第20話 『快食屋』-2

「いやー、大漁大漁。随分と荒稼ぎ出来たっすね」

「うむ、これで当分の食費は賄えそうだ」


所持金の値を示す欄を眺めてた大男……モルダードは少し満足気に頷く。

彼らクラン『快食屋(グルメ)』はクランマスターの戦闘方式やそれを他にもやらせる訓練をするため大量の食材アイテムが要る。

そんな膨大な食材が通常の狩りだけで賄える訳もなく、基本格闘や料理バカしかない彼らはいつも金欠気味なクラン運営を強いられている。


そこで儲かるダンジョンの噂だ。

金欠クランがこれに飛び付かないはずもなく、本日こうやってこの『増蝕の迷宮エクステラビリンス』(別名うさぎダン)に足を運んだ。


「おっと、他班から連絡っすね……あちゃー」

「どうした?」

「いやそれが3班がミスったらしくて。どうやら“波”を狩ろうして返り討ちにあったぽいっす。これはここのペナルティーのせいで大分稼ぎ減ったすね」

「……そいつらは帰ったら鍛え直しだ」

「おおう……3班の人、ご愁傷さまっす」


モルダードの鍛錬は厳しいことでクラン内で有名だ。最初の頃はやりすぎて強制ログアウトするものが出るほどだったのだからよっぽどだろ。今は流石に加減するようになったが鍛錬が終えた他メンバーの目から光が死ぬのに変わりはない。


それよりこのままだと『快食屋』は金儲けに来たのに赤字を作って帰るはめになる。

ここ『増蝕の迷宮エクステラビリンス』は特殊エリアと呼ばれる場所らしく金と経験値が多く取れる代わりにデスペナでたまに所持金とアイテムがごっそり減る……と、プレイヤーたちには思われている。事実はだた知らぬ間に遠隔PKされているだけなのだが。


「仕方ない残った班でもっと奥まで潜るか」

「それしかないっすよね……はぁ、もうちょいで最前線がみえるってのに」


モルダードの戦法は扱い難いが出来さえすれば汎用性に富んでいて対人、対モンスターともに強い。それ故にあと2,3人まともな使い手が育てば現在最前線たる2ndステージ後半の探索にも入れる。

モルダードが如何に強くても流石にクランメンバー全員をだだっ広いフィールドで守り切ることは出来ない。それにモルダードの料理バフに頼るスタイル的にひとりだけで先に行ってもあとが続かない。そのため皆で先のステージに行く方法を模索しているのだ。


彼らが目指すは最強の自身。そのために工夫しながらもただ前に進むのみ。


一見異質なれど、その姿勢は育成系RPGのプレイヤーとしてある意味は最も健全で正しいのかもしれない。


それから『快食屋(グルメ)』の快進撃は続く。飛び掛かる兎たちを蹴散らし、仕掛けられた罠を踏み砕き、襲い来る『波』を乗り越えてダンジョンの奥へ奥へと踏み入れる。そしてついに。


「これは……」

「ボス部屋か」


他とは雰囲気の異なる巨大な両開きの扉。そしてその中から感じられるゲーマーなら慣れ親しんだ圧迫感。誰が見てもボス部屋と分かる場所までモルダードたちは着いていた。


「このダンジョンは5層からあるんすね」

「確か前に行った場所は10層からだったか?」


そんな他愛もないことを言い合いながらも既にボス部屋の手を掛けている。未だ全容が分からないダンジョンの初ボスだ。プレイヤーならこれを逃す手は当然ない。


「さてここのボスは……なんっすか、あれ?」

「ふむ、兎種……の変異種、か?」


それは異様な姿をしていた。白い毛皮に覆われているが兎というには脚が長くまるで人間のように二足で直立している。だけでなくまるで格闘家みたく長くなった前足を構えてまでいる。兎が元だからか背丈こそ低いが狼男ならぬ兎男とでも呼ぶべき出で立ちだ。


「見たことないモンスターっすね」

「ああ、油断するな。こいつはそこそこ強い」


それを聞いたまとめ役の男は油断なく兎男を見据えいつ戦闘が起きてもいいように手で静かクラン員たちに合図を送る。

『快食屋(グルメ)』の後方にいた者たち準備を終える否や、兎男は……消えた。


「なっ」

「――早いな」

「クラマス!」


いつの間にかまとめ役の男と間合い詰めていた兎男の蹴りはモルダードにより防がれた。


「油断するなと言った。早く料理を、脚力中心だ」

「は、はい! 野郎ども聞いたな。火を上げろ!」


号令一下鳴り始める調理器具の打つかりあう音。暴力的な美味い匂いが辺りに充満しながらも戦いは始まっていた。


モルダードが比較ではなく腕を伸ばしながら拳を放つ。兎男はその変則すぎる攻撃にも動じず持ち前の素早さで拳を躱す。だがここで得た兎の肉料理で脚力を大幅に改造したモルダードがすぐに兎男に追い縋る。


「スピードはそこそこだが。動きがあまいな。素直すぎる」

「クラマス、俺たちにはどっちも全然見えてないから違いが分からないっす!」

「この程度でヤ◯チャるとは修行が足りん」

「……本当それ好きっすねクラマス」


昔から気に入っているあるネットスラングの言い換えを吐きながら戦いの推移はモルダードの方に傾けていた。兎男は足で翻弄して一方的な展開に持っていこうとするが邪魔されもしくはペースを乱され距離を取ることすらままならない。むしろ兎男の方が体ごと間合いを自由自在に変えるモルダードの技に翻弄されて一方的に殴られている始末。


それも当然。兎男の一番の長所たる脚力が料理バフで並ばれた以上純粋な技量差がもろに出る。兎男の動きはモルダードが評したように精彩を欠く身体能力任せの戦闘。そんなものでこの天性の戦士(ファイター)は小揺るぎもしない。


「もうタネ切れか。なら早く終わらせてもらおう」


一撃、二撃と拳を入れ兎男の体勢を崩し反撃出来ないタイミングでもししても対応出来るようにフェイントも混ぜながらモルダードはトドメの蹴りを放つ。

だが兎男の最後の意地か悪足掻きか。蹴りに蹴りを打つける形で応戦する。普通ならパワーで遥かに落ちる兎男の足が弾かれて終わりだ。でもそうはならずどういう訳が兎男の上の脚関節がモルダードの足を軸にに曲がった。


棒に巻かれるように兎男の爪先がいつの間に伸ばした鋭く凶悪な爪をモルダードのこめかみに刺そうと迫る。完全なる不意打ち、腕でも防げずもう躱せない距離。

それはまるで死神の鎌が如く。もし死ななくても昏倒や大ダメージは確定の一手。


――ただし、これがモルダードじゃなければだけど。


「中々いい手だ。だが残念ながら俺の最大の武器は拳でも足でもなく……」


ガブッ。

とぐるんと横に回った顔の口で受け止めながら噛み付き、そのまま噛み千切った。あとどうなっているのか口の間から火花がちらつき、香ばしい匂いを立てて口内の肉を焼いている。


「ころあごら」

「発音出来てないっすよクラマス」


口で焼いた肉を飲み込みながらモルダードが言い、まとめ役の男がツッコむ。


―― モルダードの普段のジョブ構成は戦士、道化士、捕食士、解体士の系列からなっている。当然のようにもうランクを1つ上げている彼は連携戦闘中心では戦士、捕食士、解体士をセットするが、個人戦闘中心の時には道化士、捕食士、解体士をセットする。味方の援護(料理)を受けれない時において継戦能力を上げるための彼なりの工夫だ。


「ナイスファイトだった」


モルダードはそう言うと蹴り上げていた脚を踵落としにして隙だらけの兎男の脳天に振り下ろす。戦斧を叩き込まれたみたいな衝撃で頭蓋がかち割れ兎男は光の粒となって弾け飛んだ。


……その場に妙な形の石だけを残して


――――――――――――――――――


・追記


戦士:物理アタッカージョブの大元。

道化士:本来の使い方はデバッファー。皿を回して混乱状態にし同士討ちさせたり、火を吹いて火傷にしてスリップダメージを与えたりする。

捕食士:自身に掛かる料理バフを強化し顎周りも強化する。

解体士:敵MOBから死体を丸ごと得てそれを解体したり、一部を切断して即座にアイテム化したり出来る。なおどっちかの効果を適用すれば片方は使用出来ない。

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