第53話 突然の来客

「…………めんどくさっ。出るわけないじゃん」


 朝食のハムエッグを食べながら一言そう言った。

 Sランクたちに知らされた手紙は、もちろんタローにも来ている。

 タローへの手紙にはルールや開催目的の他、自分を狙って襲いに来るかもしれないという旨のことも書いてあった。

 しかし、タローにとっては気にするほどのことでもない。


 襲ってくるなら戦う。

 友好に接するなら戦わない。


 ごく単純な行動理念。

 むしろこの一回の試合に参加する方が面倒だとタローは考える。


「そうじゃのぉ……最近出番が無かったが、確かに自ら争いの中に行く必要もないか」


「そーそー。俺たちは黙っていつも通りの生活してればいいんだよ」


「(^-ω-^)」

(訳:深いですねぇ……)


「深いか? 今の」


「さーて、いつも通りの生活をするってことで、俺は今から昼寝する」


「まだ10時じゃ。昼じゃねぇから」


 騒々しい朝。

 けれど、タマコにとってはこれが最近の幸せでもある。

 だが、そんな束の間の平和に横入りするものが現れる。


 ピンポーン


 突然のインターホン。


「客か?」


「まかせろ。新聞の勧誘だったら追い返してやるわ」


「(`・ω・´)」

(訳:よろしくお願いします!)


 ここは家主としてタローが出ることとなった。


「はーい……どちらさんですか~」


 ドアを開けた先にいたのは、浅黒い肌に筋肉質で、黒のジャケットを着た男性だった。


「お前がタローか?」男が訊く。


「うん。なんか用?」


 男は「そうか」と言うと笑みを浮かべてタローに握手をする。

 手を握った腕をブンっブンっと何度も振り「はっはっは!」と突如大笑いしだした。

 タローはあまりの展開に頭がついてこなかった。


「あのさ……誰なのあんた?」


 タローは腕を振られながら問う。

 男は腕を振るのをやめると、ようやくタローの手を離した。


「や~失敬失敬! ついテンション上がっちまってよ!」


 はっはっは! と何度目かの豪快な笑い。

 そしてやっとのこと彼は名乗った。


「俺はハザード=ダイヤモンド。魔王だ!」


 その男――魔王ハザードはニイっと笑った。

 やりたい放題の魔王に、タローもつられて、ハハッと笑い返した。


「はっはっは!」


「はっはっは!」




「「あーはっはっは」」




 ***





「突然悪ぃな。押しかけちまってよ」


「別にいっすよ。暇だし」


「私は驚いたぞ。玄関行ったら魔王とタローお前が笑いあってて」


「(^・ω・^;)」

(訳:はたから見れば狂気でしたね)


 一軒家に魔王が二柱集まっているという奇々怪々な状況。

 その異様さゆえ、今いるリビングの空間が若干歪んでいた。

 タマコが出したお茶を飲み、少し場が和んだタイミングでタマコが話を切り出した。


「それでハザード。貴様が来た目的は……もしかしなくてもコレか?」


 タマコは送られてきた手紙を出す。

 ハザードは「そうだ」と肯定した。


「単刀直入に言うと、お前らには何としても参加してほしいわけだ」


「いやだ」


 即お断りするタローだが、ハザードは「待て待て」と話を続ける。


「お前さんが怠惰の魔剣ベルフェゴールを扱える時点で相当な面倒くさがりなのは承知の上だ。

 だが、俺の相棒がどうしてもお前と戦いたいらしくてな。

 恩返しに参加してくれよ」


「恩返し?」


 誰に恩を借りたのか覚えがない。

 思い返そうとする前に、ハザードはその人物の名前を告げた。


「名前はムサシ・ミヤモト。先日お前に"ワリトナオルワ"って魚やったろ?」


「あっ」


 あのときに名前を聞いていなかったので知らなかったが、恩のことを聞いてその人物の顔を思い出した。


「そういえば誰かに貰ったと言っておったのぉ……というかSランク冒険者だったのか」


 手紙の参加条件を思い返し、ムサシなる人物がSランクだとタマコは推測した。


「そっか……恩ねー……」


 確かに借りはある。

 だが、参加するのが面倒だという気持ちも強い。

 だが、借りた恩をそのままにするのも割る気がする。

 だが、やっぱり面倒だ。


「うーーーーーーーーーーん…………――」


 タローは頭を悩ませる。

 タマコに意見を問うとは、タローが参加するならいい、と言った。

 どうしようかと思った矢先、ハザードが一言。


「賞金出そうか? 優勝したら100億ゴールド」


「よし。参加すっか」



 こうして、タローも参加することが決定した。




 ***




 魔王ハザードはタロー宅をお邪魔した後、自身の主と合流した。

 ムサシはレオンを参加させることに成功した旨を話す。

 それを聞くと、ハザードも成果を報告する。


「こっちも成功だ。賞金出すって言ったらすぐに飛びついたぞ」


「すまない。散財させてしまって」


「いいさ。どうせ奪った金だ」


 魔王に君臨してから数千年。

 挑んだ冒険者を蹴散らし、死体から金銭を取っていたら、かなりの額にまで膨れ上がったのだ。

 だが、金に興味はないし、使う機会もないまま時だけが過ぎていった。


「ようやく使うときが来たんだ。奪われた金もこれで報われるだろ」


「あぁ……そうだといいね」


 夕暮れの光が影を濃くする。

 今でこそSランクとして栄光の道を歩むムサシだが、昔はそうではない。

 そうとうの苦難の道のりだったが、その経験が無ければ現在の自分にはなっていなかっただろう。

 光り輝く『今』を支えているのは、間違いなく暗く辛かった『過去』だ。


 そして、その過去を清算したとき、『今』の自分は漸く『未来まえ』へと進めるのだ。


「僕は強くなれたのか……それを証明して見せるッ」


 ムサシは腰に差した魔剣を強く握ると、ゆっくりと歩みを進めた。

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