ログアウト不可MMOでニートの俺はマイナースキルを極めて無双する

『アポカリプスオンライン』は、昨今円熟の期を迎えたフルダイブ型ファンタジーMMOネトゲの中でも屈指の人気を誇るゲームである。


 ドラゴンが空を駆ける草原、アンデッドひしめく砂漠、怪物が群れなす海原を旅する壮大な世界観を舞台としている。

 その凄まじいクオリティと自由度の高さもさることながら、異様な作りこみと小ネタの数々で競合ゲームと圧倒的な差をつけ、国内アクティブユーザー数は常に100万人以上、最多時には全世界で600万人以上がログインしていたという。


 そんな『アポカリプスオンライン』で未曾有のネットワーク障害が発生し、ログアウトできなくなる事件が発生した。

 イベント中だったこともあってログインしているユーザーは多く、現在では国内の200万人がゲーム上に意識を囚われたままになっているという。


 とアナウンスされたのが一ヶ月前。

 俺は未だにゲームからログアウトできないまま、始まりの街「アルトシア」でなんやかんや過ごしていた。

 だって、外に出るの怖いんだもん。


 *


 『アポカリプスオンライン』の仕様に「キャラクターの感覚がプレイヤーにフィードバックされる」というものがある。

 これによって食べ物の味を感じたり、他のキャラクターの体温を感じたりすることができる。プレイヤーの没入感を極限まで高め、この仕様をきっかけに人気を博した。

 戦闘でもこの仕様は有効で、攻撃する感触も、攻撃される苦痛も感じることになる。もちろん健康に害がない程度に刺激を弱められてはいるが。

 このため、戦闘を一切行わなずに【農家ファーマー】や【商人マーチャント】などのアイテムの生産や取引を楽しむ、いわゆる「農家ビルド」のプレイヤーもそこそこ現れ、メジャーなプレイスタイルとなった。


 問題は不具合が起こったあとに発覚した。

 ゲーム内で「死亡」すると、プレイヤーはその場で蘇生させられるのを待つか、拠点で復活するかを選べる。

 通常は蘇生させられるとすぐ復帰できるようになっているのだが、どういうわけか、蘇生させられたキャラクターは放置されているかのごとく何の反応も示さなくなった。その場に立ち尽くしたまま、何の抵抗もなくまた殺されるのだ。

 かといって拠点で復活したという話も聞かない。


 初めは「死亡すると現実に戻れるのではないか」という噂が立って、各地で集団自殺やら殺し合いやらが起こった。

 しかし不正ツールを用いてゲーム内からネットニュースを閲覧したユーザーから、とんでもない情報が広まった。


 ゲーム内で死亡すると、そのフィードバックがプレイヤーに還元され、というのだ。


 この不祥事によって運営会社ジェネシスエンターテイメントは崩壊。

 開発チームは連日の抗議やら一大事の罪悪感やらで、主要メンバーの半分が首を吊っているのが見つかったり、もう半分は遺族の襲撃にあって亡くなったりし、

 肝心のゲームもスパゲッティコードだらけで手の施しようがなく、

 サーバーやパソコンの電源を切ろうものなら中にいる150万人(50万人はゴタゴタで死んでしまった)がどうなるかもわからない、

 ……という、考えうる中で最悪の事態となっていた。


 国策で運営サーバーや稼働中のパソコンの維持費が支払われることになったが、ユーザー家族に配当される金額は微々たるもので、とても毎月の電気代を賄えるものではなく、

 それらの金は当然のことながら税金から支払われるので「けしからん!」とか抜かす輩は出るわ、

 日本中で大量の電気を浪費する羽目になったことで月々の電気代がメチャクチャ値上げしたり、

 便乗して税金やらも大幅に値上げされて世間からのバッシングはとんでもないことになっていたし、

 さらに寝たきり同然のログインユーザーを介護する必要も出てきたり、現実で発見されなかったりパソコンが壊れたりして死んでしまったユーザーも多数発生し、

 いうまでもなく数百万人の国民が事実上の死者になってしまったことから、我が国の経済状況はかつてないほどに落ち込んでしまった。

 こうした多数の社会問題を引き起こしたことから『アポカリプスオンライン』のユーザーを切り捨てるべきとの論調が強まり、そこかしこで暴動やら襲撃やらが発生して世の中が荒れに荒れまくっているということも、ついでにわかった。


 ゲーム内でも大混乱が起こったのち、外に出てモンスターやらに殺されると現実の自分も死ぬということから、街に引きこもって「農家プレイ」に専念しようという機運が高まった。

 結果として冒険するプレイヤーは減り、町の外では狩られなくなったザコからボスまで大量のモンスターが闊歩するようになり、イベント用のレイドボスは倒されないまま定期的に街を襲撃する始末。街を棄てて亡命するプレイヤーは相次ぎ……。


 こうして、周辺モンスターのレベルが最も低く設定されている始まりの街「アルトシア」に、60万人以上のプレイヤーが集結したのであった。

 そりゃそうだ、誰だって死にたくないもん。けど、ここだって安全というわけではない。


 *


 で、俺はリアルではニートなわけだが。

 ゲームの中でも働くのはまっぴらだったので「農家ビルド」なんてやるはずもなく、かといってせこせことレベル上げに励むのも面倒だったのでしなかった。

 代わりにあるマイナーなジョブを磨いていた。

盗賊シーフ】クラスの傍流、レベル30くらいでスキルが打ち止めになる『鎖使いチェインマスター』だ。

 習得できるのは大半が対人戦用のデバフスキルで、それらはボス級はおろか中盤のモンスターにも効果がないようなものばかりだったが、一覧を眺めて俺はあるスキルの有用性に気付いた。


《ハイストチェイン》というそのパッシブスキルは、盗賊クラスの基本スキルである《盗む》を「鎖」で行えるようになるというものだ。

 これにより、《盗む》の射程が20メートルくらいになる。大半のモンスターの物理攻撃が届かない位置だ。

 そうして安全圏から通常攻撃を連打してモンスターから素材やらアイテムやらを盗みまくり、それを売った金で得た小金で遊び暮らす……というのが俺のプレイスタイルだった。

 ステータスは極限まで命中と幸運に振ったせいで紙装甲なくせに火力はまるでなく、メインクエストもほぼ進んでいないためレベル制限は30と貧弱なので、つるむような仲間パーティーはいなかった。

 まあ、俺が望んだことだから別にいいんだけど。


 基本的にはソロでダンジョンに潜り、クエスト放棄の違約金以上にアイテムを稼いでから脱出する……という感じだった。

 稼ぎ時のレイドボス戦には野良PTで参加して他のキャラクターを応援しながらアイテムを盗み取ったりしていたが、アプデでクエスト達成率が可視化されるようになってからは無言で排除キックされるようになった。

 俺の達成率は脅威の0.06%。そりゃ蹴られるわな。前述のクエスト放棄プレイが完全に裏目に出てしまった。


 そんなわけで世知辛さを感じつつ、今回のレイドボス稼ぎもほぼ無理になってしまい(だってソロ参加するとこっちにタゲ移った瞬間に死ぬもん)、どうすっかなーと思っていた矢先にこのログアウト不可事件である。

 ゲーム内とはいえメシを食わねば餓死し(余計なところに凝りやがって)、餓死するとリアルでも死ぬので、金を稼がなくてはならない。

 だが、俺の稼ぎはモンスターに完全に依存していて、そのうえ攻撃を避けきれずに死ぬこともままあったので、ゲーム内の死=現実の死である現状外に出て奴らと戦う選択肢は絶対に避けたい。

 しかしいまさら農家ビルドに転向したところで、同様の理由で「アルトシア」内の【農家】や【商人】はすでに飽和しきっているために稼げる見込みもなく。

 過去に築いたアイテムの山を切り崩しながら、何とか生きているという始末だ。それももうじき底をつくので、


 真剣に詰みかも知れない。






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