第50話 ルシファーの憂鬱

 ディオニュソス王国

 500年以上続く大国で、農業が盛んに行われている。

 特にワインが名産品であり、高値で取引される。

 ブドウの収穫時期が近づくと、観光客向けのブドウ狩りが行われるため、その時期は街に活気があふれる。

 この国を訪れた観光客は揃って口にする。


 優しい人が沢山いる、温かい国だ――と。


 争いごとは少ない。トラブルに巻き込まれることも滅多にない。

 王国の観光地を訪れた者は皆そう言っている。


 しかし、それはあくまで、の話。


 物事には必ず、というものが存在するのだ――




 ***



 ディオニュソス王国・国王ディオニュソス56世。


 彼が王になった日から、この国は変わってしまった。

 自分を慕うものは優秀。それ以外は劣等だという自分勝手な思いを持った彼の政治。

 年貢を上げ、民のことを考えずに自分がやりたいようにやった。

 そしてある時、民から反発を受けることになる。


 次の日、街の真ん中に反発した民の首が置かれた。

 王は言った。


『私に従えない者に生きている価値は無い。

 民は王のものだ。どう使おうと私の自由だ』


 それを受けた民は、更に反発する――しかし、それはすぐに止められた。


 王は若い女を全員、人質という名の妾にしたのだ。

 その中にはすでに結婚しているものもいたが、王はかまわず孕ませた。

 無理やりベッドに縛り付け、抵抗したら暴力を振るい、動かなくなるまで犯した。

 中には決死の覚悟で王の首を狙うものまでいた。

 だが、それも王に雇われた盗賊団によって殺された。

 加えて買収された権力者により表沙汰にもならなかった。


 王国は、ディオニュソス56世により支配された。

 こうして奇麗だった国は、内側から腐っていったのである。



 ***



 ディオニュソス56世が圧政や横暴が振るわれ10年――


 そのディオニュソス56世は現在、窮地に立たされていた。


「ディオニュソス56世! 貴様を断罪する!」

「そんなやつは殺せー!」

「俺の妻を返せ、この犯罪者!」


 王がいるのは、王国にある闘技場コロシアム。そこに建てられた断頭台の上であった。


(なぜだ! なぜこうなったんだ!)


 ディオニュソス56世は己の行動を忙しく思い返す。

 全ては自分の思いのままであった。

 臣下も買収し情報を漏らさなかった。

 歯向かう者は雇った盗賊に襲わせた。

 全て、自分の思いのままのはずだった。


(なぜだ……なぜ……――っ!)


 王は、一人の人物に思い当たった。

 数週間前、自分の配下になりたいと言ってきた、あの男。


(ま、まさか――)




 ***




 その日、銀髪に赤い瞳の紳士服を着た男がやって来た。

 男は、自分を配下として雇ってくれと言ってきた。

 王は訝しんだが、女と金が欲しいという言葉が気に入り、すぐに雇った。


『其方、名を何と申す?』


 紳士服の男は、頭を上げて自らの名を名乗った。


『レオン・フェルマーと申します』


 その男――レオンは優秀だった。

 法律の穴を見つけ、それを的確にアドバイスをして改善。

 謀反を起こそうとした配下の一人を拘束。直ちに投獄した。


 王は大層レオンを気に入り、わずか一週間で自分の側近へと昇格させた。



 全てレオンの手の上だと気づかずに……。




 ***



 ある日の夜、兵が王宮の見回りをしていた。

 多くの兵は内心では王のしていることに腹が立っている。

 しかし、強大な権力により何もできないというのが現実であった。

 自分の無力さに悲観している時、首筋に刺されたような痛みを感じた。


「――っ!」


 兵は振り返るが、そこには誰もいない。

 おそらく虫に噛まれたのだろうと、気にせず見回りをつづけた。


 この時、見回りをしていた兵の全てが、同じ現象に見舞われていたことは誰も知らなかった。



 ***




 その後は怒涛の展開だった。

 まず変わったのは王宮内の兵たち。


 ある朝突然、王のもとに全ての兵士が押し入り、クーデターを起こしたところから始まった。

 王は雇った盗賊たちを呼ぶが、盗賊は誰一人としてやってこない。


『れ、レオン! レオンはどこだ!?』


 必死で信頼を置く部下の名を呼ぶが、その部下も駆けつけることは無かった。

 兵が王たちを捕らえるのに時間はかからなかった。

 所詮は権力だけの人間。

 武力はこちらが勝っていた。


 あれよあれよという間にそのことは国民に知らされ、即日コロシアムでの処刑が決定した。


 王の部下は先に殺され、残るは王だけだ。


「待ってくれ! 皆は勘違いをしておる! 私は、皆のためを思って――」


 苦し紛れの言い訳。

 もちろん耳を貸す者は一人としていない。




「い、いやだ! 死にたくないぃいい!!!」




 その悲鳴を最期に、ディオニュソス56世は民の前で首だけの死体と成り下がった。




 ***




 ディオニュソス王国の都市部にある豪華な宿。

 窓の外には王様の処刑を観ようと国民が群がっていた。

 その光景を眺める紳士服を着た男。


「因果応報。しっかりと罪を償いたまえ、愚かな王よ」


 Sランク冒険者・レオン・フェルマーはそう言って紅茶に口を付ける。

 ひとしきりティータイムを楽しむと、懐から白い封筒を取り出す。


「……やれやれ」


 もう何度も目を通した手紙だが、何度見てもため息が出る。


「――また溜め息ついて……どうしたの?」


 この言葉はレオンではない。

 声の主は、レオンの紳士服の胸ポケットから顔を出した、赤い髪の妖精。


「君はそこが好きですね――魔王というよりペットだ」


「誰がペットよ! 魔王アルバート=ルビーを馬鹿にしてるのっ?」


 ポケットから飛び出した妖精は、奇麗な羽をはばたかせてレオンの顔の前で止まる。

 もう二言文句を言おうとするが、手紙に目を通してそれを止める。


「あ、ムサシっちの手紙じゃん!」


 手紙に書いてある『ムサシ・ミヤモトより』という文字を見てテンションを上げる妖精。

 内容は主にアキラのやらかしと処分、それともう一つ。


「へぇ、アキラッち負けたんだ……でもそれだけで溜め息?」


「いえ、アキラくんのはどうでもいいのですが……」


「?」


 どうにも話が見えない魔王アルバート。

 また溜め息をつくと、レオンは席を立ち帰国の準備をする。


「急ぎの用事ですよ。アルバート」


「え、ちょっと! この国はもういいの?」


 アルバートはてっきりまだ滞在するものと思っていたので驚く。


「ええ。国の汚点は粗方処分されるように手配しましたし、杜撰ずさんな法律も改正しました。

 私が居なくても、あとは本当に優秀な方たちがやってくれるでしょう」


 手早く荷物を片付けながらレオンは答えた。


「それより……もっと厄介なことがおこりそうだ」


 ある程度片付くと、忘れ物が無いかを一つ一つ確認していく。


「服よし。ティーカップよし……――」


 次々と確認していき、最後に確認したのは――


「――傲慢の魔剣ルシファー、よし」


 手首の腕時計の仕掛けに仕込んだナイフ型の魔剣――傲慢の魔剣ルシファー

 それを確認すると、足早に宿を出ていく。


「ねー、急ぎの用事ってなんなの?」


 肩にのる魔王に、レオンは嘆息しながら答えた。



「……ムサシくんがまた、面倒なことを思いついたようですよ」



 レオンは憂鬱そうに、タイタンへと足を進める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る