第57話 最後に泣いた日

 現在いまから412年前、ボクはダークエルフとして生を受けた。

 ジードと名付けられたボクに待っていたのは、両親の愛などではなく、失望であった。


 ダークエルフは人間の中ではモンスターに分類されている。

 その理由は、圧倒的なダークエルフ至上主義によるものだ。

 ダークエルフは自らの種族を神というほど誇りを持っていた。

 エルフは潔癖な部分はあれど、人間やその他部族とも友好的であり、滅多なことでは敵対しない。

 しかし、ダークエルフは他種族を忌み嫌い、戦争を仕掛けることもしばしばあった。

 そんな背景ゆえか、ダークエルフは3歳になると強制的にステータスを計測され、将来有望かどうかを判断する習慣が取り入れられていた。


 その結果、ボクのステータスで判明したのは悲惨なものだった。


 攻撃力:11

 防御力:10

 速度 :5

 魔力 :13

 知力 :200


 魔力値が同年代と比べても10分の1以下。

 しかも、上がっても人間と同程度かそれ以下だろうと判断された。

 それを聞いた母は言った。


『失敗作だわ』


 まるでゴミを見るかのような目でボクを見ていた。



 それからはボクにとって地獄だった。

 同じ年の子が魔法の練習をする中、ボクは独り何もできない。

 少しだけの魔力を集め、何とか魔法を使えないかと努力した。


 努力したらきっと父も母も喜んでくれるはず。

 きっと頑張ればできるはず。

 そうしたら見る目も変わるはずだ。


 そう思いながら努力した。

 けれど、周りのダークエルフはボクを嘲笑した。

 曰く、無能が努力しても無駄だ――と。

 そして、一人が手に炎の魔法を発動させた。


『お前にできるのは的だけだよww』


 一人がボクにぶつけると、他の子も面白がって同じことをした。

 その日、大量の炎魔法を浴びせられ、ボクは体中にやけどを負った。

 子供と言えど彼らはダークエルフだ。

 魔法に関して秀でたエルフと、そこだけは一緒なのだ。


 ボロボロのボクは必至で逃げ家へと帰る。

 ボクは両親に受けたことを話した。

 全てを聞いた父は言った。


『そのまま死んでくれりゃあ良かったのに』


 父はそう言うと、乱暴に回復薬をかけた。

 瓶の中身を全てかけ終わると、その瓶をボクにぶつけた。


 そのとき、ボクは何も思えなかった。



 ***




 気が付いた時には、ボクはダークエルフの里から離れた場所にいた。

 このとき11歳。どうやら無意識に家出をしたようだ。

 こうして子供のボクは、独りで森に暮らすことなった。



 だが、それがボクの転機となる。



 とにかく生きるのに必死だった。

 虫だろうと何だろうと腹に詰め込み、必死で生きた。

 その時に気が付いた。


 魔力を少量でも溜めて攻撃すれば威力が上がる。


 ボクは少ない魔力を自由に扱えるように修行を始めた。

 そのとき判明したことだが、ボクは魔力が少ないが、魔力操作は得意だったらしい。

 けれどそれだけではだめだ。

 まずは肉体の強化。それが不可欠だ。

 魔力を上手く扱えるがあろうと、それを受け止めるだけの器が無ければ話にならない。

 ボクはその日からモンスターを狩猟することにした。

 時には格上のモンスターと戦い、死にかけることもあった。

 それでも運よく生き残り、また修行した。


 もちろん冒険者とも戦った。

 ダメージを負ったが何とか倒し、冒険者が使っていた剣を勲章代わりに持っていった。

 だが、その剣を振るうと思ったよりしっくりきた。

 どうやらボクは拳より剣のほうが得意だったようで、冒険者から剝ぎとった武器をそのまま使うことにした。


 あとはいつもと同じ。


 修行し、戦い、修行して、戦い、……――。





 ボクが修行を開始してから200年後――ボクは魔王になった。


 名を、リッカ=ジード=エメラルドと名乗り、嫉妬の魔剣レヴィアタンを持った。

 魔剣には魔力がある。

 それを利用することでボクの剣技もさらに威力を増した。


 ときどきモンスターが魔王の座を狙い勝負を挑んできたが、ボクの剣技の前ではどんなモンスターも散りに等しかった。


 けれど一つだけ不思議だったことがある。

 なぜボクは、嫉妬の魔剣レヴィアタン使のだろうか?

 この魔剣は"嫉妬"の感情を喰らう魔剣。


(ボクは……何に嫉妬しているのだろうか――)


 その疑問が頭をよぎりつつも、ボクは魔王として君臨し続けた。



 ***



 魔王になってから40年後経った頃、ボクの前にモンスターの群れがやってくる。

 だが、そのモンスターは魔王の座を狙っているわけではない。


 なぜならそのモンスターは――ダークエルフだからだ。


 ダークエルフの長が話す内容は、要約すると『人間と戦争をするから手伝ってほしい』というもの。

 ボクには頗るどうでもいいことだが、もっと失望したことがあった。


 あのとき自分を卑下した者が、今は自分に跪き、胡麻を擂っていた。

 それが酷く汚く見えた。


 あのときボクを嘲笑わらった少年は、ボクの顔を見るなり目をそらした。

 あのときボクを魔法の的にした少年は、地に足を付け頭を下げていた。


 あのときボクを『失敗作』と言った母は、我が物顔でボクを見た。

 まるで、育てたのは私だ、恩を返せ。と言わんばかりの顔だった。


 あのときボクを『死ねばよかったのに』と言った父は、協力することが当然だという目を向けた。

 まるで、ボクにした仕打ちを覚えていないようだった。


 全てが汚く見えた。

 断ってさっさと帰ってもらおうとしたとき、ボクの目に留まったのは一人の青年。


 似ていたのだ。


 父に、母に、


 なにより――自分に。


『そいつは誰だ?』


 ボクが思わず訊くと、母が答えた。


『あなたの弟よ!』


 母は自慢げにそう言った。

 その後は父も混ざり弟の自慢話。

 よっぽど出来が良かったらしく終始誇らしげであった。


 そんな出来のいい弟は――身なりがきちんと施され、痣などの虐待の様子はなかった。



(そうか……弟は愛されているんだ――)



 そう思った時、ボクの頭で何かが弾けた。



 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・




 気が付いた時には、ボクの前には死体の山ができていた。

 真っ赤な水たまりが辺り一面に広がっていた。

 気にせず足を赤く染めながら歩いていき、ボクは弟の死体で止まった。


 弟の死体から作られた血だまりに、自分の顔が映る。

 その顔は酷く歪み、今にも泣きそうで辛そうだった。


(あぁ……そうだったのか……)


 ボクは理解した。


 どうやらボクが嫉妬していたのは――




『愛されている者たち――だったのか……』





 愛を知らなかった。

 だから理解するのに時間がかかった。


 愛されている者を見て、辛そうな顔をする自分。


 愛を認識して、初めて自覚する"嫉妬"。


 それはとても、

 とても、

 とても、

 気持ちの悪いものだった。


『ハハ……ハッハッハ……』


 涙が止まらなかった。

 乾いた笑いが木霊した。


 最後だ――


『ハッハッハ……!』


 泣くのはこれで最後だ――



『アッハッハッハ!!』



 こんな気持ちの悪い嫉妬で泣くのは最後だ――



 そうだ、次は幸せな嫉妬をしよう


 愛される者への嫉妬ではない



 愛してるからこそできる、嫉妬を――



『ハハハハハハっ……アッハッハッハハハハハハ!!』





 この日がジードにとって最後に泣いた日であった。

 それから100年後にラン・イーシンと出会うまで、彼は愛に飢えつつも、独りで修行を続けた。

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