第6話 『地底の魔宮』-3
次の日。
目覚めた俺は朝の用事を素早く済ませて、すぐにログインした。ログインした場所は昨日へとへとの状態で辿り着いた、ボス部屋前のセーフティエリアだ。ログアウトは街中か特定のセーフティエリアでしないと最後に寄った街に飛ばされる仕様になっている。フィールドやダンジョンでログインするには特定のアイテムかジョブスキルが要る。
「とう言う訳で、戻って来たぜ『地底の魔宮』」
「きゅう」
昨日は乱数の闇に飲まれてすごすご引き下がったが、今日こそはこのダンジョンを攻略する。ってかサービス開始3日目だ。安定したパーティーだったりβ版ユーザーはすでにあのクエストの条件を満たしてる頃だ。そろそろあのクエストに向かわなければ土地がなくなってしまう。
「と、その前にファストの進化だな」
「きゅう!」
実は昨日のダンゴムシ野郎共の一件でファストのレベルが10になっていたのだ。モンスターはレベルが10の倍数ごとに進化が出来る。で、肝心のファストの進化候補は……
・大兎 条件:兎種
・跳兎 条件:兎種、『跳躍』
・土兎 条件:兎種、土魔石
この3つである。最後の土魔石ってのは『地底の魔宮』の全モンスターからドロップするアイテムだ。これだけでなく魔石系は魔法の触媒によし、生産素材によしと様々な場面で使う万能アイテムだ。
大兎は巨大化、跳兎が脚力強化、土兎は……サンプル画像を見るに、土の防具を身に着けた兎で防御力が強化されるようだ。
「うん、ここはこれ1択しかないな。ポチッとな」
で、俺は速攻で跳兎のボタンをタップした。だって大兎はデカすぎて邪魔だし、土兎はモフモフ軽減されるじゃん。それとどの道ファストを盾にするつもりはないんだ。最初にテイムしたこの子が死ぬのは……なんか、いやだし。
「これで進化したはずだけど……あんま変わってないな」
「きゅう?」
いや一瞬ぱっと光った時は「おお……」ってなったんだよ。でもはっきり言って演出地味だし、足少し太くなった? ぐらいしか変化がわからない。
ここの運営メインテーマだからってジョブと関係ないところでは手抜きなんだよなぁ。一応会話は成り立つけどNPCは決まった動きしかやらない、食べ物はジョブスキル通さないと、味も食感もない見た目だけとか……。何はともあれ。
「そろそろ、ここのボスとのご対面と行きますか」
ボス部屋のやたら立派な扉を潜り中へ足を踏み入れる。部屋の真ん中、そいつは王者然とした佇まいでこちらを睥睨していた。堅牢な岩を削り落として鋭く形成された茶色い岩の鬣、メタルカラーが眩しい銀色の体毛。金色の瞳には猛獣の獰猛さがギラついていた。その姿を言葉で表現するとならば“鉱石で出来た獅子”だろうか。
「何者だ、我輩の城を荒らす狼藉者は」
その鋼の猛獣は大きな牙を覗かせながら低く重たい感じの声で誰何してきた。これも手抜きなのか贔屓なのかモンスターは一部の特殊個体か従魔しか声がないんだよね。だから普通の野良モンスターとかも鳴き声ひとつないのだ。
「怪しいものではありません、地底の王よ」
さて、これがこのクエストの最後の関門だ。
そして2つ目は、ロールプレイによる交渉だ。
「実は今日は彼の威名高き地底の王にひと目お会いしたく。こうして出向いた次第です」
「ほう、遠路はるばる感心なことだ。で、用件それだけか?」
「いえ、出来ればあなたの地底の王としての力をお見せ頂けないかなーと」
「……何故我輩がそんなことをせねばならぬ。我輩を見世物にしようとは不敬であるぞ人間」
牙をむき出しこちらを威嚇してくる。体高だけでも俺の背丈ほどある獅子の唸り声に内心悲鳴を上げたかったがぐっと堪える。それで決定的に機嫌を損ねると台無しだ、早く次の話に移らないと。
「決してそうのような意図ではありません! お……私はこれでも魔の学徒です。出来れば威厳凛然と噂のあなたの力を参考にしたく」
「そ、そうか? いやー我輩の偉大さ人間たちの間でも広まっておるのだな」
「それはもちろん!」
声を張り強気で押し切る。ここからはもう満更でもない風のこいつをとにかく褒めまくる。おべっかにおべっかを重ねること10分。やつはというと……。
「はははー!お前はなかなか話の分かる人間であるな。よーし、今日は我輩、気分がよいし一発どでかいのを見せてやろう!」
あっさり落ちた。ちょっっろ。
この鉱石ライオン、実際に戦えばβ版のトップたちが苦戦するほどに強いのに……如何せんこの性格だ。何かとマスコット扱いされることのほうが多い。いやー、テイマーと料理人プレイヤーが束になってこのでっかいライオンのお世話してる絵面はなかなかシュールだったな。ゴロンと寝転がって緩みきったどや顔をするライオンとか他ではそうそうみないと思う。
「ふーむ……だが、毛並みがイマイチ決まったとらんな。これでは見栄えがせん。人間、お前に特別に我輩の毛繕いを手伝う権利をくれてやろう」
お、来たかブラッシングイベント。ここまでこれたらやらなくてもスキルは見せてくれるが、ブラッシングの満足度によって報酬が変わるんだよな。あまりに下手だと即戦闘になるから割とリスキーだったりもする。
ま、俺はやるがな。
このために動画で予習して隙きあらばファストで練習してきたのだ。土魔石を触媒に土属性魔法を行使して石で出来たブラシを作る。こいつの、比喩抜きで鉄糸の毛皮には普通のブラシは入らないからな。
これならばっちりなのは調査済みだ。ほーれほれ、知ってるんだぞ。お前は背中の筋と尻尾の付け根当たりが弱点であることを! ふはは!
「お、おおう!やるではないか人間。あ、そこそこ……もっと強くな」
「ははー、仰せのままに」
うーむ、それにしても見事な毛並みだな。毛自体は鋼鉄で出来ているから割と硬いが糸のようにしなやかに流れる。確かフレーバー的には毛に常に土属性が流れているから柔軟になってるんだっけか?
鉱石ライオンのブラッシングが終わる頃にはもうお昼近くになっていた。ほんとデカすぎなんだよなこいつ。これで愛嬌があるってんだから憎めないのだが。
「わっはっは!中々の腕前であった人間。では下がっておれ。約束のものをみせてやろう」
「はい、待ってました!」
「きゅう?」
終始きょとんしてたファストを連れて鉱石ライオンの後方に下がる。それを確認するや否や鉱石ライオンは正面の広場を見据え魔力を高める。土属性の魔力が陽炎のように揺らめくまで集めて集めて……
「ガァァアァアアァ――ッ!」
……咆吼と共に放った。
ボス部屋全体が激しく揺れる。床が罅割れていく。
やがて鉱石ライオンの正面にある床すべてが崩壊し渦を巻いて中心に集う。
そこからはガリリリリっという騒音が響き、近寄る一切合切を粉砕する。
後に残ったのは凄まじい力で圧縮された巨大な岩塊とすり潰されて出来た砂のクレーターだけだった。
「すっごい……」
「きゅう……」
動画では見たことあったんだが、やはり間近でみると迫力が半端ない。
まず発動したら空でも飛ばない限り必中だ。防ぐには“溜め行動”の間にキャンセルさせる必要がある。しかも1度かかった人数に比例して威力があがるおまけ付きだ。最大パーティー人数である6人だとガッチガチのタンクビルドでも即死する恐れがある。
まぁ、何はともあれ。これでクエストはクリアだ。後は……。
「どうだ、人間。我輩の絶技は!」
「はい、見事でありました。見ているだけで震えてくるようでしたよ」
「そうだろうそうだろう、はっはっはー!今日はまことに楽しかったぞ人間よ。これは尽くしてくれた褒美だ、受け取るがいい」
「ははぁー、では有り難く」
よし、これで正真正銘クエストクリア。報酬は地底王獣の鉄毛と地底王獣の鬣片か。どっちも優秀な素材だ。特に鉄毛など土属性の魔石を混ぜると軽くて硬い良い布防具の素材になる。非力な魔法使いの俺にはぴったりだ。
これでこのダンジョンは攻略扱いになる。と、思っていると鉱石ライオンが消えて後ろに光の柱が現れる。ダンジョンクリア時に出てくる帰還用のポータルだ。
「んじゃ帰るか」
「きゅう!」
次は魔王ビルド最難関、シークレットクエスト《デンジャラスファーム》だ。
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