第8話 《デンジャラスファーム》-2

ボス戦開始から3時間。


オークキングとの戦闘は熾烈を極めた。

こちらの戦力は敵オーク部隊を殲滅させたもののその時点で半分以上減り、その後のオークキングとの戦いで更に減って残り100ちょっととなっていた。特にタンクの消費が激しく今は仕方なく前衛アタッカー役のオークも併用している有様だ。


俺の装備もすでに全破損してとっくの昔に効果が失われている。ファストも持ち前の俊敏さで攻撃を全部回避したものの常時跳ね回っていたせいですでにスタミナ切れを起こしてしまっている。

モンスターは皆スタミナがあり、これが切れればバッドステータスが付き、それは餌アイテムを消費して解消できる。普段の戦闘なら餌2,3個で半日は問題なくもつのにこの短い間にもう10個も消費している。これはそれだけスキルを絶え間なく使い続けているってことだ。一応ワンスタック(99個)はインベントリにあるから不足することはないのだけが救いか。


だが、苦労した成果は確実に出ている。オークキングのHPは半分近く削れていてもう少しで次のパターンに入る。


「もうすぐHPが半分をきる、一斉に攻撃してから全員一旦下がれ!」


号令の直後、オーク部隊を含めた総攻撃が放たれ断続的な騒音が響く。そしてHPバーが半分以下のなった証で緑から黄色に変わった瞬間、命令通り一斉にオークキングから退く。


一方オークキングはそのほんの僅かの間、静止していた。

俺たちが引き下がったのが合図にでもなったように静止していたオークキングの身体から赤いオーラみたいなエフェクトが溢れ出し……、


「ブォォォォォオ――ッッ!!」


獰猛に吼えた。


オークキングには3つのスキルがある。

ひとつはオーク種共通のパッシブスキル『過命』。HPが倍加する代わりにスタミナ消費が早まる。だがこのオークキングはボス補正でスタミナは減らない仕様だ。ゲームでよくある敵側だけコスト無限のあれだ。オークキングに限らず全てのボスはこの仕様である。


ふたつが体力が半分を下回ると発動する自己バフスキル『狂化』だ。防御力が大幅に落ちる代わりに攻撃力を増大させる。

オークキングが拳を一振りするとタンク役のオークがそれだけで瀕死になる。クリティカルなんぞ出たら確実にオーバーキルだ。ただまぁ……。


「……ほぼボーナスタイムなんだよな。狂化って」


狂化の一番のデメリットは防御力云々ではなくAIレベル低下だ。今までは残りHPの少ない敵を狙う、隙があると後衛に突っ込もうとするなどオークキングにも最低限の戦略性があった。

だが、狂化してからはただ目の前の敵を叩きのめすため暴れるだけ。囮を用意してひたすら遠ざければこっちは遠距離で一方的に攻められる。防御力も落ちてるのでさっきまでが嘘のようにHPが削れていく。


むしろ本命はこのあとのパターン変化からだ。そこでさえミスらなければもう勝ったも同然。だから、号令のタイミングだけはズレるなよ絶対!


タイミングを測るためオークキングのHPバーを射抜かんばかりに睨みつける。


残り3割。

もう少し……あと少し……まだだ。


残り2割。

まだもう少し……――


残り1割とちょっと。

―― 今だっ!


「前衛のオークは全員特攻しろ!!」


喉が割れんばかりの号令を聞き待機してたオークの前衛全てがオークキングに突進する。当然オークキングの前に来て攻撃するとあっという間に反撃され、その度に3匹ぐらい纏めて光の粒となって散っていく。それに伴ってオークキングのHPバーも無くなり、もう2、3撃で瀕死状態の赤色に変わろうとしているとこで最後の特攻が終る。

これで調整はうまく行きそうだと胸を撫で下ろした、その時だった。


捨て身の特攻で硬直したオークの最後の3匹を一気に叩き潰そうとキングが腕を振り下ろして……盛大にスカった(・・・・)。


はぁ!? ちょ、そこで攻撃外すか普通!


「ッ、止――!」 


あんまりな出来事に気を取れられてしまい、俺の制止の声は一瞬遅れた。それが決定的なミスとなった。

偶然生き残ったオークたちは“特攻しろ”との命令に忠実に従い、そのまま回避も防御も考えずキングに追撃をかける。1撃、2撃そして3撃目。HPバーが赤色に変わる。


その瞬間オークキングの雰囲気が一変した。怒りに染まっていた目から感情が消えて夢遊病患者のような虚ろな目に変わる。口はだらしなく開き、涎が垂れていく。


ぼーっとしてる感じになったオークキングに向かってオークたちがまた攻撃をしかけようして……そのまま消え去った。オークキングの口周りをみると薄っすらだが光の粒が漏れているのが見える。


「くっそ、『共食(ともぐい)』のスキルを使わせちまった!」


オークキング3つめのスキル『共食』。

HPが1割以下の場合に自動で発動し文字通り近くにいる同種を喰らい自分を強化するスキルだ。ただし発動直後10秒以内に同種を食えなかったら強制的に飢餓の状態異常になりスリップダメージが発生する。


だが、食えた場合は一匹につき全能力が10%上がるというとんでもない性能をもつ。


「残りのオーク全員、キングから逃げ続けろ! 追いつかれそうなオークが出たら即座に殺せ!」


共食は効果範囲にいると自動で使用者の口に運ばれてしまう。そうなる前にとどめ要員だったオークたちを下がらせ、俺も下がりながら考える。

本来の『デンジャラスファーム』ソロのパーフェクトクリア攻略は飢餓を誘発させるのが前提となっている。これが失敗した時には速やかに放棄して再挑戦するのが最善となる。

だがそれは出来ない、もう3時間もかけている。すでに報酬の土地が残っているか、ぎりぎりのラインだ。再戦なんてしてたら間違いなく無くなる。


「ファスト、なんとしてもこのデカブツを他のオークたちに近づかせるな!」

「きゅう!」


高速で暴れ回るキングを逃げながら遠距離攻撃でやれる程、通常のオークのAIは高レベルではない。だったらもうここで俺とファストでこいつを仕留めるしかない。残りHP1割以下だ、ならふたりでだって十分に……そう自分を奮い立たせオークキングに向き直る、が。


「きゅッ!」

「なっ、ぐはッ!?」


同時にやつの拳が飛来してきて咄嗟に土の壁で防ぐ。だというのに大した抵抗もなく壁は粉砕され俺は宙を舞った。3m先にまで吹き飛び背中から着地、HPをみると今の一撃だけで満タンだったのが3割まで下がっている。


「防御なしじゃ即死ってことじゃねーか。それにとんでもなく早い」


結構離れていたはずなのに俺が止まって振り返った一瞬で追いつかれた。このままじゃ嬲り殺しだ。


「ファストやつの気を引け、その間俺が足を止める」

「きゅう!」


ファストがオークキングの前に躍り出て『跳躍』スキルを交えながら撹乱する。幸いAIレベルは下がったままなのか今は完全にファストにしか目がいっていない

だが、速度にそこまで大差はない。このままじゃ『跳躍』スキルが途切れたら捕まる。

魔法で壁を出しても大して効果なし、攻撃はあのスピードなら迎撃されそうだ。だったらこれだ。


オークキングがファストを捕まえようと突進していた先の地面に先読みして穴をあける。足はずっぽりと嵌り、その場ですっ転ぶ。


「今だ、全員攻撃!」


逃げていたオークたちが振り返り、位置の下がった頭に魔法弾と矢を放つ。狂化の効果は未だ残っているのかさっきよりは多少遅いがHPは見る見るうちに減っていく。これを繰り返せば今度こそやれる。

そう意気込んでいたところさらなる不運が襲う。


起き上がるオークキングの視界にファストが飛び込み、またちょこまかと引っ掻き回す。オークキングもまたファストを追い回す……と、思いきや突然走り去る。

後衛のオークたちがいる方向へと。


「しまっ、『狂化』がきれた!?」


今までは簡単に刺さっていたオークたちの反撃の矢が弾き返されるのを見てそう確信した。


『狂化』には効果時間と再使用時間がちゃんとある。本来はそれが切れる前に仕留めるはずだったから完全に頭から抜けていた。想定が甘かった、準備も、なにより実力が足りてなかった。そんな言い訳を並べてもオークキングはもう追いつけないとこまで行ってしまっている。後衛のオークたちが食い尽くされると今度こそ勝ち目はなくなる。

畜生……ここまで来て失敗か。


などと諦めかけた時、白い一閃が俺の視界を掠めた。


「きゅう!」

「ファスト……」


きっとあれはAIがさっきの俺の命令に従ってるだけだ。冷静に考えればそれ以外の意味はない。

でも何故か俺は“諦めるには早い”ってそう言われた気がしたんだ。だから……。


「ああ、まだだ!」


ファストの背を追い走り出す。とにかく射程圏に入れろ! 考えんのはそれからだ。

着地の安定性を捨ててまで『跳躍』スキルで爆走するファスト。まずその進行ルートをさっくりと魔法で時に平に時に踏み台にして走りやすいよう整備する。


それでオークキングにかなり迫ったがまだ足りない。


「ならこうだ!」

「きゅう!」


ファストの『跳躍』スキルに合わせて地面を飛び出させて飛距離を何倍も伸ばす。それでどうにか空中の、オークキングの背後間近に接近できた。


俺は次の魔法のため残りわずかのMPポーションをウィンドウ連打で高速使用して一瞬でMPを満タンにする。魔法の狙いを絞って……今!


「跳べファスト!」


叫ぶと同時に地面から土の柱が凄まじい勢いで聳え立つ。ファストは当然のようにその柱に向けて体を捻って足を着け、蹴っ飛ばす。それまた凄まじい勢いで一直線にオークキングに向かい後頭部に『蹴撃』スキルを放つ。


スキルの衝撃、全力疾走のため前に偏った重心が合わさりオークキングが前のめりになる、がそれでも倒れない。ほぼ足指だけで立っている、なんつう踏ん張りしてんだ、こいつ。


「いい加減倒れろ!」


その隙きを見逃がさず、どうにか自分の射程まで追いすがって足の裏の地面を隆起させて持ち上げる。重さと踏ん張る抵抗でがっつりと俺のMPを削りとりながらも……今度こそオークキングが倒れ始める。


そこでまたMPポーションを連打し、瞬時にMPを満タンにする。そして魔力を集めるや否や。


「じゃあな、ぶっ潰れろ」


最速最大規模の土の槍を生成し倒れ込む胸の真ん中をオークキングの体重を利用してぶち抜き、オークキングは光の奔流となって散った。


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