第25話 過去
不気味なほどに暗く美しい真夜中の教会。
ランプの灯も焚かれぬその場所で、月明かりが一人の男の影を形どっていた。
「私が……犯人?」
その影の主――カイエンは何をバカなと笑い出す。
「タマコ様。私は神の
死者を弔う立場の私が、死者を愚弄するような行いをしたというのですかな?」
いつもの笑みを顔に浮かべる男は一見して嘘をついているようには思えない。
しかしタマコにはそれが嘘だという確信があった。
「『《神聖デメテール国》。孤児や奴隷たちを積極的に保護し、多くが修道者としてこの教会に身を置く。世界一優しい国』であったか?」
「はい。その通りでございます」
「話は変わるがカイエン。貴様が司教になったのは5年前だそうだな」
タマコの質問にカイエンは「よくご存じで」と肯定した。
「5年前、当時司教だった男が何者かに首を斬られ惨殺されるという事件が起きた。その後、司祭であった貴様が繰り上がりで司教に就任した、と」
「……」カイエンは何も言わず無言だった。
「さらに遡り司教が殺される少し前。とあるシスターと司祭の恋幕が発覚した。司祭はシスターと共に罰を受ける覚悟であったが、シスターは愛する男のために全ての汚名を自らに着せた」
「……」
「当時の司教はその出来事を重罪とし、シスターの処刑を命じた」
「……そのようなことがございましたな」
カイエンはいつもの口調で言葉を発する。
しかしその顔からはすでに笑みは消えていた。
「ですがタマコ様。そのことと私が犯人だということにどう繋がるのです?」
カイエンの指摘はもっともだ。
これまでの話は昔話にすぎず、彼を犯人と決めつける理由にはなっていない。
それでもタマコは気にせず自らの推理を聞かせた。
「次はワイトの話をしよう。
ワイトは人の死体に怨念、つまり人の魂が宿ったモンスターじゃ」
「存じております」
「死体に魂が入ったワイトは意思もなくただ生者への憎しみを晴らすために襲う下級モンスター。
しかし、
「遺体に元々の魂が宿ること……ですかな?」
「そうじゃ」とカイエンの答えを肯定する。
アンデット系モンスターの上位に君臨するリッチ。
ワイトとは違い見た目は人間そのもので、魔法を行使できる数少ないモンスターの一体だ。
その進化条件だが、ワイトは死体に穢れた魂が宿るモンスター。
だが死体には元々の宿主が存在している。
穢れた魂が生前の自分の肉体にもう一度宿ることで、ワイトはリッチへと進化するのである。
「ですが魂が自分の意志で元の肉体に戻ることは不可能。すべては偶然に委ねるしかない」
魂が特定の死体に宿るのはあまりにも低確率。
それ故にリッチはモンスターの中でも謎が多く残っていた。
分かっているのは自我を持ち生前と同じ容姿と記憶を持つということだけだ。
「昔とある国でリッチを人工的に生み出す研究がされておったそうじゃ。だがその余りに非人道的な研究は多くの批判を集め、研究にかかわった多くの者は処刑、一部は奴隷として捕まった」
「……また昔話ですか。一体それらと私に何が関係あるというのですか!」
カイエンはイラつき始めていた。
それはタマコの推理を聴いているからではない。
一歩ずつ
「この国では孤児と
その奴隷の中にリッチの研究者がいたらどうだ?」
「……やめろ」
「その奴隷から研究内容を知り、恋人を蘇らせようとしていたら?」
「……やめろ!」
「研究の結果、ステータスが高い子供の魂が元の肉体に宿る可能性が高かったとしたら――」
「やめろと言っているッ!!」
怒りの声を上げ肩で息をし、タマコを睨みつける。
「……どうやって研究内容を知ったのだ」
「お前の周辺をコイツで調べただけだよ」
タマコが指を鳴らすと、カイエンの影が揺らいだ。
影は二つに割れると、分離した影がタマコの近くに跪く。
「
影に憑りつき我が耳、目と化す。
諜報に丁度いいのさ」
「……」
カイエンは何も言わない。
全てこの女に真実を知られていることはもう理解していた。
「孤児たちは突然死の前にそろってステータスの確認を行っていた。
それを指示したのは貴様じゃ。
孤児たちの食事を運ぶように手配したのも貴様。
食事に毒でも混ぜて突然死に偽装させ、実験体を増やしておったのじゃろうな。
何はともあれ、これまでの全ての事件の近くには必ず貴様が絡んでいる」
もう言い逃れはできなかった。
全ての研究、計略を暴かれた男は拳を強く握り俯いたままだ。
ではこのまま全ての罪を告白するのか。
(罪を償う? ……ふざけるな……ふざけるんじゃない!)
「このままでは終われないのだ! 私は彼女を――愛する人を必ず蘇らせるッ!」
「バカめ! リッチは自我と生前の記憶を引き継ぐが、その理性までは再現されない!
リッチが亜人ではなく、モンスターに分類されるのはそのせいだとわかっておるだろ!」
激しく言いあう二人だが、カイエンに止まる選択は無い。
全てを犠牲にし、手を汚そうとも、たとえ神に逆らうことになっても――
彼はもう止められないのだ。
「私の邪魔をするなら――あなたを断罪する」
そこには、もう以前のカイエンは居なかった。
過去に囚われた愚かな聖職者。
タマコはこうなることは予想していた。
だが、これは彼女が想像していた最悪のシナリオではない。
まだその手前の段階だ。
カイエンは魔方陣をいくつも手元に発動し、臨戦態勢を整えた。
「知っていますか・・・聖書では、神は悪魔より人を殺しているのです」
「フッ、自分を神とでもいうか。哀れな男じゃ」
魔方陣から武器を取り出し、切っ先をカイエンに向けた。
「神が人を殺すなら、魔王が人を救おうではないか!」
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