で想定された状態異常ではそこまでの苦痛は起きないように調整されている。それでもこのように重ねがけ多い時とかにはもしもことがあるかもなので保険としてあるのがこの緊急ログアウトだ。


ただそれが意味することは……ここで逃げないと死に戻るまでこの苦しみがずっと続くということで。自らの緊急ログアウトは死亡ペナルティーが通常よりちょっと重くなるがこんなのもう耐えられない……と彼が諦めかけたその時だった。


「―― もう大丈夫だ」

「うえ?」


鈴が鳴るようなそれでいて力強い声が耳に染み、不快感が緩和される。

どうやら声の主がポーションを掛けたらしく全部ではないがかなりの状態異常が以上が消えている。


「お前は逃げろ。こいつは俺たちが相手する」

「は、はい……ってええ!? あなたは『Seeker's』の……」

「はいはい、そういうのはあとね。今は急いで離れて、ぶっちゃけ邪魔だから」

「わ、とっ!? わ、わかりましたから押さないで……!」


声の主……颯爽と登場したメルシアを見て驚く彼をあとから着いたバッキュンが追い出すように後退させる。


「よう、やっとあったな悪魔とやら。聞いてた通り厳つい顔してんな。お前を探すために使った“アレ”、維持するの超大変だったんだぜ」

「チチィー」

「うわー鳴き声まで可愛くないよこいつ。パパっとやっちゃおか!」


と言いながらなん前兆もなくきつい色のカスタム拳銃を連射するバッキュン。その動きにぎこちなさはなく、ずっと発動している『厄再』の効果は見られない。両クランが出し合って自分の動きに影響する状態異常の耐性薬を掻き集めた成果だ。


これに対して悪魔……厄災鼠ディザスタチューはこいつらにスキルの効き目が薄いと見るや、小さな体躯と軽やかな動きで弾丸を躱し逃げ出そうとする。


「そう簡単に……逃さない」

「諦めろ、お前に逃げ場はない」

「チチッ!」


だがそこにはすでにカグシとモルダードのふたりが立ち塞がりおり、ディザスタチューは退路を断たれた。ならばと死骸に埋もれている巣穴に逃げ込もうとするも……その前にメキラの声が割り込む。


「隠れた巣穴で逃げようとしても無駄よ。そこも私が塞いでおいたから」


メキラの言う通り巣穴に通ずる場所はすでに硬い死骸に紛れる色の土属性魔法での石で塞さいでいる。まさしく四面楚歌の状況。

ディザスタチューは仕方なくノーダメージだが『自爆』を試みるが。


「おっと、あまり命を粗末にするものじゃないっすよ」

「チィ!?」


そこで今まで息を潜めていた『快食屋』のサブマスが待ったをかける。ディザスタチューの小さな口に的確に丸薬状のスキル封じ薬を投げ込み『自爆』を阻止する。


飲んだ時に使用したスキルをひとつだけ短時間封じる効力しかないが今この場では十分役に立つ。


「流石だな」

「へっ、誰に合わせて料理口にぶん投げてきたと思ってるんっすか」

「ふ、違いない」


側に立つモルダードの言う通り、丸薬を食べさせる役が他のプレイヤーだとこうはいかなかっただろう。そこはモルダードの高速戦闘に料理を投げ込むのにもっとも付き合っていた『快食屋』のサブマスだから出来た芸当だ。


「という訳だ。観念して……素材になってろ!」

「ん!」

「うりゃりゃりゃー! そんなキモい顔は蜂の巣だぁ!」

「はっちゃけ過ぎよ!」


リーチが長い『Seeker's』が先陣を切りディザスタチューを攻めたてる。だがそこはレベル50以上のモンスター。小さな体と他のモンスターを遥かに凌駕するスピードで『Seeker's』の猛攻を凌いでいく。


「――そこか」

「チチッ?!」


しかし料理バフを受け終わったモルダードが参入し一気に攻撃をもらうようになる。そのまま為す術もなくディザスタチューは討伐されるのかと思われたが……そこから異変が起きた。

それに真っ先に気付いたのはジョブの補正により、この中でもっとも五感が発達しているカグシだった。


「ッ、みんな……『波』が来る」

「へ? 『波』ってここにっすか! 下層じゃ起きないはずじゃ……」

「そんなものここがプレイヤーメイドのダンジョンな以上、プレジャの胸先三寸でしょう。驚くことでもないわ」

「……俺も今感知した。あと1分しない内に来るぞ。全員、迎撃準備に入れ!」

「「了解!」」


唐突の下層での『波』の出現。今までは前例のなかったイレギュラー。

でもここにいるのは皆が皆一流プレイヤー。この程度で慌てたりはしない。問題があるとすれば……。


「チッ」

「あー! あのブサイク鼠が逃げるよ!」

「ボクが、追う!」


そこでこのメンツで恐らくもっとも追撃戦に向いているであろうカグシがどさくさに紛れて逃げ出したディザスタチューを追う。

その速度あまりにも早く数秒の経たない内に向こう角に両者して姿を消してしまった。


「ちょ、カグシひとりで追いかけさせていいんすか!?」

「大丈夫だ、あいつを信じろ! ……あの程度にやられるほど、軟じゃない」

「そうそう。ああ見えて意外としっかりしてるんだから。それよりこっちは『波』に集中する! 今見た感じモンスターは上層のよりレベル随分と上っぽいから!」


微妙に納得いかないながらもまぁ長年の仲間がそういうならと一旦、意識を『波』の対処に戻すことにする『快食屋』のサブマス。ただ……その視線だけはカグシが去った跡に惜しげに惹かれているのであった。





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