第2話 耳が聞こえない
僕のベッドの横にいる医者が椅子をかけている。医者はペンと紙を持って、さらさらと書いた。
『おそらく強いストレスの原因で失聴したかもしれない。何かのストレスある?』
ストレス?
僕は何かのストレスを抱えていたっけ?何もないはずなのに。僕はただ目標を達成するために努力を惜しまない。
「いいえ…僕は一つの悩みは持っていません。微塵もないです」
「うーむ」と医者は顎を当てた。どうやら自身はストレスを持っているか気づいていないようだ。
気づくために自分を見つめる必要がある。自分に向き合わないと、永遠に見つけられないだろう。改善しないし、また同じことを再発するかもしれない。だから原因を究明する必要がある。
再び書いた。
『今、何を頑張っている?何の目標ある?』
目標?自分の目標を答えればいいことかな?
「僕は足が遅いので、大会に出れるように足を速くする練習をしてます」
一瞬だけど、医者の目を大きくした。すぐに顎を当てて、下に俯いた。
『原因はわかった。あなたのストレスは届けないような高い目標だ。あまり高い目標を作って、限界まで自分を追い込むようにしている。その分に自分が気づかない間にストレスが溜まっていく』
「いや、ストレスはありません!僕は純粋に速くなりたくて頑張ってます!」
布団を握り、お腹の中にフツフツと怒りが沸騰している。
なぜ否定するの?僕の努力を認めないの?
『落ち着いてください。あなたのせいじゃない。ただ運が悪かっただけだ。しかし、ストレスで聴力を失うような症状は初めてだった。僕も信じられない』
運が悪い?僕に対して軽蔑しているじゃんか?
布団の上にある手を振り上げた。医者を殴ろうとする瞬間にあの夢を思い出した。
「だから、僕の足と、君の耳を交換しませんか?」
「あなたの条件と僕の条件が合わないと成立ができませんよね。ちなみに僕は聞こえる耳が欲しいです。滅多にない美味しい話よ?あなたが日本一になれますよ?」
さっきまではMAXまで怒りが上がったが、突然冷静し始めた。
僕は…執着強い希望を持ったせいで、代わりに僕の聴力を失った。それってストレスの原因ではなく、自分の誤った判断を選んだので、今の結果になってしまったか。
反論できなくて、振り上げた手を下げた。肩を小さくして、黙った。
『どうした?』
「あ…いいえ…あなたの言う通りでした。多分、これがストレスだと思います…」
力をこもっていない答えをした。
これは…神にバチを当たってしまったかな?今後の生活はどうするか、突然不安に襲われてきた。
翌日に退院をした。
運転席は母さん、僕は助手席に座った。家に到着するまで何も話さなかった。雰囲気は沈黙を包められた。
僕は窓を見て、後ろに流れる景色をボーッと眺める。
母さんは、ハンドルを持ちながらもう片手は母さんのバックの中に探り始めた。
A4の茶色の封筒を取り出して、僕の腿の上に乗せた。
「これは…」
僕の腿の上に乗せたのは、海原聾学校の案内だ。
「海原聾学校?なんで?」
僕が問いたが、母さんは運転中なので筆談ができない。
母さんの運転を邪魔にしないように、封筒の中に入っている資料を確認した。
『聴覚支援学校は耳が聞こえない人のための学校です。自分の言いたいことを伝えて、相手の言うことを聞いて、理解できる喜びを味わえます。・・・(中略)これが聴覚支援学校の良さです。気になる方はご見学は可能です。お問い合わせをしてください。お待ちしておられます』
「耳が聞こえない人のための学校か…」
ボソッと母さんが聞こえないように呟いた。
1時間後、ようやく僕の家に到着した。いつもなら僕を呼び止めず、そのまま2階に上がっていく。しかし、今日は違う。2階に行こうと思う僕の肩を掴んで、母さんに呼び止められた。
顔を顰めながら、後ろに振り向いて
「僕は疲れてるけど、何?」
今まで見たことのない顔だ。なんて言うか普通の母さんはヘラヘラとした表情が多い。けど、今は真剣な顔になっている。こんな真剣な顔で見つめられると、怒られなくなる…。
母さんは何も言わずに「おいで」と僕にジェスチャーで伝えた。僕は頭を傾けて、母さんの背中に追いついた。
連れてきたのは、リビングだ。普段に食事をする机にある椅子をかけた。
そして、「椅子に座って」とジェスチャーで促した。母さんの言う通りにして、椅子に座った。
何も言わずに紙にペンを走らせた。なんだか僕の前に書くのは初めて見たな。新鮮だな。
描き終わったら、僕に見せてあげた。
何を書いているかと、母さんが書いた紙を読んだ。
『運転中に聴覚支援学校の封筒を見たよね。この学校に行く気はある?』
やっぱりか、予想した通りだった。
僕は突然、耳が聞こえなくなっている。耳が不自由だと、今の学校の授業に理解を追いつくのは難しいと判断した。授業の理解を妨害しないように僕に合った学校を探してくれた。
でも…僕を助けてくれるのは生まれて初めてだった。なぜなら母さんとお父さんは共働きで、夜遅くまで働いている。そのために家では不在。いつも1人だけ過ごすことが多かった。
机の上に千円札と、この金で食事を買ってと短いメッセージだけ残している。
小さい頃は両親がいなくて寂しかったが、高校生になった僕は寂しくなかった。孤独になれたかな?
1人だけ落ち着かせる時間が欲しかった。ちょうど僕の家は両親がいないので、ゆっくりと休養することができた。
そう、優しく接してくれるのはあんまりなかった。それなのに今日、今日は優しい。
優しすぎて、逆に疑ってしまう。
「なんで…僕に優しくしてくれるの?今までの母さんと違うけど?何か悪いものを食ってる?」
『何の悪いものでも食べてないよ。あなたのためだよ。確かに…私と父さんは忙しくて、一緒に家に居てさせることができなくてごめん…。今のあなたは耳が聞こえないよね。耳が聞こえないと、授業の内容を理解ができない。だから、あなたにとって学びやすい環境はあるか私が探した。そして聴覚支援学校を見つけた。この学校なら学んでいけるかなと思った。もちろんあなたが決めるよ。どうしたいか聞きたい』
口話と違って、書くのは時間がかかる。母さんが書き終わるまで待った。暇潰しでスマホをいじろうをと思ったけど、母さんの一生懸命に書く気持ちが伝わって、心を揺さぶった。スマホをいじらず、書き終わるまで待った。
「珍しい学校だね。こんな学校は聞いたこともないし、見たこともなかった」
『そうだね。私も驚いたよ。それで、どうする?』
行くか、行かないかと問わられた。
うーむと腕を組んで考えた。僕は耳が聞こえないので、先生や生徒に筆談をお願いをしても無理な話だ。
面倒くさくてやってもらうことができないだろうと想像した。
でもこの学校はどんな学校なのかイメージができないので、行きたいか行きたくないか決められない。
「この学校に興味がある。この学校に見学をしてもいい?」
答えると、母さんの表情が急に緩んでいた。そして、Goodのサインを出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます