第27話 分岐点

 ――デメテール国・墓地――


「ふぃ~、終わったな」


 20万のワイトを相手にしていたタロー。

 墓地を埋め尽くすほど出現していた死体たちはその姿を全て消していた。


「しっかし、これが偽物だっていうんだからスゲーよな。言われてもわからん」


 タマコから事前に知らされていたとはいえ、戦っている方からしたら本物にしか感じないほどの精巧な偽物に驚きは隠せなかった。

 と言ってもタローはワイトを見るのは初めてなので本物も偽物も無いのだが。

 そんなタローは戦いを終え地面に胡坐をかいていた。

 空を眺めながら暢気にタマコを待っていると――


「ん? なんだあれ」


 目線の先に飛行する物体を捉える。

 それは徐々に近づいてき、その姿をはっきりさせた。


「でっかい鳥?」


 以前討伐した死霊鳥ファントム・スカル・バードよりは小さいが人一人くらいは乗せれそうな大きさはある。

 その大きな鳥――風を読む白い鳥ドール・ピジョンは墓地に降り立つと背から男が地面へと着地した。


「――さすが魔王を使役した冒険者だ。20万のワイト……いや、人形では相手にもなりませんか」


 その男――カイエンは静かに辺りを眺める。

 冷静に見えるが、司教服はボロボロになっており先ほどまで戦闘をしていたことを物語っていた。

 タマコが負けるはずはない。

 ということは隙を見て逃げたのだということはタローでも想像できた。


「そっか。偽物の正体は人形だったんだな」


「えぇ、私の人形魔法で作りました。よくできているでしょう?」


 タローが頷くとカイエンは笑みを浮かべる。

 だが会った時とは違い、その目に生気は宿っていなかった。

 カイエンはタローのことなどお構いなしに墓地の端の方へと歩いていく。

 タローは立ち上がると、それに着いていった。


「愛する者を蘇らせたい。そのために動かぬ死体に魂を吹き込む研究をした。

 そんな私の使う魔法が、魂宿らぬ動く人形を作り出す能力とは……あまりにも滑稽、皮肉な話だ」


 そう自虐するカイエンにタローは何も言わなかった。

 しばらく歩くと墓地の隅にあった小さな石の前で足を止める。

 石にはよく見れば名前が書かれていた。どうやら墓石のようだ。

 その石に書いてある名は『マーサ』。

 カイエンはその石を愛おしそうに撫でた。


「彼女は教会内では大罪人。墓をつくることは許されなかった。

 こんな角になってしまったが、私が作りました」


 カイエンの話によるとマーサはその心臓をつるぎで一つ気にされ処刑されたそうだ。

 その後の遺体処理は別の者に任されていた。

 だが、カイエンの悲しみが魔法を強化した。

 それまで簡単な人形程度しか生み出せなかったが、リアルな人形を作ることができるようになり、彼女の遺体とすり替えた。

 遺体はカイエンがひそかにこの場所へ埋めたそうだ。


「全ては彼女にもう一度会うためだ」


 立ち上がりタローへと視線を向ける。


「それでも……私の邪魔をしますか?」


「あんたが人を犠牲にし続けるなら、俺はあんたを止める」


「それなら仕方ないですね」


 カイエンはそう言うと、持っていた錫杖を高く上げる。

 すると、地面が突然紫色に光りだす。

 それはサークルのように辺りを囲んだ。


「なんだ?」


 タローがサークルの外に離れると、地面から何かが這い出てきた。

 ワイト……ではない。

 骨のみであった身体には、腐っているが肉がついていた。

 その数、200体。


「リッチ研究の副産物だ――ワイトのもう一つの強化種、『ゾンビ』だ」


 ゾンビは頭部を損傷しないかぎり襲い続けるモンスター。

 ワイトより強く凶暴で厄介なモンスターの一つとして知られている。

 だが、カイエンの狙いはゾンビではない。


「ゾンビは厄介なモンスターだが、それでもアンデットの中では弱い。

 しかし、一定以上の数と、このドラゴンの血を混ぜることにより、最上級アンデットが誕生する!」


 懐から瓶を取り出す。中には赤い液体が見える。

 カイエンの言うドラゴンの血なのだろう。

 その瓶をゾンビのいるサークル内に垂れ流した。

 血が地面に触れた途端、紫色の光が強まる。

 ドラゴンの血が球体のように集まり宙に浮かぶ。

 その球体を核とし、ゾンビたちが次々と引き寄せられていく。


「見よ、これがワイトの強化種。その最終形態だ」


 ゾンビ200体が全て集まると、その形は人型ではなくなった。

 それは巨大な竜。

 肉はゾンビのように腐っているが、大きさは死霊鳥より大きい。


「――蘇生する腐敗竜リバイバル・ドラゴンゾンビ。私の奥の手だ」


「グォオオオオオッッ!!!!」


 空気を大きく振るわせる咆哮。

 鼻が曲がりそうになる強烈な腐敗臭。

 戦意を喪失したくなる圧倒的な巨体。

 口から出る大量の涎は地面に着いた途端に煙を上げる。おそらく強力な酸性の液体なのだろう。

 クエストを発注するなら難度AAAはくだらない最悪の怪物である。

 その怪物を目にしたタローは、タマコとの会話を思い出していた。

 それは分かれる前に宿で話したについてだ。






 ・・・・・・・


 ・・・・・


 ・・・






『カイエンがもしリッチの研究をしていたら、もしかしたらゾンビを生み出しているかもしれん』


『ゾンビ?』


『肉のついたワイトだと思え。ただの雑魚じゃ』


 ベッドに腰を掛けながら言うタマコ。

 だが問題はゾンビではない。


蘇生する腐敗竜リバイバル・ドラゴンゾンビというモンスターがおってな。

 大量のゾンビとドラゴンの血があれば生まれるモンスターなんじゃが……コイツが出てきたら一つのが発生する』


 タマコは眉間にしわを寄せるとベッドから立ち上がり窓から外を眺める。


『腐敗竜が暴れ街へと出たら、最悪この国は全滅するだろうな』


『マジかよ』


『だからこその分岐点じゃ』


 タマコはタローに二本指を立てる。


『分岐点は腐敗竜が現れたとき。

 腐敗竜を仕留めきれず街へと解き放てば全滅。

 墓地へ留め確実に討伐すればハッピーエンド。簡単な話じゃろ?』


『責任重大だな』


『魔剣と主殿が居れば可能さ♪』


 タマコは笑みを浮かべた。

 どうやら討伐できると信じて疑っていないようだ。


『なんとかカイエンを説得はしてみるが期待はできないのでな……全て任せるぞ』


『はぁ……面倒だけどしょうがないか』


 頭を掻くタローにタマコは再び笑った。


『頼んだぞ、主殿♪』






 ・・・


 ・・・・・


 ・・・・・・・




(タマコの話じゃ、ここが分岐点ってことだよな)


 タローは魔剣を構え蘇生する腐敗竜リバイバル・ドラゴンゾンビへと駆け出す。

 上からの涎に気を付けながら足を棍棒に変えた魔剣で殴りつけた。

 強力な一撃により、腐敗竜の足が吹き飛んでいく。

 だが、喰らった箇所はすぐに再生し元通りになった。


「っ! マジか」


 驚くタローに腐敗竜は体を大きく回し尾を振るう。

 すかさず反応し魔剣でガードするが衝撃はすさまじく、壁の方まで後退させられた。

 すぐに体勢を立て直すが、腐敗竜は大きく口を開けると大きな水の大砲を放った。

 その場を駆け出し回避する。

 当たった壁を見るとドロドロに溶けて原形をとどめていなかった。

 どうやら攻撃のすべてに酸性、もしくは腐敗させる能力が付与されているようだ。


「厄介だな」


 愚痴をこぼすタローだが、さすがの防御力によりダメージはほとんどない。

 しかし腐敗竜はそんなタローをよそに大きく翼を広げた。

 首は街の方へと向いている。


(――飛び去る気か)


 すぐに感づくと、近くにあった墓石をフルスイングしてブッ飛ばす。

 墓石は猛スピードで飛んでいくと、腐敗竜の顔面を大きく抉った。

 腐敗竜は再生する頭部をタローに向けた。


「そう急ぐなよ――もう少し遊ぼうぜ?」


 蘇生する腐敗竜リバイバル・ドラゴンゾンビに意思は無い。

 ただ生きる者を喰らうという目的のために暴れるモンスター。

 しかし、その時確かに腐敗竜はタローを殺したいと感じていた。

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