第56話 8階層-2

3人称視点です。

――――――――――――――――――

ここは変わらず8階層のどこか。

鼠の生け捕りはほぼ諦め、探索を中心に切り替えてからは途中の鼠は仕留めて素早く場を離脱していた『Seeker's』だったが……あるものを見て思わず足を止める。


「あれどう思うよ」

「ぜっっったい罠だね」

「ん」

「むしろ罠じゃなかったらそっちが驚きだわ」


そこにあったのは宝箱。

他のダンジョンでも時偶ランダムで出現し極稀にレアなアイテムが入っているそれが目の前にいたが『Seeker's』誰ものが怪訝な視線を送るだけで近寄りもしかなかった。


増蝕の迷宮エクステラビリンス』に今まで宝箱が出たことはない。そこは迷宮の主の懐事情が主な理由なのだがそこまでは当然彼女らは知らない。


「ならまず……開けるか!」

「いやそこはスルーしなさいよ」

「ぶーキラっちは分かってないな。罠があるからって宝箱を開けなかったらゲーマー失格だよ。なんなら実況者資格なんだよ」

「そうだそうだ!」

「う、そうかもだけど……ここはリスクが」


常識的な判断してるだけなのに何故かふたりがかりで責められるメキラはここにいるもうひとりに助けを求めて視線を送るも……。


「えい」

「ああ、カグシちゃん!?」

「あー! 俺が開けたかったのに」


……その当人はこっそりと宝箱に取り付きいつの間にか勝手に開けていた。


「ちょ、何してるのカグシちゃん!」

「ん? 宝箱は、とにかく開けるもの。前、メルシア言ってた」

「あはは、そういやそんなことも言ったかもな!」

「あんたね!!」

「ってか、なにも起きないね」


バッキュンのひと言に確かにと全員で周りを隈なく探るも本当に何もない。箱に仕掛けや時間経過で何かにあるかも調べたが、その周辺の床が少し色が濃かったこと以外に特に変化は何もなかった。


「あったのはこの武器だけか」

「メイスだね。うちら誰も使わないじゃん」

「でもランク高い。多分レア装備」

「いえ、とう言うかこれ……多分だけどここでロストした装備品リストにあったやつよ」


増蝕の迷宮エクステラビリンス』ではお金と装備がロストする特殊エリア……というのが実はPKだったことが発覚し例の生放送で有名になって以降、特定のスレッドではプレイヤーたちの被害報告が上がっていた。現在その報告は盗難確定と分かる数だけでも数百点にも上り、6階層以降が見つかってからもその数は急速に増えている。


そしてどこかの暇人がそれを面白がってかリストを作成したものがネットに上がられていた。それを見るとこれはある回復系ジョブの人が落としたものらしい。


「ふーん……それで返すのか、それ?」

「モンスタードロップで証明手段なし、リストにも報告者は匿名で落とした本人を特定するのは難しいわ。正直売るか私たち以外のメンバーに上げるかね」

「こういうの使ったらメンドーだし、それなら売ったほうがいい思うよ」

「ん、賛成」

「ふたりがそういうなら……」


その言葉を受けて今得たメイスを売却の計上に上げるメキラ。ただそこで何か不満有りげにメルシアが彼女をジトとした目で覗き込んでくる。顔だけは美少女だから無駄に絵になる光景だった。


「俺には聞かないのかよ」

「あ? あんたにこの辺任すといらないもんどんどん倉庫に積み上げるでしょうが」

「ひどい、俺がリーダーで社長なのに……!」

「ならちっとはらしくしなさいよ!」


これまた無駄に絵になる嘘泣きをするメルシアと怒鳴るメキラの喧騒が響びかせながらダンジョンを進む。


「また感染か……メキラ、薬の在庫は?」

「まだ持つけど。このペースは流石にやばいわね」

「えーここまで来て引き返すの」

「命、大事」

「まぁここだとそうだな。それじゃ……おっとと」


帰るぞ、っと言おうとした時にメルシアにしては珍しくたたらを踏む。


「珍しいね。メルシアがバランス崩すなんて。そんな疲れてた」

「いや、なんか足首に違和感が…………ッみんな今すぐ帰るぞ早く転移アイテムを取り出せ!」

「「「ッ、了解!」」」


普段なら多少の雑談が混ざるがメルシアからただならぬ空気を感じ取り疑問は後回しにして素早く行動に移す『Seeker's』のメインメンバーたち。

その指示を出したメルシアは自分の一部が石化した足首を覗き込んですぐにインベントリを開いていた。


その短い間にもメルシア思考は高速で回転する。


いったいどこで石化を受けた?

あの鼠か、それともさっきの宝箱か。

そもそも石化はそう簡単に通る状態異常ではないはず。どうやって気付かれずに通してきた。


どこかに何か出掛かりがあったはず、思い出せ。

感染、鼠、8階層の状態、宝箱の様子、自分の足首……。


あと少しで何かが掴めそうとなった瞬間に事態はさらに動く。


「手が……動かない?」

「ま――!? ……ッ、……!」

「ふぇ!? ああ手が勝手にみんな避けて!!」


立て続けに麻痺、沈黙、混乱の状態異常を発症にするメンバーたちを目にしたメルシアは少し遅かったと思いながら行動を開始した。


まず足首の石化部分を切り落とし高位のポーションを使用して欠損ごと治す。次に緊急性が高い銃を乱射しているバッキュンを武器を落として無力化。そこにまだ困惑が抜け切らない残りのふたりを引き寄せて一塊に集まる。

ここまで持っていくのに動作を流れるように連動させて掛かった時間は僅か1秒たらず。


「すまんが、緊急脱出だ! 転移アイテムを使う暇は多分ない覚悟しとけ」

「え、ちょ――」


メルシアはそういうとファストエスケープ……所持金を半分落とす代わり条件を無視して範囲内にいるプレイヤーを丸ごと転移させるアイテムを使用してその場を離脱した――


「チィッ」


―― 口惜しげに鳴く1匹の鼠とすれ違うようにして。



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