第26話 愛ゆえに……

 私は君を愛していた。


 だが共に神に仕える身。この愛が罪だと言うことは分かっていた。

 それでも――私は君を愛し、君は私の愛を受け入れてくれた。

 私は幸せだった。

 たとえ君を抱きしめられなくとも、君と愛を語れなくとも、私は……私たちは幸せだった。


 だから君を失った時――私は君を愛したことを後悔した。

 私が君を愛さなければ、君が私を受け入れなければ、君は命を落とすことは無かった。

 私は後悔した。君を処刑した司教を恨んだ。


 君を救わなかった神を憎んだ。


 そんな時、助けた奴隷が言った。

 "リッチの研究は死者蘇生と同義だ"と。

 リッチに理性が無いのはわかっている。

 だが、もしも理性を保ったリッチを人工的に生み出せるのなら。


 君にもう一度会えるのなら――


 私は禁忌を犯す。

 神が許さぬ罪を犯す。


 どれだけ犠牲を払おうと。それが罪のない子であったとしても。

 私は君を蘇らせる。


 そして、もう一度――



 ***



 カイエンは魔方陣を発動させると、中から六体の人形を取り出した。

 タマコはその人形に見覚えがあった。

 何せその人形は、最初に自分を取り囲んだシスターたちだったからだ。


「『殺戮傀儡マリオネット』」


 言われても人にしか思えぬ人形は、感情の宿らぬ目でタマコを見る。


「吸血鬼の抹殺を許可する――やれ!」


 {了解――対象ヲ排除シマス}


 その人形――シスターたちの腕が刃物や大鎌、銃火器に変わる。

 腕が機関銃マシンガンのシスターがタマコへ銃口を向けると容赦なく弾丸を連射する。


音速移動ソニック


 弾丸が身体に触れる瞬間、タマコは音速でシスターたちの間を移動する。

 移動した際のソニックブームにより、シスターたちは一瞬でバラバラに砕け散った。

 その結果に目を見開くカイエン。


「私の人形が一瞬で!?」


「人形ごときで私を殺せるとでも思ったか?」挑発するタマコ。


「クソっ! 吸血鬼が調子にのりおって!」


 カイエンはさらに殺戮傀儡マリオネット出現させた。

 タマコはすぐには攻撃しなかった。


「貴様の人形は確かに精密にできている。本当にそっくりだったぞ。――あのもな」


 その一言に驚愕したのはカイエンだ。


「ッ!? まさか、気付いていたのかッ?」


「これでも吸血鬼なのでな。生きている者とそうでない者はわかるのじゃよ」


 にしても完成度は高かったぞと評価した。


「何度殺しても増え続けるワイト。怪しいと思って見てみたら何てことはない。

 お前の魔法を見て確信したよ」


「……っ!」


「実験には死体が必要不可欠。何度も蘇るワイトの出現という異常事態を発生させることで冒険者を呼び、疲れ果て討たれるまで人形を増やし続ける。いい作戦ではないか」


 タマコの言うことは正しかった。

 リッチ研究のための死体を増やすために、自身の人形でワイトを作り出した。

 誰もがシスターと見間違うほどの精巧にできた人形を作り出せるカイエンにとって、ワイトをつくることは造作もなかった。

 一体100Gという報酬に飛びつく哀れな冒険者は、永遠に減ることのないワイトに疲れ果てたところを殺された。

 何としても実験を成功させるために、カイエンは手段を選ばなかった。


「――どうやらあなたには全力を出さなければ勝てないようですね」


 もうカイエンには余裕がなかった。

 全てを暴かれた彼にできるのは、タマコを抹殺して口封じをさせることのみ。

 地面に特大の魔方陣が発動させると、そこから強大な物体が出現した。


呪いの機械人形カースド・オートマトン


 全身に凶器を身に着けた巨人のような人形が現れる。

 機関銃、大砲、大鎌、剣、鎖、盾、モーニングスターetc......

 出現した機械人形は大砲を四方八方へ撃ちタマコを威嚇する。


「いくら魔王と言えどコイツにはキズ一つ付けられんぞッッ!」


 カイエンは機械人形の肩に乗り、上からタマコを睨みつける。


「必ず彼女にもう一度会うのだ――私の邪魔をするなぁあああッッ!!」


 全ての銃口をタマコに向け、機械人形は一斉に発砲した。


「――くだらん」


 持っていた刀を下から上へと振り上げる。

 瞬間、一筋の光が閃いた。

 発射された砲弾は切り裂かれ、巨大な機械人形は縦に真っ二つにされた。

 崩れ落ちる人形。

 乗っていたカイエンは地面に落下する。

 何が起こったか理解ができず、その場で放心状態となった。

 しばらくして段々と頭に血が行き届き、状況を認識しはじめる。


「そんな、バカな……」


 自身の生み出せる人形の中で最強だった呪いの機械人形カースド・オートマトン

 それが一撃でくず鉄と化したことに、衝撃を隠せなかった。


「……諦めろカイエン。貴様では逆立ちしても私に勝てん」


 地面に手をつくカイエンを今度はタマコが見下ろした。

 カイエンにはもうタマコに太刀打ちできる魔法は無い。

 この戦いの勝敗は既についている。


(このまま……終わる?)


 彼女にもう一度会う。

 そのために全てを投げうった。

 神を裏切った。

 彼女を断罪した司教を殺した

 罪のない子供を殺した。

 研究を知ったシスターを殺した。

 冒険者を殺した。


 全ては彼女との再会のために――


( 私は彼女に……私はッッ!)


 彼女への愛ゆえか、彼女への執着か。

 それはどうでもよかった。

 ただもう一度愛する彼女に――


「まだだ――まだ終わるわけにはいかないのだっ!」


 カイエンは再び魔法で人形を召喚する。

 そこから現れるのは巨大な鳩の人形。


風を読む白い鳥ドール・ピジョン!」


 カイエンを乗せると教会の天井を突き破る。

 飛び去る方向は――墓地だ。


「待てカイエン!」


 タマコも背中に翼を出現させ追おうとするが、破壊したシスターの人形がタマコの足を掴んだ。


「まだ動けたのか!」


 刀で掴んでいた腕を斬る。

 しかし、人形は行く手を阻むかの如くタマコの前に立ちふさがった。


「――先ほどの人形とは違う……まさかここに来て進化したのかッ!?」


 タマコの予想は正しかった。

 その人形の名は蘇る修道女人形ゾンビ・シスター


 カイエンの彼女への愛に神が微笑んだのか。

 真相は定かではないが、紛れもなくカイエンの起こした奇跡であった。


「やれやれカイエンめ……とんだ置土産を残したものだ」


 一度だけ墓地のほうに目線をやると、すぐに敵へと向き直る。


「あとは任せたぞ、タロー主殿

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