第109話 泥の鯨
あらすじ タカセとニコ対クウ。
「なにが狙い!?」
問いかけながらタカセさんが先に手を出す。
飛ぶ相手に容赦のない蹴り上げ。
「あばれる!」
軽く避けて女の子は叫んだ。
「めだつ!」
舌足らずな口調と、満面の笑み、見開かれた瞳がぎょろりと動き、左右別々に僕とタカセさんを見た。人間のそれじゃない。
「ニコ!」
「忍法。
僕は地上から泥の烏賊を生み出して飛ばす。
数百の泥の塊が、ミサイルのような軌道で自律的に泥をまき散らしながら上昇、相手の視界を遮りつつ、味方には泥を供給して武器とする。サポートのためのオリジナル忍法だ。
某ゲームを参考にしたのは言うまでもない。
「どろあそび? クウもする!」
女の子の目がこちらを見て輝いた。
「泥んこパンチ!」
タカセさんは容赦なく、空中に飛んだ泥を集めた巨大な、ほとんど女の子と同じサイズの拳を叩きつける。避けることを許さない。
「きゃはっ」
笑った。
集めた泥の質量を押しつけられ地面に叩きつけられる一瞬でテンションが上がったのがわかる。寒気がする。殴られて痛いものじゃないが、泥の重みに潰されて落ちるのは怖いぞ。
修行中に何度も食らったシンプルに嫌な技。
「ヤバい。効果なさそう」
僕の横に着地したタカセさんも冷や汗。
「ええ。逃げましょう」
言えることはそれしかない。
「暴れる? 目立つ? なんのために?」
言ったことを気にしてるみたいだった。
「考えて答え出ないでしょう。逃走ルートは任せます。僕は烏賊、全開で出しとくんで!」
目くらましにはなるはず。
「ニコが全力出したら地盤緩むって」
「怖すぎる……」
僕は地面に両手を突いて忍魂を流し込む。
想像しうる限り、限界まで広く、僕の泥に。
「わかった、行くよ!」
「はい!」
打ち上げられる数千、数万の烏賊、倒れる木々、泥の雨を浴びながら僕はタカセさんの後を追いかける。十秒あれば、見失わせることぐらい。
「くじらーっ!」
「「!?」」
前を走るタカセさんが両手で耳を塞ぎ、僕もそれに合わせるぐらいには大声、そしてその後に広がる衝撃波に僕たちは吹っ飛ばされた。
声だけで?
「げ」
泥の鯨が地面から頭を出し、森ごと飲み込むような巨大な口で僕の烏賊をことごとく食っていた。力の差を誇示するような忍魂の使い方だ。
「ウソ」
タカセさんが首を振る。
「泥忍法、そんな簡単じゃないのに」
「……」
それは確かにそうだ。
地面が大きく揺れていた。
僕たちは泥の鯨が余波で出す泥の波から逃げていた。すでに立場が逆転している。逃げて追跡を撒くのではなく、相手の力から逃れているだけだ。方向もなにもない。
「こっち、人里だけど……」
「止めらられないですよ。この規模」
「……けど、このまま、じゃ」
走りながら、タカセさんが口を押さえる。
「!?」
「気持ち悪い」
吐きそうらしい。
「急に?」
この緊迫した状況で?
「ニコのせい! ニコが変なセックスするから! メリーゴーランドとか! バイキングとか! フリーフォールとか! 観覧車とか!」
タカセさんは叫んで、横を走りながら僕をぽかぽか叩いた。足場が悪いのでふらつくし、青ざめた顔なので深刻そうだが困惑だ。
「命名はおねえちゃんだよ!」
遊園地体位。
「というか、忍者がそのくらいのことで」
「悪阻?」
「つわ? え? それって」
「妊娠したかも」
「……だれの子を?」
「ニコの子! なに言ってんの?!」
「さっきだよ? 初セックス」
「他にいないし!」
「……」
その言葉は信じたいけど、よくわからない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます