第47話 6階層-4
3人称視点です。
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「っち!」
無意識に出た舌打ちを払うようにサブマスを食らった悍ましい兎の群れを一掃したモルダード。
これで仇は討ったとかいうつもりはないし、あいつなら「いやーエグい死に方したっすね」ぐらいで済ませそうだとは思ったがそれでも不快であることに変わりない。
何より唯一気付けた自分がもっと早く対応していたらという後悔の念もある。
決して油断していたわけではないがこのダンジョンを少し甘く見ていた。モルダードはことここに来て漸くそう思い至った。
そしてここでひとり残ったリーダー格として決めねばならないことがある。
このまま引くか、進むか。
メンバーも既に半分に減り、普段自分が至らないところを支えてくれる頼れるサブマスもやられた。モルダードに戦いながら統率までは出来ないし、このままだと遠くないうちに食材が尽きる。慎重に行くならさっさと撤退して次に備えるべき状況だ。
「――ふっ、ありえんな」
だが自分のその考えをモルダードは一笑に付した。
現実の自分の姿が浮かぶ。20歳を超えたと言うのに子供のように小さくて、そしてどこか自信がない少年のような男だ。
自分の外見がずっと昔からコンプレックスだった。
小さいってだけでバカにされることもあった。
小さいってだけで見下されることもあった。
小さいってだけで出来ないことが増えることもあった。
そういう単純なことの積み重ねがこの劣等感を増長していった。それは彼をの心を蝕み何時しか己を自ら弱者に貶めた。
大人になり成長するとそれも変わるかもと色々と頑張ってみたが小学生低学年から自分の体が大きくなることはなかった。
そんな中で彼が出会ったのがVRでここ《イデアールタレント》の世界だ。完全没入VRでは好きな自分になれる。その中でも《イデアールタレント》は飛び抜けて好きな自分を作れる、まさに彼が“理想”に描いた世界だった。
決まったものをするだけで好きな力が手に入る、決まったものを食べるだけで好きな体を作れる。普通の人には気持ち悪いとしか思われないそれは、彼にとっては自分を強者にしてくれた救済そのものだった。
そうだ、俺はこの世界だと強者だ。
それが例えただの騙し絵のまやかしでしかなくとも、それが自分を救っている限り強者っであり続きけねばならない。
それだけが俺を救ったこの世界と、こんなハリボテな自分の強さを慕う仲間へに報いる方法なのだから。
「進むぞ! 今度こそ俺が道を切り開く。残念ながら命の保証はない! でもまさか我がクランにこの程度で泣き言を垂れる軟弱者はいないだろうな」
「はっ! んなもん、居るわけね―でしょが!」
「あんたに噛み付いてボッコボコされてからもノコノコとこんなとこまで付いて来るバカしか揃ってないんだ。そんなん聞くのも野暮ってもんだろ」
堂々とこいつらの……《イデアールタレント》の全プレイヤーが憧れるほどの背中になるというのに、ここで引き下がるなど以ての外。
そんな臆病者ものの背中に、弱者の思考になど。この世界でなってたまるものかと奮い立つ。
「うおぉぉぉぉ――ッ!!」
「「おおおうッ!!」」
むさ苦しい喚声が轟きそれに呼応するようにモルダードが兎の壁を押しのけて前に進む。その間も遅れるもの、壁の兎に取り付かれたもの、例の狙撃で食い殺されたものが続出するがそれでもモルダードは……『快食屋』は止まらない。
モルダードが盲目的に敵を払いのけ、他のメンバーがそんな彼を支援するため作った料理をまたあの小さな兎に奪われないよう、死に戻るのも厭わず前線に出て直接口に押し込む。
仲間と敵と自分のダメージエフェクトが絨毯になって敷かれた道をそれでも踏みしめて進む。払って進んで薙いで進んで……目指してた砦の入り口らしく場所に辿り着く。だがその時には『快食屋』の生き残りモルダードだったひとりになっていた。
仲間たちが散ったあとを振り返りそうになって……辞めた。
こんな感傷に浸っている暇があるなら一歩でも先に行ってその情報を掴んで返ってから“リベンジに行くぞ”とでも言ったほうが連中は喜びそうだと思ったから。
「ふぅ……では行くか」
砦の見た目だけは立派な城門をぶち抜いて中に入る。ここにも敵がみっしり詰まっているものと思ったが、砦はあくまで肉壁の支えの役割しかなかったらしい。内部はがらんどうで不気味な静寂だけが流れていた。あるのは床に空いた大きな穴とそこから下に続く広い階段だけだった。
「この先か」
モルダードには予感があった。今日ここに来た目的がこの先にあると。
そして多分どうなろうと今回の自分ではそこを突破出来ないと。
決して弱気になっているわけではない。
むしろ今は普段以上に精神が研ぎ澄まされているとさえ感じる。だがそれでも……いやだからこそ分かる。
今この先から自分を待っているのは栄光ではなく死だと。
「構うものか」
ならばそれこそご都合というもの。
負けてもどんな危険があるか知れる、もし勝ったら勝ったで困ることは何もない。
ならやはり前進あるのみだ。
ペタペタと階段を降り自身の素足の足音がやけに大きく感じる。
研ぎ澄まされた感覚が周りの些細な変化さえも拾ってるからとモルダードはそう気付いた。
だからそれにもいち早く気付くことが叶ったのだろう。
「きゅう」
「やはりお前か。可能性は低いと思っていたがまさか本当に予想が当たるとはな」
モルダードはあの時戦ったエリートモンスター……いや正確にはプレジャというプレイヤーの眷属であろう。相変わらず真っ白な、でも胸元に前はなかった三日月模様をした兎を……ファストを見据える。
ひと目見ただけで分かる。小さな体からは想像もつかない闘気と―― 殺気。いったいあれ程の気迫をどこに溜めてるのか思うほどの矮躯なれど、この闘いに望む気構えは間違いなく強者のそれだ。
「そうか……お前も俺と同じか」
何故モルダードはあの時に簡単にあしらうことの出来た相手を、ここまで気にするのか。彼はそれがようやく分かった。
あの目だ。
自身の弱さに悩まされながら、それでも強さに喰らい付こうするあの目。
きっとここ《イデアールタレント》に来た当初、自分がよくしていたその目をこの小さき戦士は常に宿している。
なんてことはない。こいつと自分が似た者同士でそれが気になって仕方なかったってだけの話だったのだ。
「なら俺がやることはひとつしかないな」
「きゅう」
ゲームのAI相手だとかそんな無粋なことをのたまうつもりはない。
ここに居るのは飽くなき強さを求める挑戦者で俺はそれを受ける側だ。ならばお互い全身全霊で――
「―― 叩き潰すのみッ!」
「きゅうッ!!」
『
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