第19話 『快食屋』-1

ぐちゃぐちゃりと咀嚼音が洞窟に鳴り響く。その音の中心には短いズボンしか履いていない半裸の、ほぼ野生人のような大男が佇んでいた。その格好は所謂“裸装備”ってやつで要するに初期装備すら脱いだ完全なる無装備状態。


「うむ……今の兎モンスターは中々に歯ごたえのある輩であったな」


到底ダンジョンに来たとは思えない格好でそう言いながら、その男は丸太のような腕で口元を拭う。


「クラマス~、あんまりひとりでガンガン進まないでください! 本隊と離れすぎですよ」

「ああ、済まない。今戻る」


そういって男は同じクラン(大規模のプレイヤーチーム)の仲間と思しき別のプレイヤー集団に向かう。彼、彼女らもまた皆ダンジョンには似つかわしくない料理人風の格好をしている。これがギルマスの大男を除くクラン『快食屋グルメ』のユニフォームだ。


「それで何があったんですか、その

「かなり強いのがいた。ここのエリートモンスターだったのかもしれん」

「おお、ギルマスが強いって程ですか。ドロップ何だったんです?」

「……そういえば何もドロップしてないな。経験値はやたら手に入ったが」

「え~なんすかそのハズレモンスター。自分はもしあったらトンズラかましときますー」


大男はまとめ役と思われる、軽い言動のやたら胴の長いコック帽をかぶった男と雑談をしながらダンジョンを進む。大男が拳を振るい、足を薙ぐごとにモンスターが紙くずの如く消し飛ぶので彼らの途中は平和そのものだ。


「その足随分と長持ちしますね」

「量はそれほどでもなかったが質が良かったのだろうな」


大男が長く、大腿筋の発達した足を誇示しながら答える。それは本当に人間の足かってぐらいに巨大で強靭さと野性味に溢れていた。


「4階層、ここがこのダンジョンの最前線っぽいすね。ここから先は“波”の頻度が増えるせいで攻略が進んでないらしいっす」

「ふむ、そうか……なら丁度いい」

「げ、まさか」

「“波”を突っ切る。総員準備にかかれ!」

「やっぱり~! もう人遣いが荒いっすよクラマス~……」


文句言いながらもテキパキ準備を進めるまとめ役の男の顔に不満はあっても不安は一切見えない。その光景からこの大男が負ける訳がないという厚い信頼が窺える。そしてそれは料理人風の他メンバーも同じこと。そんな中、索敵系のジョブを持つクランメンバーが叫ぶ。


「来ました大量のモンスター反応……“波”です!」

「よっしゃこうなりゃやったるで。おら野郎ども、火を点けろ! ビビんじゃねーぞ」

『おおおおぉーッ!』


首から駅弁売りのように下げた魔石コンロから火柱が立ち昇り、その上に様々な料理器具が載せられ食材たちがその熱いステージにて踊る。

ぶら下げてるのはコロンでだけでなくまな板、ボウルなど様々とありそれらで下拵えを終えた食材も時に宙を舞い適切な調理場所に放り込まれる光景はさながらサーカスだ。


「へい、一丁上がり!」

「ガブッ!」


出来上がったステーキが汁を撒きながら宙を舞う。大男はそれを器用に口で受け止め、吸い込む。顔ぐらいの面積のあったステーキがまるで素麺か何かみたいに吸い込まれた。途端に大男の体が脈動する。徐々に肉が膨らみ、筋肉が盛り上がる。


膨れ上がって一回り大きくなった腕が振るわれ、それだけで白い波に風穴が開く。肉、サラダ、魚介料理、果やスープなどまで鍋ごと戦場を舞い、それらはひとつ残らず曲芸のような動きで噛み付いた大男の胃袋に吸い込まれ消えていく。その度に大男の体は変貌を遂げ今や背丈5m近くはある、頭が天井に着きそうなほどの化け物じみた巨体となっていた。


群れただけの弱者は為す術もなく踏みにじられ、『波』と同時に発動した罠もその鋼の肉体の前には通用しなかった。壊れたり死んだりで光の粒となった残滓が嵐の如く吹き荒れ大男の残忍なまでの“暴力”という名の美が飛び交う。


「かぁっ、いつ見てもスゲーなうちのクラマス」

「このゲームの料理バフをあそこまで使いこなせるのはあの人だけだろうよ」


―― 《イデアールタレント》の料理バフは独特なシステムを採用している。


食は血となり肉となる。ここの開発はこの単語を体現でもしたかったのか、料理バフで強化されるのは攻撃力とか防御力の数値的なものではなく肉体アバターそのもの。

例えば肉などタンパク質を摂ると筋繊維増加、カルシウムを摂ると骨密度増加などの効果を得て肉体を生体改造する。ただ先鋭的過ぎたこのシステムはあまり受けがよくはない。とういうか最悪だ。


まず自身の体がぐにゃぐにゃと大きくなったり小さくなったりとそもそも気持ちのいいものではない。VR機器のセーフティーと短時間でしか維持しないことで悪影響はほぼないと判断され、ぎり法的審査を通っただけのことはあると言えよう。


だが、だった一人。この料理バフを積極的に利用するプレイヤーがいた。

その名は――




◇ ◆ ◇




「――『怪食漢』モルダード……だぁ、面倒なのが来た!」

「きゅう!」


『怪食漢』などと物騒な二つ名で呼ばれるモルダードなるこのプレイヤー。彼はこの《イデアールタレント》の所謂トッププレイヤーのひとりだ。

モルダードの話は掲示板はもちろん少なからずプレイ動画もあり俺も一応拝見した事がある。


そのプレイヤースタイルはまさに異質。


体が強度を形を速さを目まぐるしく入れ替えるなかで、その変容に瞬時に適応し戦いにいかす。そのキャラ操作の難しさは他に比肩できぬほどだという。リーチがどれだけ変わろうと視線が下がろうと、歩幅が変わろうと、戦闘能力に一寸のブレもない。そのありえないレベルの天性のセンスには皆が感服したものだ。


彼に憧れ、そんぐらい俺にもできらぁ! と真似しようとした他のプレイヤーたちは大体1分でギブしたそうだ。そのプレイヤーたちがそのままモルダードの舎弟みたいになってあの面白料理クランが結成された裏話とかあるが長いからそこは割愛するとして。


戦う相手に合わせて肉体を適切に改造して挑む超変則的グラップラー。それが『怪食漢』モルダードのプレイスタイルだ。で、こいつが居て何が困るかって?


「普通にダンジョンが攻略されかねない」


実質個人ホームでしかないここに攻略もなんもなくない? と、思うかもしれないがそんなことはない。利益を出す以上当然こちらにもリスクがあるのだ。


大前提としてモンスター、プレイヤーを狩った際のリザルトが発生するのは同じ戦闘エリアにある時だけだ。だから俺もダンジョンでの戦利品を得るにはちゃんと同じホーム『闘技場』エリア内に居ないといけない。完全隔離するのはシステム上、別エリア判定を受けるので当然不可。


ここで更に問題になるのがPKのデメリットルール。まぁ、よくあるPKK時には通常よりデスペナが増えるやつなんだが……それの査定にホーム内の物も含まれる。どうもホームでの保管は追加インベントリであって倉庫的なものではないらしい。倉庫システムはちゃんと街中に銀行って形で存在してはいるがPKしまっくてる俺は既にそこは利用出来なくなっている。今はまだぎり街に入れる程度だが、これからもダンジョンPKをする以上はそのうちに『擬態』がないと通常の街に近づくだけで高レベルの衛兵NPCに追っかけられるようになる。


“理想の才能を作れるゲーム”という謳い文句上PKジョブはあるが《イデアールタレント》は基本PK非推薦ゲームなのだ。


普通の闘技場ならそこに制限をかければいいだけだが俺の場合ここのタネがバレかねないのでそれはできない。


今タネが割れて競合相手でも出る日には将来的に赤字確定だ。するといつか拡張費用が出せなくなる。そうなればどん詰まり、俺のダンジョンは停滞しこれ以上の発展はなくなる。つまり完全攻略されたも当然の状態となる。


「俺が取れる選択肢そう多くない」


あいつを倒す? 無理無理、ダンジョンのモンスターを総動員してもキレイ(エフェクト的に)な塵なる未来しか見えない。話し合いや交渉も俺はすでに悪質PKとしてそれなりに顔が売れてしまっているから危なっかしくて出来ない。


なら残る現実的な選択肢はふたつ。

ある程度の収入的損害は覚悟してモルダードがいる時はダンジョン外に逃げるか、ここに来た目的を達成させ穏便に帰らせるしかない。


目をつむり少しの間だけ黙考。やがて目を開け厳然とモルダードが映っている画面を睨む。ただ口元だけはちょっとニヤつけながら。


「どっちもやめだ。ここで尻尾巻いて逃げても面白くないしな。やってやるぜダンマスらしく」


こっからはお前らと俺との化かし合いだ。自分のテリトリーからすら逃げては迷宮王ダンジョンマスターなんじゃ名乗れねーからな!

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