第4話 陸上部
日が暮れて、オレンジ色の日光が窓の中に入ってきた。床の上に窓の影が伸びていく。
窓の奥を眺める。まずは、オレンジ色の空に飛んでいるカラスを見た。そして下に見てみると、校庭に誰かの生徒が陸上部の練習をしている。僕は無意識に窓に手を置いた。
先生は何を見てる?と僕が見る方向を従って見てみると、陸上部だった。
『もしかしたら、陸上部をやっていますか?』
先生に質問されて、僕は大きく頷いた。
「そうですね。でも僕の足はとても遅いです。だから陸上部はやめて、卓球部に入ろうと思った」
先生は目をパチクリさせた。目を閉じて、ふーっとため息を吐いた。
『確かに普通の学校の場合は速い選手だけ選べられますね。でも、この学校は速いか遅いか関係ないですよ。だから、心配しなくても大丈夫です』
ポンっと僕の肩を軽く叩いて、突然強く握って、無理矢理に陸上部の練習をしている校庭まで連れてくれた。
校庭に到着して、先生が手話で生徒たちに伝えた。
「みなさん、学校の見学をしに来た生徒です。部活の様子を見学させていただきたいと思います。よろしくね」
「痛てて」と言いながら僕の肩を撫でてた。
なんだ、あの先生、握力は怪物並みくらい強すぎる。骨が折れるじゃないか心配するわ。
「あの…もしかしたら…あなたは、陸上部の顧問ですか?」
七瀬先生はこくりと頷いた。
はあ…なんでこう展開になるだろう。
僕がため息をする間に、七瀬先生は生徒さんに向けて手話で何を話しかけた。
終わった後、僕に向けて筆談を出した。
『今から宗一郎さんと100メートルの競走をしない?』
はあ?僕は見学の立場なのになんであの人と勝負をしなければいけないの?
もしかしたら100メートルの競走で無様な負けをして、嘲笑いをするつもりか。少しだけ考えるだけでも、突然胃が痛くなった。早く帰りたいと心の中で呟くと、脳内から記憶が遡っていく。
あの夢の中であの人と足を交換したよね。つまり今の僕は、前の僕と違って足が速いはずだと思う。あの夢が本当なのかここで証明してやる。
「わかりました。では、一緒に走らせていただきたいと思います」
言った後、部室に移動した。部室で七瀬先生から貸してもらった動きやすいような服装を着替えて、グラウンドでアップをした。いきなり走り出すと、筋肉にびっくりさせて切れてしまうから。
グラウンドを軽く一周に回ったあと、ストレッチをした。次は、スタートブロックの位置を調整をして、20メートルくらいまで走って、20メートル以降は流した。大体アップが終わったら、七瀬先生に伝えた。
「アップは終わりました。もう始めてもいいです」
七瀬先生は頷いて、生徒さんを呼んだ。彼が僕の隣にやってきて、僕と同じようにスタートブロックの位置を調整した。10メートルくらいまで軽くスタートした。
ムムム、生徒さんってスタートフォームは綺麗だな。本当に勝てるなの?そう考えると不安に襲われてきた。
生徒さんは終わったので、そろそろ100メートルの競争が始まる。
七瀬先生がピストルを手にして、片方の腕はピストルを持つ方の耳を塞いだ。近くに撃つと、爆発力が強くて耳の鼓膜が破れてしまうから。
「オンユアマーク」七瀬先生の口の動きを見て、スタートブロックの位置につけた。白い線の後ろにそっと両手を置いた。肩を左右に動かせて、ふーっと息を吐きながら前に向けた。
二人ともピタッと停止した状態になったら、七瀬先生がピストルを高い位置まで持ち上げた。
「セット!」と口の動きを読み取れて、腰を上げた。
しかし、ピストルの音が聞こえなかった。隣の生徒さんはもうスタートした。それを気づいて、ようやくスタートをした。10メートルくらいの差を広がってしまった。これは、もはやスタートの出遅れだ。
慌てて、出遅れた差を詰めようと一生懸命に走った。しかし、慌てても走るフォームが崩れてしまう。タイムも良くならないとわかって、肩に力を抜いてリラックスした状態で走った。
いつもと違って、今日は前へスムーズに進められる。これはいける…と僕に向けて唱えながら先頭にいる生徒さんに追いつこうとする。少しずつ距離が縮めていく…。ゴール寸前まで生徒さんに追いつくことができたが、ゴールで追い抜けなかった。そのままゴールして、生徒さんが勝利だ。
膝に手を当てて、ゼーゼーと息切れをした。悔しい、生まれて初めて追い抜けたと思ったけど、追い抜くことができなかった。悔しい!やはり何の結果も変わらなかった。
クソっと膝を強く握って、目をつぶった。真っ暗な視界の中に突然背中に痛みが走ってきた。
「痛っ!何?!」
と叫んで、後ろに振り向いたら宗一郎さんだった。すごい汗を流して、手を差し伸ばされた。
「すごく良かったよ。あなたと勝負できて楽しかった」
生徒さんはこのことを伝えようとしたが、僕は何を言ってるかわからないけど、あの笑顔を見るとあなたと勝負ができて楽しかったみたいに読み取れた。差し伸ばされた手を握って、握手をした。
「うん、僕も楽しかったよ」
僕が言った後、七瀬先生が僕のところに近づいてきた。紙を渡された。
『スタートは出遅れたが、驚異的なスピードで追いついていたね。もしスタートの課題を改善をすれば10秒くらい出せたのにー。翔さん、もしここで入学したら、この陸上部に入らない?』
え?僕が10秒台?いやいやそれは流石にないわ…。え、これってスカウト?
「えーと、僕をスカウトしました?」
七瀬先生はうんと頷いた。
マジか。それって夢?自分の頬をつねてみると、痛みがある。
でも、確かに前と比べてちょっと早く走れたような気がする。風を切って走るのは気持ち良い。この快楽を忘れなかった。またあの快楽を味わいたい。この学校ならすぐに馴染めそうな気がする。
「誘いさせていただきありがとうございます。僕はもう決心しました。この学校に入ることにします!」
七瀬先生と宗一郎、他の生徒もニコッと笑顔になって、みんなが大きな模造紙を持って、端と端は手を差し伸ばした
『海原聾学校へようこそ!』と模造紙に書いてあった。
このように歓迎してもらえるのは、めちゃ嬉しい。涙が出るし、ますます入りたいと言う気持ちも強くなった。
深呼吸して、大きな声で「短い間だけど、見学できて良かったです。ありがとうございました!」と深く頭を下げた。
三ヶ月の間に入学に向けて手続きの準備をしたり、入試を受けたりした。
無事に御区画できて、二学期の終わり頃の9月に入学した。
もちろん、他の生徒とコミュニケーションを取れるようにするために手話の勉強をした。指文字は習得した。手話は簡単な会話の程度くらい覚えた。
あの夢のせいで耳が聞こえなくなった。でも、耳が聞こえないおかげで新しい出会いができた。身体の交換は、自分が選んだ道なので全く後悔していない。充実した学校生活をしている。
部活に参加して、七瀬先生の指導のおかげでメキメキとタイムが伸びていく…しかし、壁にぶつかったのはスタート。
どうしてもピストルの音が聞こえない。どうすれば良いか悩んだ。
椅子の上に座って、休憩をした。下に俯いて、頭に抱えた。
どうすればスタートは速くられるか?わからない。音ではないといいのに…
あれこれのことを悩んでいる間に、僕の肩を叩かれた。
だれ?と振り向いたら、息切れをしている七瀬先生がいた。
なぜ息切れになってるのかわからないけど、あの笑顔を見ると何か良いニュースでもあったような。
「見つかった。あなたに相応しい道具があった」
七瀬先生の背中に隠した道具を見せてあげた。僕の相応しい道具は…腕時計。
「へ?なんで腕時計ですか?時間を確認するためですか?」
「いいえ、違う。それはピストルの音を反応して、自動的に振動がする腕時計よ。××会社で開発したらしい」
「そか…これだ。音を聞かなくてもこの道具を使えばみんなと同じようにスタートができる!」
実際に装着してみて、スタートの練習をした。最初は、振動に慣れてないので、ビクッと体に震わせた。しかし、少しずつ慣れてきて、スタートもスムーズにダッシュできるようになった。
スーッと滑らかなスタートができて気持ちいい。ビョンビョンと軽やかに走ると、突然めまいに襲われて倒れた。
ああ…頭が痛い…少しずつ記憶が遠のいていく…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます