第58話 8階層ー4

3人称視点です。

――――――――――――――――――

「よし、8階層まで無事到着! これから再挑戦を行う!」

「はいはい。まずはインベントリのチェックからね」


敢え無く撤退を強いられたあの日から数日後。『Seeker's』の面々は再び8階層へ舞い戻っていた。


「あの時は酷い目にあったね。攻略掲示板のみんなとか大騒ぎって感じだったし!」

「ん、阿鼻叫喚」

「そりゃね。入った殆どのプレイヤーが死に戻りしたとか尋常じゃないもの」


8階層のギミックにより未だに被害は出続けている。

一番の理由は物資不足。8階層のギミックは絶え間なく様々な状態異常をプレイヤーに押し付ける。そのせいで状態異常を治す回復薬や耐性上げる予防薬などの物資の絶対数が足りなくなったのだ。お陰で『Seeker's』も物資の調達に何日か足止めを食らった。


しかも大半のプレイヤーはその割りを食って自分の物資を奪ったここの上層から資金繰りをしてるという皮肉な状況になっていた。


「いやーこっちも大変だったっすよ。そうじゃなくてもうちは金が掛かってるすから」

「コックの人……久しぶり」

「お、カグシもおひさっす! アメちゃん食べるっすか?」

「ん!」


だがその間に『Seeker's』だって物資だけ集めていたわけではない。その足止めの時間を利用して『快食屋グルメ』と提携が結ばれたのだ。

前にも共闘したことがあり両クランの中は良好で、そのうちのカグシと『快食屋』のサブマスは傍から見ると完全に姪と親戚のおじさんみたな親しさだった。カグシを見るサブマスの目が微笑ましいそうにしてるのがそれを助長している。


「よ、モルダードくん。こっちも久しぶりだな!」

「ああ、3rdステージの攻略以来か」

「相変わらずその堅苦しいロールしてんのねモルっち!」

「そうね。あまり気を張らないでいいのよ? 何なら戦闘までバフ消しとくそうしましょ。いえむしろそうしとくべきだわ!」

「……そっちも相変わらずようだな」


一方残りの主要人物たちも陽気に挨拶を交す……若干1名、モルダードのバフなし状態を知っていて可愛もの好き暴走させてるお姉さんがいるがそれは脇に置いておく。


「今回の探索はお互いを消耗品は折半で買い揃える、代わりに儲けも人数差に関係なく山分け……でいいんだな?」

「それでいい。俺はプレジャとやらのPK報酬とかには端から興味がない」

「俺からしても仕返し兼ねてあいつと戦いたいってだけで別に物には興味ねーな」

「あんた今回どんだけ被害あったと思ってるのよ! せめて元くらい取り返して来ないとでしょうが!」

「あーわかったわかった。そこはしっかりやるから。あんま心配すんな。それより今度こそ出発だ!」


本当に分かっているのか手をひらひらとし先に歩くメルシアのあとを続くようにして『Seeker's』『快食屋』両クランのメンバーが8階層に踏み入る。


今も注意深く見てみると状態異常で厄病鼠たちが勝手に死んでおり耐性を失ったその死骸を『病運』の石化が一瞬のうちに石に変えて崩れ落ちる。それも知っていて見ないと分からないとレベルの速度でだ。その死骸が変わらず『残留』で残り洞窟を彩って灰を被ったような有様を醸し出す。


8階層の発見からすでに数日は過ぎている。それぐらい時間があれば調査検証をする時間は十分にあって厄病鼠のカラクリはある程度割れており、それを知ってるものからしたらこれはあまり愉快な光景ではなかった。


「……やり方が陰湿。絶対クソ陰キャだよねプレジャってやつ」

「こらこら、あんまり人様の悪口いうもんじゃないぞ。あれでも結構熱い男だと俺は思ってるんだよ」

「へぇー……あなたがそんな他人褒めるなんて珍しいじゃない」

「む、そうか?……まぁ、そうかもな」

「私は遠目や映像越ししか知らなけど……そんな大したやつなの?」

「実力面でいうなら人並みだな。ただこっちキルした時のあの執念だけはこの俺も真似出来そうにない……そう思っただけだ」


―― 『Seeker's』のメルシアという人物は控えめにいって天才だった。


幼い頃から人より何倍も物覚えが早く、大抵のことは何でも平均以上に熟せた。

学校に試験なら必ず上位に入り、運動もゲームも負け知らず。顔もかなりいい方だったのでモテる。

天が2物も3物も授けたような存在……だからなのかメルシアはいつしか自分では絶対に持てないモノを絶対視するようになった。


自分では思いつきもしかった発想、閃き、物、様々な心の中の情景。日本住在のメルシアがクリエイティブな人たちに興味を持ち……その中でも幼い頃に目が行きやすいアニメやゲーム関連のものなどに傾倒するようになるのはある意味必然だったのかも知れない。


そこからもメルシアはその才覚を遺憾なく発揮しイラストレーター、ゲーム制作、漫画、動画制作などなど興味をもったクリエイティブな分野には何でも飛びつき……今のような自由奔放な、または快楽主義者じみた大人に育っていた。


だからメルシアは新しい刺激が好きだ。

プロ並みの腕を持ちながら、スカウトを蹴ってプロではなく今は動画の実況者をしてるのもそのため。こっちに飽きて違う分野に興味移ればまたそっちに飛び込むだろう。


自分が持たない感情、情熱。そこから生まれた心を震わすものすべてが大好きだ。

それを自由に見つけるために『Seeker's』という集まりを結成し、その結晶のひとつが今の4人だったりする。


だから自分をどんな手であれ下したプレジャの作ったというこのダンジョンに俄然興味を抱くしかなかった。そして期待通り自分の想像付かない方法で作られたと思しきこのダンジョンの様子はメルシアにとって大変満足のいくものだった。


それに資金繰りが目的に見える上層はともかく、下層を見てみれば1階層1階層が悩み抜き、1から10まで手掛け丁寧に……何より執拗に積み上げられた殺意の造形。

次はどんな手で来るのだろう、それをどう切り抜けばいいのだろうと常にワクワクとしている自分がいる。1階層1階層に今度はどんな未知の作品殺意を見せてくれるのかと。


「ふふ……今から楽しみにしてるよ」

「なーに気持ち悪い声出してるの、よ!」

「痛ったー……くはないけど。何すんだよ!」


物思いに耽っていたメルシアの背中をパンと音がなるほどに叩き、ジト目を送るメキラが意識を探索に引き戻す。VRゲームの故に大して痛くはないが愉快でもないので一応の不満は挟むのはいつものこと。


「あんたがぼうっとしてるからでしょ。しっかりしなさいここから既知マップを出るから」

「……もうそんなに来てたのか」


考え事しながらも状態異常の管理はちゃんとしていたメルシアが軽く流していたマップを確認して驚く。


「第1目標、今は9階層の発見はいいとして。第2目標の例の“悪魔”は見つかりそうか」

「それが全然。ちっとも姿を見せないわ。出来れば9階層に着く前に一度くらい討伐したいんだけどね」

「どっか他の階層に隠れてちゃったんじゃない?」

「今も掲示板とかで被害報告が飛んでるからそれはないっすね」


彼らがいう悪魔……厄災鼠ディザスタチューは両クラン総出で探しているもののどこにも見当たらない。

どこともなく現れては謎の状態異常攻撃だけを仕掛けて消える真っ赤な鼠モンスター。その容姿相まってプレイヤーの間で悪魔と呼ばれ始めたそのモンスター討伐も今回の探索の目標だ。


当然のように悪魔には『映身』が張り付いており、『鑑定』は出来ない。どうせ自爆もするだろうし情報を得て対策するには狩って素材を回収するしかない。要は6階層と同じだ。


ただランク★1か多くて2の一般プレイヤーだとあったが最後。

ランクは耐性にも響くので結局はランク★3が揃っているこの2クランにお鉢が回ってきたわけだ。

他のプレイヤーたちだって諦めたわけではないのだがパワーバランスからしてこの2クランが先行してしまうのは仕方がない。


「それだとおびき寄せる必要があるか」

「そうなんだけどね……多分相手従魔だしそう簡単にいかないと思うわよ」

「こんなこともあろうかとそこもちゃん考えがあるって。カグシ!」

「……呼んだ?」

「ああ、これから鬼ごっこすることになると思うからアップしておけ」

「ん、わかった」


サブマスからまた菓子をもらって栗鼠のように齧っていたカグシを呼んでは本当に準備運動に入るふたり。それを見てやや怪訝な表情をするもこういう時には頼りになるとため息をつくだけのメキラ。

ただそのやり取りを聞いていたバッキュンは我慢出来なかったようで疑問の声を上げる。


「何々、どうする気なの?」

「なーに簡単さ。こっちが連れて来れないならあちらから出てもらうだけだって話だ」


メルシアはそう言うとまたもや獲物を狙うような表情で……今度もっと深くに、近くなった標的に向かって視線を落とした。

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