第134話 助けてください。くのいちさん。

あらすじ シンはコモロに魅了された。


「どうして男が産まれない!」


 ニドヘグの尻尾が鞭のように僕を叩く。


「わかりません」


 僕はそれしか言えない。


 わからないのだ。


「なにかあるはずだ! なにか!」


 ニドヘグの怒りは収まらない。


 捕まってからかなりの時間が過ぎているはずだ。僕が連れていかれたのは地球上とは思えない場所だった。花々が乱れ咲き、草木が鮮やかに育ち、鳥たちが歌い、獣たちが踊る。死後の世界みたいな、この世とは思えない場所だった。


 魔女たちは楽園と呼んでいた。


 悪い冗談だと思う。


 僕がそこでやったことはやっぱりセックスだった。人間の姿をしていない魔女たちを抱かされ、孕ませ、そして卵を産み、子供が孵る様子を繰り返し繰り返し見せられた。


 みんな女の子だった。


 卵から出た瞬間から喋りだす小人として出てきて、しばらくすると同世代ぐらいの子供のサイズまで大きくなっていた。成長は早く、そしてすぐさま新たなセックスの相手となった。


 神を産めない子たちは魔女にされる。


 そんな脅しで、泣く子もいた。嫌がっているのは一様だった。心苦しかった。でも、僕にはどうすることもできなかった。コモロさんの命令には逆らえない。僕は負けている。


 言い訳にはならないけど、最初は抵抗した。


「記憶だけじゃなく、己の魂に問え! タイホンを隠され、その役目を与えられたからにはなにか鍵があるはずだ! イメージしろ!」


 ニドヘグは僕を痛めつける。


 最中ですら腰の動きが遅いと叩かれる。全身は蚯蚓腫れが破れて血だらけ、鏡すら見てないけど、娘たちが僕の顔を見て怯えているから酷いことになっているはずだ。まぶたが重くて、前もよく見えない。


 気絶する寸前まで痛めつけて、回復魔法。


 眠ることすら許されなかった。疲れも傷も癒える、ただ精神が磨り減るのもわかった。何も考えられない。苦しむ娘たちの顔を見ても、なにも感じなくなってきている。


 気持ち良さだってもうない。


「まぁた、いぢめてるぅ」


 ただ、コモロさんの声で射精する。


 頭がおかしくなってる。


 横で、笑顔なのかわからない爬虫類の顔をして見ているその姿を意識して勃起して、声をきっかけにイっている。苦痛が、その瞬間だけ幸福に切り替わって、すべてがどうでもよくなる。


「もっとぉ、楽しめばぁ?」


「コモロ」


 ニドヘグは僕に絡みついた。


「この時間はすべて無駄だ。神の封印から、すべてがはじまる。それまではただの準備だ。魔女たちの胎を使ってすべて失敗など……」


「つかれてるよぉ。休憩しよ?」


「……」


 ニドヘグは頭を振って、しかし、コモロさんの言葉には従った。この二人の関係はわからないがそういうところがある。忠誠心というのだろうか、この大蛇は彼女のためだけに生きている感じ。


「だれか、タイホンを見張れ! だれか」


「もうだれもいないよぉ。みんな妊娠してる」


 コモロさんは僕の前に屈んだ。


「逃げちゃダメだよ? わかるよねぇ」


「……はい」


 僕は魅了されている。


 でも。


「……」


 コモロさんとニドヘグが楽園によくわからない裂け目を作って出て行くのを見送って、僕は周囲を見回す。確かにだれもいなくなった。そこまで広い空間じゃない。このときを待ってた。


 逃げはしない。


「いひいうれちひしあ・いひいうれちひしあ・うさみあきひちぉうぃあおんりいえいえ」


 合ってるはずだ。


 苦痛の中で、ただ、僕は頭の中でこの呪文を唱えていた。どんな対価でも払う。だから僕はここから救われるはずだ。


 その気持ちだけで自分を支えていた。


「いひいうれちひしあ・いひいうれちひしあ・うさみあきひちぉうぃあおんりいえいえ」


 覚えられないと思った長い呪文。


 キャンプを見張っていた一ヶ月、何度も書き起こして心の中で唱えた。口に出したら契約は完了する。二回唱えたのは念の為だ。


 助けてください。くのいちさん。

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