第57話 8階層-3

ようやく解説回です。

――――――――――――――――――

「だぁ、惜しい! やっぱりあの4人はそう簡単にはいかないか」


仮想スクリーンで人で賑わってきた8階層を見ていた俺はあちゃーと額に手をやる。

8階層の仕掛けも発動しあと一歩のところで大物を逃してしまった。これは次に来た時に対策されることを考えるとかなり痛い……モルダードら『快食屋』も6階層のラインラビットを退けてから物資調達とかで下層(5階層以降こと)に来なくなったし。


「ま、しょうがない。他の8階層入りしたプレイヤーはしたしそれで満足するか」


そう『Seeker's』のあの4人以外のプレイヤーは8階層であっさりと全滅した。先に言っておくが他のプレイヤーたちが間抜けだったとかそういうわけでは決してない。

というか今回用いた方法は初見殺しが過ぎたのが原因だ。


「それもこれもこの厄病鼠を見つけたお陰だな」


画面越しに元気に走り回ってはすぐにとなり果てる鼠たちを眺めながら呟く。


8階層のギミックを説明するにはこいつらの紹介は欠かせない。その名も厄病鼠、これまた新しく仕入れたモンスターで繁殖鼠の進化4段階めのモンスターだ。スキルは『繁殖』『多産』『病運』『自爆』『残留』の総5つだ。


『病運』は名前の通り病を運ぶ……正確に言うと自分の掛かった状態異常を他人に移すスキルだ。代わりに自分に掛かった状態異常の効果が倍増する副作用もあるが、どんな状態異常だろうが範囲攻撃化出来るのはかなりの強みだ。


厄病鼠のダンジョンでの生息域は7と8階層。そう厄病鼠も実はあの7階層の穴にも息を潜んでいたのだ。何故そんなことをしたか?


単純な話それが『病運』を活かすのに1番効率がいいからだ。

『病運』はそこそこ強力なスキルだが本領を発揮するには状態異常を受ける必要がある。それも出来るだけ沢山が望ましい。

そうなって来るとどうやってという問題が生じる。状態異常を自力で用意するにも限度があるし、こんな分かりやすいスキル真正面で使われても初見は兎も角、知られたら一瞬で対処される。


そこで考えたのが7階層のあの構造だ。


衝撃に反応する罠がある巣穴に籠もって吐栗鼠に直接な攻撃が難しい7階層の最適な攻略方法はなにか。それは範囲型の状態異常攻撃を穴の奥に流し込むこと。

実際に今もPSが優れた一部を除き、大半のプレイヤーはそのやり方を実践している。


するとそこに居るだけで自然と厄病鼠たちは色んな状態異常を受けられる。ただこれだけだと得られるのは行動阻害と持続ダメージ系が殆どになる。

そこであの連結兎ラインラビットの岩転がしトラップだ。ラインラビットの対策はいくつがあるがその中でもっとも楽なのは混乱などの同士討ち系の状態異常を撒くこと。だからそれを回収するためラインラビットの玉の奥にこっそりと厄病鼠を仕込んでいたのだ。

これで状態異常のバリエーションがアップされるが、そこでさらに……。


「流石はレア装備。まさか弱いながらも石化攻撃がつくやつがあるとはな」


そう言いながら俺は手元の短杖……石王の瞳杖バジリスクワンドに視線を落とす。この短杖を持って攻撃したモノに極稀に弱い石化を与える特殊効果付きのレア装備。


いかにも高そうな杖を見せびらかすやつがいたからこれ幸いと狙撃させてもらった時に盗った装備アイテムだ。これのお陰で『病運』に状態異常の代名詞たる石化を組み込むことに成功した。

ちなみに土属性補正とかの性能が地脈の杖よりもよかったので今は普通に自分で装備している。これからの“予定”を考えると他のももっといい装備に変えたほうがいいかもな。


さて、こんな多種多様な状態異常を抱えた厄病鼠の行き着く先……それが8階層だ。

7階層の穴の奥にも小動物しか通れない大きさだが8階層への道が無数にある。すべての鼠はここを通して状態異常を抱えて自ら、動けないのは他に運ばれて8階層に降りる。そして遠からずに死ぬ。


そこで『残留』スキルの出番だ。このスキルは一定時間の間消えない自分の死骸を残す。それから一部のパッシブスキルがその死骸を中心にずっと発動したままになる。『病運』は当然パッシブスキルで死骸には状態異常がその効果時間までは残る仕様のようだった。最後に『病運』は味方にも当たり前のように作用する。


そうなると……。


7階層の巣穴で鼠を繁殖→7階層で鼠が状態異常を回収→8階層に移動し鼠の死骸を蓄積→死骸と共に蓄積した状態異常を『病運』でまた鼠に移す→以前を反復しずっと新しい状態異常を取り入れつつ『病運』判定が持続する空間を作る。


ひとつの階層丸ごと、この状態を維持するのは大変だった。それに維持しても必ず引っ掛かる保証などないので色々と工夫も必要だった。例えば屯しやすい地形や宝箱の周辺などは死骸を他所より集中させたりとかな。


これでまず状態異常対策も碌に取れてない脳筋パーティーがあっさり消滅した。その次はある程度対策したパーティーが重複した量に対応仕切れず消えた。そのあとは珍しいジョブですべてに対応したパーティーには……


「今回は大手柄だったな。厄災鼠ディザスタチュー

「チチッ!」


俺は足元の真っ赤な血色の毛皮に悪魔の翼を背に生やした凶悪な顔付きの鼠を見下ろし労うように言った。


厄災鼠ディザスタチュー


厄病鼠の進化先のひとつ……つまりは我がダンジョン初の進化5段階めのモンスターだ。厄病鼠のスキルから追加で『厄再』なるスキルを得る。

効果は単純でありながら悪辣……24時間以内に『病運』で受けたことのある状態異常をして再発させる。条件は面倒くさいがその気になればこの前モルダードがファストにやられたあれを範囲化して再現出来るスキルってことだ。


今のところ《イデアールタレント》のどのジョブにも状態異常の完全耐性なんてチートは存在しないので、これで珍しいジョブで完全対策した残りの連中も始末出来たってわけだ。


惜しむらくはディザスタチューはすでにレベル50を越えているので『繁殖』では増やせないこと。


進化条件も『病運』での状態異常付与666回と弱い毒だけでぽっくり逝ってしまう厄病鼠には中々鬼畜で現在保有数が実験の際に運良く条件を満たしたこいつ1体しかないから活躍次第では眷属にする予定……だったのだがこの戦果はもうほぼ確定でいいかなと心の天秤が傾いている。今から名前を考えてやらないといけなそうだ。


本来ならこいつを利用したコンボを放って『Seeker's』のあの4人からも1KILLづつ頂くつもりだったが……残念ながらあの連中には披露する前に逃げられてしまった。まぁ次に来た時にはきっちり受けてもらうつもりなので今はいいとしよう。


このギミックの優れた点は施した俺自身も予測が付かないためピンポイントでの対策がほぼ不可能であること。

その上、正常人のような特殊なジョブやまだ見つかってもないが状態異常の万能薬があったとしてもディザスタチューの『厄再』からは逃れられない。自分で言ってなんだがこれはかなり悪質なコンボだと思う。


そして仮に俺の知らない何かで対策したとしても……その対価は次の9階層で払ってもらうことになる。そして俺の予想では次の『Seeker's』のダンジョンアタックでそこまでは押し込まれる見込みだ。ならば……その時が狩り時。


「さぁ、ついに出番だぞ―― クイーン。9階層に踏み入れたどもにお前の力を思い知らせてやれ」


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