第29話 鏡面士

「ほぉ、ほぉ、ほぉ。儂は潜入任務を任せたつもりじゃったんじゃがの」

「……それは悪かったな」

「いやいや、ええんじゃよ? 依頼主からは寧ろ感謝されたぐらいじゃからの。手間が省けたと」


野郎……さては楽しんでるな。ストーリー上闇爺さんに損があった訳でもなしそれも当然か。こっちは大変だったってのに……最後ら辺は楽しかったから別にいいけど。


『隠し条件の達成を確認しました』

転職タレントクエスト・2nd《かご鳥の導き》Hiddenをクリアしました』

『ジョブ:隠密が隠しジョブ:鏡面士ミラーマンに変化しました』

「とにかくこれで本当にクエストもクリ、ア……え?」


さあ帰ろうと闇ギルドを出たら、このアナウンスが流れて数秒呆然としやっとの思いで脳を再起動させる。


「これは……はは」


なるほどそいうことだったのか。イベントが随分違うとは思っていたが……あれは言わば隠しイベントだったんだな。こんなのがあるなんて噂でも聞いたことなかったが……これはあれか少数の発見者が秘匿しているか、そもそもが俺が初見か。


「後者は可能性低いとして前者はありそうだな」


まだ発売して1月もないゲームだ。隠し要素なんざ探せばひとつやふたつ出てくるだろう。


「これに関しては純粋にラッキーだったってことでいいか。なら早速、鏡面士ミラーマンとやらの性能を見てみよう」


ステータス欄を開き密偵から鏡面士ミラーマンなった部分を詳細表示する。

スキル数は通常のセカンドジョブと同じくふたつ。ただし初期スキルの『擬態』が別物に変わっていた。

その名も『映身(うつしみ)』。『擬態』にある偽装能力、適応範囲はそのまま引き継ぎ、別の場所にホログラム映像のようにイメージを転写して幻影を映し出す能力まである。

しかも一番嬉しいのは『擬態』と違い適応数制限がないこと。その気になれば実体はないが分身とか出し放題だ。


ただ珍しいことにこのスキル魔法でもないのにMPを使うから無尽蔵ってわけではない。普通こういうのは傾向として魔法使い系の複合ジョブの前提条件になってることが多いが……俺には関係ないか。道削ぎで土以外の属性扱えないし、これが土属性と関連あるようにも思えないから。


「っていうか、これもしかしてエルがこのジョブ持ってたんじゃないか?」


NPCもジョブのルールは同じ。だからどのNPCだろうが使う能力などでジョブを割り出せる。

多分あの鏡の広域精査は何らかの感覚強化でアジト全体を捉える、『映身』で鏡に映る形でアジトの幻影を投影する、それを鏡の真の姿を暴く能力で情報を丸裸にする……って感じかな。改めて考えると凶悪なコンボだ。自分のダンジョンでもし使われるかもと思うだけでゾッとする。


ふたつめのスキルは『真鏡』。これもまた便利そうなスキルで手鏡サイズだけど、あのラーの鏡もどきを手元に呼び出せる。『映身』で作った幻影に翳したら幻影だけが鏡の中から消えていた。これで俺は手鏡で映る範囲だけだけど鑑定系のスキルを得たことになる。


「限定的でも鑑定手段はありがたい。何せ明日行く場所が場所だからな」


ランクは上げといて良かったよ。★2でやっと手鏡サイズだ、もしこれで★1だったら下手すればゲーセンのメダルぐらいの大きさだったんじゃないか?


……それにしても今日は疲れた。さっきのクエストではしゃぎ過ぎたせいか頭がダルい。

ということで俺はそのままログアウトしてからぐっすり寝ることにした。




◇ ◆ ◇




翌日、ホームのダンジョン内。

測定士になった副産物でダンジョン改築が随分捗るようになったと感じる今日このごろ。ホーム機能を開きダンジョンをいじりながら俺は今日の予定を詰めていた。


鏡面士のスキルで改めてダンジョンや従魔たちに偽装したり、兎農場を見回ったり、新しい罠を考えるなどやることは多いが増えたジョブとランクの補正で予定を考えるぐらいの余裕は出てきていた。


「これで8階層は完成と。区切りもいいしこの後には予定通り『ノースライン』に向かうとするか」

「きゅう」


『ノースライン』……通称北ダンとも呼ばれるマップ北側の街にある巨大ダンジョンの名だ。そんな攻略の最前線に何をしに行くかというと。


「ついにファストの進化、そのための前の準備だ。気合い入れていくぞ」

「きゅきゅう!」


ファストの進化先は前から悩んでいた。多分このままファストを進化させてもそこそこのモンスター止まりで終わる。

その理由は単純な種族差。これがドラゴンとかの最強種を1から育てるのだったらそこまで問題なかった。だが兎、それも序盤に得られるモンスターは伸びしろがそんなに大きくはない。大体はどこかで鞍替えして主戦力を変えるものだ。


だがそれじゃつまらん。何より俺が今日ここでダンジョンを弄っていられるのもファストが居てくれたお陰でもある。だから何があろうが俺はこの子は見捨てない。なによりだ。


「俺のダンジョンのラスボスを任せられるのはお前以外にいない。絶対に強くなろうなファスト」

「きゅ!!」


理屈とかそういうのではなく俺がこの子を最強たらしめたい。ただそう思っただけのことだ。


だったら最も先へ。未知なる領域へと踏み込まないといけない。


「あの『Seeker's』ですら未だ踏み込めない前人未到の地。この『ノースライン』20階層を探し出す!」


そんなこんな考えてる間に北の街ノースラインに着いた。その名に相応しくダンジョンと外界を隔てる境界線の如くその街の防壁は横に長く連なっていた。

街の地下にあるダンジョンも似たような形で広がっており、その数十を超える数多の入口に沿うようにしてマップ北側の端はすべてがこの防壁で遮られているらしい。


「この世界最大のダンジョンの名をそのまま街の名前しただけはあるぜ。すげー迫力だ」

「きゅうー」


ここで最終目標はふたつ。強力なモンスター素材の確保とファストの新しい進化先の開放だ。現在ファストのレベルは30。進化3段階を迎える状態ではあるが今だとどの進化先も唆らない。ファストにも聞いてみたがどの進化先も微妙な反応だった。

あ、ちなみにクイーンも似たような理由で進化は保留にしてある。あの子自身も美味いもの食ってのんびり暮らせるなら何でもいいって感じだからクイーンの進化がいつなるかは不明だ。


「新しい進化先を開けるには戦ったことのない新しい敵と戦うのが一番近道だ」


進化先はこれまでの行動か持ってる素材で増える。

ファストも蹴り攻撃ばっかりしてたからか蹴兎となれた。ダンジョンの土兎なども進化させるたびに土魔石を消費する。


現状今ある、また俺が調べた進化先の中にはファストを最強に出来そうなものはなかった。ならもう新しいものを探すしかないってわけだ。


「賑わってるな。流石は物資の宝庫と言われるだけはあるってことか」


『映身』で適当な見た目に変装し街に踏み入れる。プレイヤー、NPC関係なくすごい人波だ。設定的にもダンジョンドロップでの産業が発達してて、実際に素材集めもレベル上げにももってこいの場所だから人が集中する地域だ。


もう既に懸賞首として賞金がかかっている俺はあまりこういった場所には来たくなかったが今回ばかりは仕方ない。誰にも見つからないようにさっさとダンジョンへ……


「ね、そこの兎連れのあなた」

「はい? げっ」


嘘だろ……なんでよりもよってこんなタイミングで。


「私『Seeker's』所属のプレイヤーのメキラて言うんだけど。ちょっといいかしら」




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