第7話 《デンジャラスファーム》-1

土魔法使いになるためのクエストを終えた日の午後、俺はあるクエストを受けるため農業ギルドへ訪れていた。

ギルドへ入って受付に向かうのではなく、お知らせなどがある告示板に向かう。すると、どこから現れたのか目の前にずんぐりむっくりで頭がすっきりしたおっさんが割り込む。


「おぬし、少しワシの話を聞いてくれんか?」

「なんのようでしょうか」

「実は、今少し困っていてな。類稀な才能を持つ君に頼みがあるのだよ」

「そういうことならお聞きしましょう」


『シークレットクエスト《デンジャラスファーム》を受注しました』


このクエスト《デンジャラスファーム》は土魔法使い、魔物使いのジョブを持つ個人またはパーティーがここに近寄ると自動で発現する。

そしてこのなにもないはずの場所から出てきたおっさんは豪農デスタ。ひとりで100個以上の農地を所有、管理してる大農家NPCである。


クエストのあらすじは大まかに言うとこうだ。


ある日、街の近くの農場がオークに襲われたのがことの始まり。そこを起点にオークたちは勢力を拡大していき辺りの食糧を略奪し食い荒らす。そうして行く内にどんどん数が増えていってオークの群れは大軍を形成し辺り農場はデスタのもの以外は全滅した。

それでも彼らの旺盛なその食欲は満たされることはなく。大軍を率いて最後の獲物……デスタの広大な農場をも狙い定め始めたのである。


まぁ、要するにオークの群れとの防衛戦だ。防衛を抜かれ農場の耐久値が0になれば負けで指定のウェーブまで耐えればこちらの勝ち。

ぶっちゃけると《デンジャラスファーム》はクリアするだけならそんな難しくもない。守ってる農場の耐久値が案外高いからだ。


ただ、このクエストの報酬はポイント制だ。叩き出したスコアでポイントを貰えて、それで報酬を交換する仕組みになっている。

ただまぁ、パーフェクトクリアは農場耐久値100%はもちろんのこと。オークの全滅、過半数のテイムというかなり鬼畜難易度だ。因みにテイムした個体はちゃんと討伐扱いになるからそこは安心だ。そして土地はこのパーフェクトクリアじゃなきゃポイントが足りない。


所変わって街の外郭に広がる豪農デスタの大農場。ここに着くとすぐにクエストが始まる。


「さぁ、『誘惑の香炉』の準備が終わりました。陣地をお願いします」

「はい、わかりました」


防衛線の基本的な流れは、まず豪農デスタが『調教』の成功率を大幅に上げるイベント専用アイテムを使う。それが終われば土属性魔法で陣地を築く準備時間となる。豪農デスタに完成したと言うか、制限時間が過ぎるかでオークたちが攻めてくる。


俺はというとさっきからスクショと睨めっ子しながらオークのポップエリアを確認していた。

掲示板とかで調べた限りだと俺以外にも既にクエストを受けてクリアしたものもいる。そのうち何人が土地を貰ったかは知らんが悠長に構えてる暇はなさそうだ。だからここがラストチャンス、そういう心構えでいく。


「ポップエリアを間違えれば一巻の終わりだ。1匹でも漏らして耐久値が減ればその時点でアウトだからな」


考え事をしながらも手は止めずに土の防壁を魔法で作っていく。土魔法使いになったお陰で土属性に関しては触媒はいらなくなった。まぁその代わりに他の属性の効率が多少落ちるが、これはあとで転職クエストで解消出来る。

そしてこのクエスト限定で土属性で作ったものは破壊されない。詳しいことは知らないけど豪農デスタに土地をそういう風にする力があるって設定らしい。


「よし、完成だ!」

「きゅう」


それから10分、制限時間ぎりぎりまでボップエリアを丸ごと包む防壁……いや迷路を微調整していた俺は顔を上げて高らかに叫ぶ。それが合図になったように遠くからブォオー! って雄叫びが響いてくる。ちなみにオークのボイスは合図代わりのこれだけであとはいつも通り無言である。


「いくかファスト。俺がミスった時はお前だけが頼りだ。頼むぞ」

「きゅう!」


今回はファストにもしっかり働いて貰える。なにせそうなるように作ったからな。

ドドドォッと足音が聞こえて高台から迷路を見下ろす。この日のために攻略動画を見ながら模型で何度もシミュレートしてきた。その成果が今目の前にある。

オークたちは狙い違わぬ位置でポップして迷路を彷徨う。密集していた群れが何度も分かれ道で散り、集団ごとに出口への到達間隔をずらし、引き延ばす。識者たちにより行動パターン、群れの規模、身体の大きさまで計算し尽くされた迷路にオークの集団は分散され出口には3、4匹ずつしか到着出来なくなっていた。


それでも群れの総規模5000匹で1000匹ずつ出ての。普通にやってたら絶対にひとりと1匹では勝てない数だ。


そうしてる内に最初のオークが迷路の出口に現れた。こちらを認め猛然と駆けてくるオークたちだったが、出口近くには特に条件付きで発動する魔法で罠が敷き詰められており来る途中ほぼ瀕死になっている。魔力が込められた地面に触れると土の槍が飛び出すとか落とし穴が出来るとかの単純なやつだがこのオーク程度のAIなら効果は抜群だったようだ。


「まずはこいつから。従え!」

『オークが仲間になりたがっています。仲間にしますか』

「イエス! そして全部即許可に設定変更」


そのオークたちに魔物使いのスキル『調教』を発動。これのおかげで餌とかが無くてもモンスターをテイム出来るようになった。レベルが近いものしかテイム出来ないし相変わらず確率判定が入るがHPが低いほどテイム確率が上がり高いほど下がるようにはなった。それでも通常の確率は渋いが今は『誘惑の香炉』と親愛の証のダブルブーストのお陰で瀕死時なら100%なっている。

それから3回ぐらい同じことを繰り返し、このために大量に買って来たポーションでテイムしたオークを治療する。


「お前らはここを死守しろ!ファストは俺と一緒に敵陣へ」

「きゅう!」


テイムしたオーク数匹を出口へけし掛けて俺たちは予め作っておいた階段で迷路の壁の上に登る。このためにかなり広めに作っておいた甲斐もあって走るのにも問題ない。


俺は壁の上を縦横無尽に駆けながら魔法を放ち、潰れた罠を再設置、ダメージを負ったオークをテイムし魔法で壁に上げて攻撃させる。


正直死ぬほど忙しい、だが少しでも休んだら突破されてしまう。

ああ、あそこは集団が合流しそう、阻止。あっちのは出口がもう近い、オークに命令して排除。あ! 出口兵力崩れかけてる!? オークを補充。


対するファストはと言うと俺より先行してこちらを狙う敵を奇襲、新スキル『蹴撃』の蹴りで首をへし折り『跳躍』で舞い戻る。俺は他のことでいっぱいいっぱいで攻撃までは手が回らないのでかなり助かる。

にしてもアクロバティックな機動すんな、うちの子は……あれ、下手すると俺より強いのでは?


「負けてられない。ペース上げていくか」


そんな調子で2ウェーブ、3ウェーブが過ぎて4ウェーブに突入したところで問題が発生した。


「げ、このままじゃMPポーションが足りねぇ!」


これでも必要最低限のもの以外は全部HP、MPポーションに注ぎ込んだんだが。迷路作成、罠の作成と追加、進路妨害までしてるからどれだけあってもあっという間に消える。

せめてもう少し準備する暇があったら……いや、今更泣き言いっても仕方ない。とにかく魔法を控えてMP消費しない『調教』スキル重視で乗り切るしかない。敵を削る役を任せるファストの負担が増えるが今の状況だと頑張ってくれとしか言えない。


「……やってくれるかファスト」

「きゅうー!」


言い終わるや勇ましく鳴き、近くのオークの首を蹴り飛ばす。そこにすかさず『調教』を使いテイム。

『調教』を通さない従魔は普通に命令の拒否権もあるだろうに一瞬の迷いもなく飛び出してくれるのか。何とも頼もしいやつだよ、お前は!


「よーし、もうひと踏ん張りといくか!」




◇ ◆ ◇




リアル時刻にして夕方になる頃。

ファストの頑張りもあって俺は4ウェーブまでで400のオークを味方につけ、地の利を活かしなら5ウェーブまでどうにかノーミス状態を貫いた。実を言うとパーフェクトクリア条件の2500匹ちょいは居たが俺の指揮が未熟なせいで400匹しか残らなかった。ダンジョン運営でモンスター率いる以上これは今後の課題となるだろう。

でも残ったオークの数も疎らでこのままいくとオークの群れを殲滅するのは問題ない。問題は残りの最終ウェーブだ。


「こっちは回復アイテムほぼ尽き掛けてるんだが。いけるか、これ?」


現状を確認し自問していたその時、5ウェーブの制限時間が過ぎて最終ウェーブに突入する。突如敵のオーク全てが立ち止まり後方を振り返る。俺もその視線を追いそいつを見据えたまま険しい顔になる。


「……でっけーな、おい」

「……きゅう」


ちょろ……鉱石ライオン程じゃないけど体長は俺の背丈の倍以上はあるかな? 目算で大体背丈3.5~4Mってところだと思われる。

お腹周りがだらしない他のオークと違い引き締まった肉体、牙が迫り出してる顔、こちらを睨みつける凶暴な眼光。同じ豚鼻じゃなかったら絶対にオークとは別種としか思えなかったことだろう。


豚人王(オークキング)。

最終ウェーブにたった一体で出現する、このクエスト《デンジャラスファーム》のボスモンスターだ。オークキングにはスキルとは別に3つ特殊能力がある。そのひとつが――


「迷路が崩れる、後退だ!」


―― ここの破壊不能の適用外であること。2つ目が『誘惑の香炉』が効かないことだ。


そして最後の3つ目はオークのAIを強化することだ。


まだテイムしていなかったオークたちがオークキングのもとに集い隊列を組み始める。今までただ我武者羅に農場へと爆走して、攻撃したら反応するだけだったアルゴリズムが連携して敵を討つ軍隊じみたものに変わっていく。


「こちらも隊列を組め! どうにかキングと他を分断しろ!」


俺がそれをぼうっと見てるはずもなく、すぐにテイムしたオークを回して対応させる。相手の総兵力は200程度、対するこちらは倍の400だ。テイム重視で切り替えて慣らしたのが功を奏した形で敵のオークの隊列をキングと引き剥がすのは意外とすんなりいけた。


その間にオークキングと相対するのは俺とファストそれにタンク役のオーク5体とヒーラー役のオークが3体だ。俺が細かく指揮出来るのはここら辺が限界人数だ


「タンク2体は足、2体は腕の攻撃をガードしろ、ヒーラーはHP3割で回復飛ばせ! ファストは隙きを見て遊撃だ」


オークキングの攻撃は4体で完封し、崩れそうなら俺が土の壁などで補助、その間に待機してる1体と交代させる。ヒーラーも交互に回復魔法を使い自然回復で出来るだけMPを確保する。ファストも隙きあらばオークキングの頭に飛び掛かりこめかみ、人中、顎下などとにかく痛そうな場所を蹴りまくる。


それでもオークキングは一切怯まなかった。丸太のような腕をふるい何体ものオークが吹き飛び、運が悪ければクリティカルで死亡した。その度に分断を命じた部隊、農場付近で防備してた部隊から補給するがそれもすぐに死ぬことがしばしばある。

MPもいくら節約しても自然回復だけでは限界がある。1000近くあったMPポーションももう十数個しかない。でもこれはオークキングの最終パターンまで温存しないと勝てない。


唯一助かる点は最終段階だからなのか、実質レイド戦の難易度だからなのか最終ウェーブは制限時間も特にないことだ。


こうなってくるとこっちのオーク部隊が先に尽きるか、キングのHPが先に尽きるかの勝負となる。


「もうこうなりゃ意地だ、こいつぶっ倒して絶対に初回クリアしてやる!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る