第135話 ミドリの計画
あらすじ シンはくのいちに助けを求めた。
青空が音もなく裂けた。
見上げたのは強烈な忍魂を感じたからで、穏やかな空に黒い裂け目が現れ、そこから白刃が落ちてくることに気付く。
「刀……?」
刃を下にしてまっすぐ落ちてきたそれは、僕の目の前で静止して、その刀身に読めない赤い文字を浮かび上がらせる。
手を伸ばすと文字が光った。
「シン」
くのいちの声が脳内に響く。
「呪文を唱えたということは緊急事態のはずだ。手短に言う。刀を取れ。それはシンにしか取れないようになっている。あとは刀に聞け」
「刀に?」
つぶやきながら柄のない刀の刃ではないところを握る。その瞬間、楽園と呼ばれた地獄の景色が消えて、真っ白な世界が現れた。
「へ?」
「おぬし、なぜここに」
目の前にいたのはヒスイだった。
「いや、それよりもその姿。なにがあった」
蔵升島でくのいちに殺された忍者とクノ大臣の願いが宿った刀だ。光沢のある白い髪をした、子供のような外見の忍者の師匠。出会ったことがずいぶん昔のように思える。
「イチさんから聞いてるんじゃないの?」
僕は手に握った刀を見る。
軽い。
すごく手に馴染むというか、握っている感覚だけど宙に浮いてて見えない力で手を動かすのについてくる感じだ。どうなってるんだ。
「ワシはなにも……」
言いかけたヒスイの表情が固まった。
「ここは忍魂の内側だ。シン」
くのいちがいた。
全裸で、でも半透明。
「内側って?」
「質問はあると思うが、これはシンが呪文を唱えたときに伝えるために生み出した忍法メッセージだ。答えられない。ただ、忍魂の内側では外部の時間の影響は受けない。これから言うことを理解したら、自分の意思で戻れ」
「……」
僕はヒスイを見る。
「まさか、イチ」
「ヒスイはわたしがここに現れたことで理解しただろう。ミドリの計画は失敗した。わたしを殺したかったのだろうが……」
「え」
どういうこと。
「……わたしがシンに惚れることは予想外だった。最初から失敗していた。それを無理に推し進めようとした結果が今の状況だ」
半透明のくのいちは一方的に喋りつづける。
「ヒスイ、わかったな。シンを生かして送り届けろ。それができなければミドリが死ぬ。むろん、その忍魂がどうなるかなど言うまでもない。育ての親と思う情などないぞ? わたしの迷いを利用したつもりだっただろうが、見誤ったな」
「イチ」
ヒスイは悔しそうに俯いている。
「細かいことは、巻き込んだ相手にその口で説明しろ。わたしからは以上だ。シン、すまなかった。こうするしかなかった。愛している。再び会えることを望んでいる……」
「?」
なんだか変に遠慮気味な感じだった。
「どういうことなんですか」
「……」
ヒスイは僕の質問に答えなかった。
「巻き込んだ相手って僕のことですよね?」
「なぜ、ワシが苦しまねばならぬ」
両手で顔を押さえ、震える声が響いた。
「なぜ、ミドリが苦しまねばならぬ! 確かに力に惹かれた。それは認める。だが、善意で拾った子供には違いあるまい! その子供に犯され! それを恨んでなにが悪い! 殺したいほど憎んでなにが悪い! おぬしもそう思うだろう!」
「……」
声の迫力に気圧される。
白い世界がぐらぐらと揺らいでいるのがわかった。忍魂の内側。たぶんここはヒスイの世界なのだ。そして呼応するように頭の中に流れ込んでくるだれかの記憶。僕自身にも覚えがある記憶。襲われて、恐怖と快楽を刻み込まれる。
「イチさんを殺すために」
僕は口にする。
事情を理解はできる。
「僕に隠された、タイホン、神の遺伝子を手に入れさせようとしたんですね。そうすれば大勢が動いて、命を狙うことになるから」
やろうとしたこともわかる。
「……」
ヒスイは反応しなかった。
「その過程で僕が死んでも!」
でも、同情はできない。
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