第39話 『Seeker's』ー4

「はぁ、はぁ……」


突如として始まったモンスターの群れとの戦いからもう10分ほど。それほど長い時間での戦闘でもなかったがメルシアは疲弊していた。普段ならこれぐらいなんてことないのだが感染が思った以上に厄介だった。


この感染という状態異常はプレイヤーからモンスターにも感染うつる。そして新しく感染したモンスターの状態異常の効果時間は最大から始まる。それと当然モンスターからプレイヤーにも感染る。

これはこの状態異常のキャッチボールが只管に反復され、周りに自分以外の生物系MOBがある限り感染が切れないことを意味する。


「時間経過での回復も防止とはな。つくづく面倒くさいなこれ。にしても……」


さっきから相当数のモンスターを狩っているはずなのに減ってる様子がない。むしろ最初に現れた時より増えていることにメルシアはようやく気付いた。


「どうなってるんだ。これは絶対に何かがおかしい」


よくよく思い出してみれば最初から……それこそここに来るきっかけからしてそうだ。普通あんな都合よくヒントが出てなんてくるか。提供元は信用が置けるがそもそも彼らの情報の出元自体が何者かに細工されていたら……。


「うおっと! 今そんなこと考えてる暇ないか」


木の上から襲ってきた猿型モンスターの投擲を避けながら思考を切り替える。とにかく今はモンスターが増える直接的な原因を探るのが先だと。

直近のあたりには木々と通常モンスター以外は何もない。何かが変わった仕掛けでもないかと遠くにも視線をやる。やはりないも見えない……が。


「はっ!」


群れ全体の動きから見てほんの僅か、戦闘とは関係なく戦線がズレる場所を目当てに武器を広範囲に投擲する。普通の人ならまず認識することすらないほどの誤差と自身の勘を頼りにした攻撃は果たして……今回も大当たりだった。


「見付けたァ!!」


未だに見えてはいないが虚空から散るダメージエフェクトでそこに居る何かを補足し真っ直ぐに駆け出す。その際にもいくつもの状態異常が発生したが、すでに全部の異常を体験しどれがどの程度の矯正でいいのか把握したメルシアの動きにはそれなりに神経は使うがもはや陰りは微塵もない。


「なんかのスキルで隠れてるみたいだが……無駄だ」


インベントリの中で魔法、スキル、アイテムなどでの付与を剥がす武器を瞬時に選び万型の太刀オール・スイッチの一太刀にてエフェクトの出てる部分を斬り伏せる。

やがて目の前の景色が揺れ巨大な黒い熊……混合熊カクテルベアが姿を現す。その口元からはきつい色彩をしたピンクの煙が漏れておりカクテルベアから離れた瞬間無色になって空気中に薄れていた。


「なるほど、お前がモンスターをけしかけてたってことか。なら話ははやい!」


それを見て一瞬で状況を掴んだメルシアはカクテルベアを討つべく腕を振るう。カクテルベアも反撃するために身構えたものの……メルシアの太刀筋の前でそれはあまりにも遅かった。武器のスイッチで防御を抜き神速で迫る太刀によりなんの抵抗も出来ずにカクテルベアは光の粒となる。


「これで一丁あが……ッ!?」


だがそこでメルシアですら予想外なことが起きた。カクテルベアの巨体が消え吹き出した光の粒、それを掻き分けるようにしてローブを纏った男が自分に迫る光景。どういうわけか足は動いておらず地面が物凄いスピードでスライドしてその男を自分に運んでいるが、それを気にしてる余裕もない。


(しまった、まさかあの熊の腹にずっと隠れてのか!)


偽装を見破り敵の頭を潰したと思ったもっとも油断する瞬間。こいつはずっとこのタイミングが来るのを待っていたのか。多分俺たちが19階層の情報を聞くずっとその前から。


「ははっ!」


持ち前の直感でそこまで瞬時に気付いたメルシアの顔は……笑っていた。

《イデアールタレント》で迷宮王ダンジョンマスターが削除されたと聞いた時メルシアはかなり失望していた。

β版の最終日。件のあの『魔王』との戦いの続きをやれないのは残念で仕方ないと。


あの時負けはしたもののあれほど濃密で楽しく時間を忘れてゲームをプレイしたのは初めての経験だった。もう一度あの時間をと、そして今度こそ勝利をと思い《イデアールタレント》の正式リリースに合わせ会社でも色々と準備していたのだ。


なのにいざ準備万端でリリースに飛び込んでみれば目当てのものはもう二度と見れないときた。それに『魔王』本人もゲームから完全に消息を絶っているという。

当時あまりのがっかり具合に会社の他のスタッフやメンバーさえも困惑させていたほどだ。当初はこのゲームを離れることも本気で考えたがすでに色々と先の企画などが練られている状態で社長である自分がワガママを言うわけにもいかず……表には決して出さないが惰性で《イデアールタレント》を続けていた。


手段を選ばず真っ直ぐただ目標を殺す。そのために労力を惜しまないその姿勢。何よりこの自分をここまで追い込んで今も一切衰えない執念の宿った目。あの『魔王』とも違う、だが震わせてくれるその目に冷めていたメルシアの心が再び滾り出す。


「いいぞ、お前ぇ!!」


もう避けられる間合いじゃない。とっくにそれに気付いたメルシアは避けるどころか自分から飛び出しカウンターの万型の太刀オール・スイッチでケリをつけるようとする。対する男も勢いを殺したりはせずメルシアを正面に捉えたまま接近した。


やがて徐々にふたりの位置が近づき―― 交差する。

立ち位置を入れ替えたふたりの間に暫くの静寂が訪れ……男の方の首が斜めにズレて落ちる。そのまま男は光の粒に……ならずふっと画面が切れたテレビのように消失する。


メルシアは腹から背中に掛けて土の槍で刺され、その部分からも小さな槍が追撃し内蔵を破壊される。


「はっ。最後の最後にまでペテンかよ、徹底してるな……また会おうぜ」


呆れた……でもどこか清々しい顔でそれだけ呟くとメルシアは光の粒となって消え去ったのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る