第97話 食欲旺盛

 タローとアリスの戦いは、魔剣の壮絶なる撃ち合いとなっていた。

 タローの怠惰の魔剣ベルフェゴール。アリスの暴食の魔剣ベルゼブブ

 一進一退の攻防が続く中で、優勢なのはアリスだ。

 暴食の魔剣ベルゼブブの能力――暴飲暴食ベルゼビュートにより、怠惰の魔剣ベルフェゴールは一撃振るわれる度に魔力を奪われていた。

 尋常じゃないエネルギーを有したタローといえど、長期戦になれば圧倒的不利となることは目に見えている。

 このまま魔剣同士の斬りあいが続けば、魔力切れによりアリスが勝利することは明確であった。


 だが、そんなピンチを迎えているにもかかわらず、当の本人は思いがけない行動に出ていた。

 そのことに気付いたのは、何度目かの撃ち合いになったときである。


(……さっきより、魔力があがってる?)


 先ほどまでは暴食の魔剣ベルゼブブの能力回避のために、最低限の魔力しか付与していなかったはずだ。

 しかし、この撃ち合いになってからはタローは魔力を最大限とまではいかないまでも、それなりに多くの魔力を纏わせて戦っている。

 何か対策でも講じているのかとも思ったが、今のところ暴食の魔剣ベルゼブブに支障はない。

 アリスはタローが何を目的としているのかがさっぱり理解わからなかった。


「……あなた、なにをかんがえているの?」

「なにが?」


 ストレートに疑問をぶつけたが、どうやら意図を理解していない様子。


「……魔力を食べられているのはわかっているでしょう?」

「……あー、そういうことね」


 ようやく理解したのか一度頭を掻くと、挑発的に怠惰の魔剣ベルフェゴールをアリスに突き付けた。


「言っただろ――お前のちっぽけな食欲より、すげぇ怠け者がいるってな」

「………………まさか」


 その言葉に、アリスは一連の謎行動に合点がいった。

 タローは暴食の魔剣ベルゼブブに魔力を喰われていたのではない。

 魔力をのだ。

 だが、それはアリスすら考えたことのないこと。

 確かに『腹が減る』のなら、『腹を満たす』ことも可能ではあるが……。


「……そんなことできるわけがない」


 無謀な策略に、思わず怒りと共に言葉を吐き捨てた。

 だって……この男は、満たそうというのだぞ?

 暴食の魔剣ベルゼブブを……そして、アリスの胃袋を――


「どーかな? やってみなきゃわからんぞ?」


 しかし、タローは臆していない。

 まるで失敗することを恐れていない。

 いや、"成功するとしか思っていない"――といったほうが正しいか。


 そんな、どこから湧いてきたのかもわからない……根拠のない自信が、


 気に食わなかった。


「……アリスをお腹いっぱいになんて――できるわけない!」


 怒号と共にアリスは走り出した。

 大地が凹むほど強く踏み込みジャンプすると、落下しながらその凶暴な刃を振りかざす。


「できないって言われると――絶対に成し遂げたいって思っちゃうなぁ!」


 逆境に立たされたタローだが、その顔には笑みを浮かべていた。

 怠惰の魔剣ベルフェゴールに魔力を更に追加で付与すると、下から上へと振り上げる。


「……むだ! ぜんぶ食べつくす!」


 タローが気持ち多めに纏わせた魔力。

 だが、アリスの一口はさらに大きくなっていた。

 暴食の魔剣ベルゼブブは一段と胎動を強くすると、一瞬でその魔力を奇麗さっぱり消してしまった。


「ちっ! もうちょっと多めがいいか!」

「……たしかに、ばかげた魔力……でも、それだけじゃかてない!」


 もう一度魔力を付与しようとした直後、アリスは不意にタローの腕に掴みかかる。


「――食べつくす……食欲旺盛イーター


 静かに零した言葉だった。

 そして、その言葉に呼応するかのように、タローに違和感が襲う。


「なんだ!?」


 違和感に気持ち悪さを感じると、アリスの手を強引に振りほどく。

 すると離れ際、少女は囁いた。


「……食べたよ。あなたの"はやさ"」

「あ?」


『はやさ』……あぁ『速さ』かと頭を整理するが、てんで意味が分からなかった。

 けれどアリスは、顔を凶悪な笑みに染めて言う。


「……もうあなたは――アリスに追いつけない」


 アリスは足に魔力を付与すると、上昇させた速度でもう一度タローに近づいた。


「お前なにいって――」


 タローの動体視力ならば、アリスの速さは目で追える。

 なんなら先ほどまでと速度も変わっていないようにも見えた。

 余裕で躱そうと、足に力を入れようとする――が、思ったように力が入らない。


「なんだ、これ?」


 戸惑うタローに、またもアリスの魔の手が迫る。


「……こんどは、"ぼうぎょりょく"かな」


 タローの肩に手を置くと、またさっきの違和感が襲ってきた。

 足に力が入らなかったこと、加えて今のアリスの『今度は防御力』という言葉で、タローは正体に気付いた。


「――っ! お前まさか!」


 もう一度振り払ったが、もう後の祭りだ。

 今度は脱力感も増え、思わず膝をつく。

 そのとき、アリスは再度タローへと斬りかかる。


「……こんどこそ、狩る!」


 アリスのスキル:食欲旺盛イーター

 その能力は、"直接触れた相手のステータスを食らう"こと――


(やば――)


 速度と防御力を喰われたタロー。

 その一撃を避けきれず、暴食の魔剣ベルゼブブの凶悪な刃が、容赦なく噛みついた。




 タロー

 現在のステータス:

 攻撃力:測定不能

 防御力:9999 → 5999(-4000)

 速度:800 → 200(-600)

 魔力:0

 知力:100

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