その他

ささきゆうすけ

大嫌いだから渋谷

 単なる喜劇は嫌われる。山も登れば谷になる。なんか不思議でたまらない。

「ねえ、きみ一人?」

「一人よ、ずっとね」

「遊びに行こうよ」

「遊びに来たのよ」難しそうな顔してる。そのまま消えて、目障りだから、と言わんばかりに歩き出す。

「ねえねえ、きみ」

「十六」

「え?」

「十六歳。犯罪よ」

「あ、ああ……」

 心地いい。人生すこぶる熱いはず。もっと私を持ち上げて、もっと私を取り合って。私をここまで育てたと、言い張る二人も私にすれば、家に棲み付く邪魔な虫。私はハチになれやしない。


「どうせまた一位でしょ」

「うん、全教科。ハルは? どうせまた後ろから一位でしょ」

「まあね。あんたって、本当に完璧だよね」

「そうかなあ。私はハルが羨ましいけどな」

「聞き飽きた。私はあんたが羨ましい」

「聞き飽きた」

 ハルは、クラスの皆からストレートにバカ呼ばわりされているけれど、本人はそれをまったく嫌がらない。むしろ喜んでいるようにも見える。「嫌がったところでバカはバカだし。皆が言うんだから、私は確かにバカなのよ。バカを認めないのは本当のバカよ」というのが彼女の言い分だ。あまりにもバカという単語が頻出するものだから、私がバカと言われているみたいだ。いや、私こそが本当のバカなのかもしれない。

「聞いてる?」

「ん、渋谷の話?」

「惜しい、渋谷のハチ公の話。ハチ公ってさ、イヌなのに、ハチなんだよね。不思議」

 ハルが何を不思議がっているのか、さっぱりわからなかった。

「ハルだって、冬なのにハルじゃない」あ、確かにそうだ、ハルは天井を見上げて何かを考えながら、指をくるくるやっている。「大発見。私は夏も秋もハルだ」


「誰かと待ち合わせ?」

「いいえ、一人よ、ずっとね」

「へえ、彼氏とかいるの?」

「彼氏? そんなもの、自分の価値を下げるだけよ」

「……だよね、ちょうど良かった。俺も彼女とかいないんだ、面倒臭くて」

「とてもよくわかるわ。女って本当に面倒」

「そうそう、女って面倒なんだよ。ねえ、立ち話もなんだし、お茶でもどう?」

「その二つの目玉は何が見えてるの? 私は女よ。男は玉がしっかりしていないとね」さよならと言いかけながら、その言葉さえ勿体無い。我ながら、寒い駄洒落に凍えそう。春を待つ自分が少し恥ずかしい。


「お待たせ」

「遅い、ナンパされた。三回も」

「私のトイレが長いみたいじゃないそれ」

「長い」

「うるさい。学校じゃ目立たないけど、やっぱり綺麗なんだよね、あんたって。本当に完璧」

「聞き飽きた」

 もしも、たった今から宇宙人が地球に降り立って、この星の代表者と話がしたいなどと言い出したなら、私はハルの背中を押すだろう。

 人類代表は、ハルみたいな人であるべきだ。もしくは、ハルであるべきだ。どんな生き物でもハルを認めるだろうし、どんな生き物でもハルは認めるはずだ。ハルには、何でも包み込んでしまうだろう温かさがある。ハルは、夏も秋も冬もハルなのだ。


「そろそろ帰ろうか。あんたの両親、待ってるでしょ」

「うん。ねえ、ハル」

「なに?」

「ありがと」聞き飽きた、と言いたそうなハルの横髪が、すれ違う風に静かに揺られた。

 ねえハチ、あなたは何を待っているの。あなたは幸せ?

 あなたは、あなたの物語を、あなた以外の誰かが哀しむことを、どう思うのかしら。私はあなたになれやしない。

 きっと私は今夜も、待っている父と、母と、兄と、祖母と、食卓を囲むのだ。きっと私は今夜も頬を落とす、母のパエリア。

 幸せなんて、幸せなんて。

 大嫌いだから、二度目の渋谷。



****

2015.2.24/1,428字

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