第96話 レオンの選択

 アルバートは、その瞬間をはっきりと目にしていた。

 完璧なまでのレオンの奇襲。

 あと一歩でも足を進めれば刃を届かせることが出来るという瀬戸際、ムサシは漸く迫りくる危機に気付いた。


(遅い! この間合いなら防御も回避もできない!)


 ムサシの危機察知能力は優秀だった。

 これまでの戦闘でも、その力を遺憾なく発揮し、何度も危機を脱してきた。

 だが、さすがのムサシもここまで。

 ムサシの速さをもってしても、この距離では防御も回避も不可能な位置にいる。


(レオンちゃんの……勝ちだ!)


 最強の剣豪に、最高の天才が勝つ。

 アルバートはそう確信した。


 ――だが直後、信じられない光景が目に飛び込んでくる。


 至近距離に迫った傲慢の魔剣ルシファーを視認したムサシ。

 その攻撃を避けられないと理解したのか、一瞬焦ったような表情をする。

 しかし、ムサシの顔はすぐに笑みを取り戻すと、突如として身体を覆っていた『黒い』魔力が『金色』へと光輝いたのだ。

 刹那のことではあったが、強い光に思わず目を閉じるアルバート。

 一瞬の静寂と共に光が止み、目を開ける。

 そして目に映るのは、大量の血を流し、隻腕となったレオンの姿。


「――レオンちゃんッッ!」


 思わぬ結果に、アルバートはすぐさまレオンのもとへ駆け寄った。




 ***




「――っう……」


 斬り落とされた左腕を抑えながら、膝をついた。

 本当なら痛みに藻掻き苦しみ叫び散らしたいところだが、そんな無様な真似をこの男がするはずもない。

 そんな紳士を心配したのか、普段はやかましい妖精が心配してこちらへと飛んでくるのが見えた。


「レオンちゃんッッ!」


 妖精は駆け寄ると、簡易的な回復魔法を発動し、レオンの出血を抑える。

 その間、ムサシとレオンは会話を始めていた。


「……フゥ……結果がわかっていながら、腕を落とされるのはキツいなぁ……」

「なんだ……やっぱり知ってたのか」

「『未来を視る』というのは……やはり面白くないですね」

「……いいんですか? を言っても?」

にまで、隠し事はしません」

「――っ……驚いたなぁ。僕のことを友達だと思ってたなんて」

「いけませんか?」

「……いや、光栄です」


 慣れていないのか、頬をポリポリと掻く。

 そんな姿を見て、レオンはフッと笑みをこぼした。


「さて、そろそろ私もお暇しましょうか」

「……まだ続けてもいいんですよ?

 知ってるでしょ? 僕の"最大解放"は、一瞬でも発動すれば副作用で弱体化すること」

「それを言ったら、君だって本当なら腕ではなく、首を斬っていたはずだ」


 レオンの言葉にハッとするムサシ。

 だがすぐに気を取り直して話を続ける。


「でも、それは――」

「ええ。ルール上、殺人は禁止ですからね。

 君は私が躱せると思った時にしか、そういう攻撃はしていませんでしたから」

「うっ……気付いていたんだ……」

「言ったでしょ……私の実力では、精々二本目を抜刀させる程度だと」

(そう……私では、ムサシくんの"壁"になることは不可能なんだ――)


 再び笑みを浮かべると、最後にレオンは言い残した。


「ムサシくん……次の戦いは、今回のように手を抜かないほうがいいですよ?」

「……うん、わかってる。ちゃんと技も使うよ」

「よろしい」

「じゃあね……レオンさん」

「では、また――」


 強制転移が発動すると、レオンは静かに姿を消した。

 この場にムサシとアルバートだけが残る。


「君はどうするんだい?」

「……ぼく1人じゃ勝てないし、一緒に帰るよ」

「そうか」

「それに、レオンちゃんは目的を果たした――君を消耗させる――っていうね」

「……ああ、そのようだね」


 レオンは『より良い未来』を思い描いていた。

 アルバートはレオンが無駄な行動はしないことを知っている。


 きっとこの行動が、何かしらの未来に影響するのだろう。


 それは、アルバートにも計り知れぬことだ。

 だから信じるしかない。

 レオン・フェルマーが選択した、この行動を――


「ムサシっち」

「ん?」

「あの子、そうとう強いから。気を付けてね」


 そう言うと、アルバートは転移魔法を自分から発動。

 サレンダーにより、自身の主のもとへと転移していった。



「ああ……せいぜい楽しませてもらうよ」



 一人残ったムサシの声が、静かに響いた。


 すぐに動きたいところだが、一瞬のみ発動した最大解放が影響。

 副作用により弱体化したムサシは、仕方なく力が戻るまで休むことにしたのだった。





 冒険者レオン・フェルマー 脱落

 魔王アルバート=ルビー 脱落

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