第52話 Sランクたち

 ガス抜きと称したSランク冒険者同士の戦い。

 ギルドがルールを制定する間に、Sランク宛にこの祭り戦いの参加券が届けられた。



 ***



 ――ラン・イーシンの場合――


 タイタンの中心街でデートをしていた最中に、知らせが書かれた手紙が届く。


「面白そーッスね! これは参加するしかないッスよ!」


 ランは楽しそうだと乗り気でいた。


「Sランク同士の戦いに、魔王も戦闘を行っていいとは……随分と太っ腹だね」


 手紙の内容は大まかなルールと、行われる目的。

 目を通したジードは表にこそ出さないが、内側ではすでに闘志が燃えていた。


「もちろん参加するッスよね、ジー君!」


 ジードはそれに頷くと、すぐにデートを切り上げた。


「もちろんだよ。さ、始まるまで修行だ!」


 二人はタイタンを離れ、訓練へと向かった。



 ***



 ――シャルル・フローラルの場合――


「――い~や~よ~~! 絶対わたし負けちゃうじゃん!」


「そう言わずに! こんな催し滅多にないわよ~♡」


 手紙を読んだシャルルは真っ先に参加を拒否した。

 しかし、相棒の魔王はそれとは対照的に参加を希望している。


「エリスは強いからいいかもしれないけど……わたしは戦闘向きじゃないってわかってるよね~?」


 シャルルのステータスは、正直言ってCランクとBランクの間程度だ。

 それでも彼女がSランクになれたのは、回復スキルの高さゆえであった。


「だいじょ~ぶ! そこら辺もちゃ~んと考えてるってば!」


 自信満々と言わんばかりに大きな胸をのけ反るエリス。

 シャルルは疑いながらも、最終的にはエリスを信じた。


「わかったよ……でもちゃんと守ってくれる?」


「ええ。あなたは必ず守ってあげるわ♡」


 上目遣いでエリスを見るシャルルに、エリスはウインクをしながら答えた。


(うふふっ……これでまたマリアと――)


 内に秘めた思惑を隠し、エリスはその時を楽しみに待つのであった。



 ***



 ――アキラ・アマミヤの場合――



 病室に知らせの手紙を持ってきたのはドラムスであった。

 手紙の内容を確認したアキラは、顔をあげずにドラムスに尋ねる。


「……いいのか? 俺が参加しても」


 現在アキラは一か月の謹慎処分中である。

 その間の戦闘行為は禁止されているが、ドラムスはアキラの問いに頷いた。


「本来なら不参加だが、今回はSランクや魔王たちがタローに襲い掛かったり、他の魔王が力試しで争いが起きないようにするガス抜きだ。

 特例だが、ここでの戦闘だけは許可する」


「……そうか」


 ドラムスは参加を許可したが、正直参加はしないと予想していた。

 アキラは自信家な部分がある。

 タローに手も足も出なかったのは、アキラの心を折るには十分だろう。

 そう考えていたのだが、アキラは参加を希望した。


「次は負けねぇっ! 必ず俺が勝つッ!」


 瞳に決意の炎を燃やすアキラ。

 どうやらドラムスの心配は杞憂だったようだ。

 と、ベッドを仕切るように閉められていたカーテンが唐突に開けられる。

 横にいるのはタマコのストーカー、もとい魔王クロスだ。


「ヒッヒッヒ……そうだアキラ! この祭りに参加すればお前は屈辱を晴らし、吾輩はマリアを手に入れることができる! 一石二鳥なのだ!」


 何故かマリアという言葉を言う時だけ目が血走っていた。

 気持ち悪いと思うのは仕方ない。


「ヒッヒッヒ……ドラちゃんよ、殺されたいのか?」


「い、いえ! 滅相もございません!」


 首筋に強欲の魔剣マモンを当てられ、すぐさま謝罪するドラムス。

「まぁよい」とクロスも魔剣を収める。

 そんなやり取りに目もくれず、アキラはただ闘志を燃やすだけだった。


「待っていやがれ……タローッ!」



 ***



 ――アリス・ワンダーランドの場合――



 タローという男が連れているというクマが気になっていたアリス。

 会いに行こうと家を出発するかというときに、その手紙が届いた。


「……おまつり?」


「そう書いてるわねえ」


 手紙を使い魔の魔王アンブレラに音読してもらい、アリスは内容を把握した。

 もともとタローに会いに行こうと思っていたのだから、丁度いいとアリスは参加を希望した。


「だけどアリスちゃん? 殺すのは禁止みたいだけど……」


 アンブレラが危惧するように、この戦いはガス抜きを目的として行われるため、相手を殺すのは禁止されている。

 つまり、はできないわけだ。

 だが、アリスはお構いなしであった。


「……だいじょうぶ」


「でも――」


「……からだの、死ぬことはないから」


 無表情に淡々と話すのが、また不気味さを醸し出す。

 それを聞いたアンブレラは、


「確かに! まあさすがアリスちゃん! 天才ねえ!」


 これでもかと頭を撫でて褒めた。


「……えっへん」


 アリスは頬を赤くし照れつつも胸を張った。


「じゃあ、すぐに出発の準備をしなきゃねえ」


 軽い足取りでアンブレラは道中の弁当を作り出す。

 アリスは古いロッキングチェアに座ると、静かに涎を垂らした。


「……おなか、へらしておかないとなぁ……」


 赤い唇が、嫌に吊り上がった。



 ***




 ――レオン・フェルマーの場合――



 タイタンの中心部を離れたところに小さなカフェがある。

 そこのテラス席で新聞を読むのが、レオンの小さな楽しみであった。

 デュオニュソス国から帰国し、何週間ぶりかのカフェを楽しむレオンの前に、一人の青年が座っていた。


「……で、何か用ですか――ムサシくん?」


 紅茶を飲むレオンが、自身の前に座るムサシ・ミヤモトに話しかけた。

 ムサシはコーヒーを飲むと「美味いね」と感想を述べる。

 カップを置くと、ムサシはレオンの質問に答えた。


「用が無かったら友人に会いに来ちゃダメなのかい?」


「そういうわけではありません……しかし君が来るときは、いつも何か企んでいるでしょう?」


「ハハッ、それはそうだったね」


「……それで?」


「あぁ……レオンさん。この戦い、絶対に参加してくださいね?」


 笑顔で言ったのは、参加をしろということだけだった。

 たったそれだけのことだったが、ムサシは敢えて言った。


「…………」


 静かに目を閉じて紅茶を飲むレオン。

 口をカップから離すと、レオンはまっすぐムサシを見た。


「要するに――『不参加は認めない』と?」


 レオンはムサシの思いを正確に読み取った。

 ムサシも「正解~」と拍手をする。

 それを見てレオンは、やれやれと嘆息する。


「一応理由を聞いても?」


「レオンさんも参加したほうが面白いからだよ」ニコニコしながら簡潔に答えた。


 レオンも予想していたのか「でしょうね」と言った。

 紅茶を飲み終えたレオンは代金をオーナーに渡しカフェを出る。

 ムサシもコーヒーを一気に飲み干し代金を払うとレオンに着いていった。


「……何を考えているかはわかりませんが……あまり人を虐めないほうがいいですよ?」


「虐めはしないよ……僕は強いやつとしか喧嘩しないから」


「……喧嘩は良くないですよ」


「ハハッ、相変わらずお堅いなぁ」


 その後も他愛もない話をしながら歩くと、ムサシは途中でレオンと別れた。


「フゥ……」


「……お疲れだね」


 胸ポケットからひょこっと姿を現したのは魔王アルバートだ。

 顔を出した途端大きなあくびをする。


「寝ていたんですか?」


「うん……ムサシっちは?」


「もう行きましたよ」


「えー! なんで起こしてくれなかったのさー!」


 ポケットでジタバタと暴れる魔王に、またレオンはため息をつく。


「やれやれ……ストレスで禿げそうだ」


 レオンはポケット中の魔王を静めながら、一人天を仰ぐのだった。

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