第48話 鎬を削るが如く

3人称視点です。

――――――――――――――――――

「きゅ!」

「はっ!」


どちらともなく始まった戦いはファストの先制で幕を開けた。

自慢の跳躍力で飛び蹴りを飛ばしが、しかし軽く往なされる。


それからもファストは壁を天井を伝い多角から攻めたてるがそのすべてがモルダードに見切られ、あしらわれる。

パワー、スピード、何よりテクニックの面に置いて未だ経験の浅いファストが圧倒的に足りてない証拠だ。前回はこれを補う手段がなく、止まったところをやられるしかなかった。


だが今は違う。


ファストは蹴りを放ちまた往なされる瞬間、至近距離からモルダードに霧を吐き出す。


「むっ、毒か!」

「きゅきゅう!」


素早く呼吸器を庇うモルダードだが既に遅い。今回のファストが使ったのは主人が作ってくれた浸透タイプの薬であり、吸い込まなくても皮膚に触れていれば効果を発揮する。

それに気付いたモルダードがちらっとだけ自分の状態異常欄を確認する。だがそこには予想もしなかった文字が浮かんでいた。


「……行動遅延?」


通常のダメージ毒はプレイヤー相手には効果が薄い。大体この手の定番の状態異常対策はポーションなり何なりと序盤にすぐ取られるのが世の常だからだ。

だから対プレイヤーを想定した状態異常は少し特殊なものを用意するのが有効とされる。だからある意味PKを日常的にするこの迷宮の主は暇がある時はどんな毒ならプレイヤーによく効くか考えたりもする。


モルダードの掛かったこれもそんな中の一品。

とにかく行動が遅い亀だとか蝸牛とかのモンスターの素材を圧縮しランクを上げ、それを『測定』のゴリ押しで精巧にごちゃまぜにしたオリジナルレシピ『遅延毒』。


その名が指す通りあらゆる行動を少し遅らせるという地味に嫌な状態異常の一種だ。特に今みたいな高速戦闘の際にはもっとも嫌らしいデバフであろう。


「ぐっ、ふ!」

「きゅ!」


行動遅延により反応が遅くなったモルダードがファストの蹴りを捌き切れなくなり徐々に攻撃を受け始める。

でもまだ足りない。そう感じたファストはまたも煙を吐き出す。モルダードは違う毒かと大きく距離を取るがすぐその行動が間違いだと悟った。

ファストは今吐き出した煙を吸い込む。みるみるうちに筋肉が膨れ、心なしか毛皮まで膨らんで見えるようになる。変化を終えるとタンッと地を蹴ったファストが掻き消えるように跳躍しモルダード目掛けて飛び蹴りをかます。


「きゅう!」

「がッ! ぐ、今度は自己バフか」


行動遅延で避けれないモルダードも腕を交差してガードしたがそれでも衝撃が突き抜け、HPがごっそりと持ってかれる。パワーもスピードもさっきの比ではない。今の蹴りの感触からして防御力も上がったと推測出来た。


高い戦闘能力を持ち、敵にはデバフを自分にはバフを掛けて襲ってくる。それに煙を媒体にするから風属性なしに防ぐのは困難。なるほどこれは相当厄介なモンスターだと認めざるを得ない。


「だが、やりようはある」


今のモルダードにファストの速度は追えない。頭が反応出来ても体が行動遅延で強制的に遅れる以上そこはどうしようもない。

なら狙うのはカウンター。でもそれはファストも分かっているため警戒されている。これが普通のプレイヤーだったら大体ここで詰んでいたはずだ。


「きゅ、ッ!?」

「はっ!」


首をへし折るべく後頭部に跳んできたファストをぐーんと物理的に長さが伸びたモルダードの腕がいなし叩き落とす。あまりにも奇っ怪な現象にぎょっとしたファストは受け身も取れずに地を転がる。


「やはりな、行動は抑えても料理バフの変幻までは影響しないか。なら俺の勝ちだ」


インベントリにある数少ない料理アイテムを見ながらモルダードは勝利を確信した。インベントリにある料理はストック出来ず嵩張るが他の消費アイテム同様、取り出せずともタップだけで即座に使用可能だ。


今までの攻防でファストの底はある程度知れた。例えここで何重かバフを積むとしても手持ちの料理で対応出来る自信はある。


治癒効果のある煙を吹きかけ傷を治すファストを見据えながら告げる。


「次来た時は確実に当てる。準備はいるか?」

「きゅ」


いらない、と言わんばかりに足踏みしダンジョンの床を踏みしめるファスト。


場に緊張が走る。

これで勝負が決まる。

両者の間にはその確信があった。


ファストが蹴りの構えで飛び込む。それも真っ直ぐに。

対するモルダードは迎え撃つように正面から拳を振るう。


足と拳がぶつかり合う……と思ったらファストが中心移動と拳と腕を足場にしてピタッと止まった。かと思えばそのまま素早く肥大化してる腕を伝いモルダードの首に向かって走りよって、回し蹴りを放つ。


伸び切った腕と大ぶりで固まった体勢。そして小動物のファストにとってもっとも得意な零距離ゼロレンジの間合い。並みの達人でも詰み状況。


「―― 待っていたぞ」


これがあのモルダードじゃ無ければ。


最強の顎を持つモルダードにとっても得意な間合いは零距離ゼロレンジ。このまま首を貰いに来た足を噛み千切りとどめを刺す。それで終わり……。


……とモルダードが思っていたその時。あろうことかファストは飛び込んだ、避けるでもなく敵の口に向かって。そのまま進んで胸から口に納まり食らいつかせた。そこにある自身のごと。


「むぐッ、ぐぁあッ!?」


貯蔵袋を口内で破き薬も毒もごちゃまぜになったものを大量に摂取したモルダードはその場に膝を折る。

毒、麻痺、沈黙、出血、目眩、火傷、暗闇等々……表示上限を振り切るほどの状態異常と強化の数々があり得ないほどの不快感を齎す。

ここで強制ログアウトしなかったのは純然とモルダードの精神力の賜物だった。そして彼のその精神はこの期に及んでまだ勝負を捨ててはいなかった。


(急所を噛み千切った、やつも瀕死のはず。意地でも一発食らわす!)


この状態異常の数だ。まったく見知らぬものまである。

万能薬なんてまだ見付かってない以上、死に戻るしか道はない。ここまで来ればもう勝つのは無理だろう。


だが、勝ちまでは譲ってやらない。


「俺は、こんなところで負ける訳にはいかんのだーッ!」

「……き、きゅー!」


まだぎりぎりHPが残っている状態なだけのファストもその叫びに応えるように迎え撃とうする。だが、上手く力が入らない。跳べない。これじゃ巨漢のモルダードには届かない。


悔しいとばかりに目を閉じようして……ふわっと体が浮き上がったのを感じた。足元の地面が迫り上がりファストを今もっとも届きたかった場所に投げる。


そのまま押されるに身を任せ―― 蹴り一閃。

モルダードの首がぐるんと曲がり、状態異常で減りに減ったHPを消し飛ばす。


「……はは、お見事」


己を下した強者に今最大限の称賛だけを残し―― モルダードは光の粒となって消えた。



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