第108話 クレバーなやり口

あらすじ 後手に回るとは言ってない。


 嫌な予感はすぐさま的中した。


「いますよね!?」


 シズクは例の小屋へ踏み込む。


「……戸隠と東京の往復は大変だろう」


 湯船にひとり、クノ・イチは牛乳瓶片手に言う。口の周りが白い。完全に寛いでいたが、驚いていない。状況はわかっている様子だった。


 指示していたのだ。


「シンくんの居場所をリークした!」


 シズクは糾弾する。


「青森だなんてウソを……」


「青森? 秋田と言わなかったか?」


 クノ・イチはすっとぼけた。


「先手を譲るだなんて……」


 シズクは無駄足を踏まされていた。その間に状況は激しく動いている。複数勢力が一気に入り乱れる事態になったのだ。


「だれに譲るとは言ってなかっただろう。まずシンを捕まえて貰わないと、クウに奪わせることができないからな。誘導させて貰った」


 策略だった。


 力尽くで大抵のことを解決できるクノ・イチがそうした手を使うことは珍しいが、少人数で最大の効果を目指す忍者本来の戦い方だった。


「それが魔女ですか?」


「サザンカ。三次研に情報があるはずだ」


 シズクの疑問は先回りされる。


「クノさんに説明して欲しいですけど」


「クウは魔物の性質を持っている。けしかけるなら魔女だ。あいつら魔物の言葉は信じやすいからな。実際にシンの存在を把握すれば、わたしへの手札として奪うだろう」


 魔女については語らなかった。


 仲間意識がある訳ではないようだが、日本政府に魔女を売らない程度には共感している様子がある。魔物と交わらされた女同士としてか。


「それを狙って、指名手配をかけた側も」


 敵対組織と敵対組織をぶつけて消耗させる。


 クレバーなやり口だ。


 周辺の被害に目を瞑れば。


「ああ。どうだった?」


 クノ・イチはにやりと笑った。


「最悪ですよ」


 シズクは持ち込んだ忍ドロを浮かべる。


 ネットニュースが速かった。


 SNS上にいくつもアップされた動画が翼を持つ幼女と男女の忍者の戦いであることが広まり、第一報としてえシズクに伝えられるまで半日、そこで飛ばした忍ドロが捉えた映像は土砂崩れとそれによって埋まったひとつの村だ。


「なかなかの被害だ」


 クノ・イチは微笑んでいる。


「地震のような揺れがあったことで、住民は避難していましたが、村の全世帯八十三戸の家屋が泥の底です。クウちゃんと戦うとここまで?」


「なるだろうな。まだ加減ができない」


「そして……彼らです」


 シズクは映像を進める。


 災害派遣としてすぐにやってきた自衛隊と行動を共にする日本での訓練中だった海外のレスキューチーム、そう報道では伝えられている集団が撮影できた。


 地球上の国や国際機関のものではない。


「軍隊か」


 統制の取れた動きからの印象は同じだった。


「ええ。なんなんですか、これは」


 事態が大きく動きすぎている。


 策略にしても、規模を制御できていない。


「それを調べるのがシズクだろう」


 クノ・イチは悪びれなかった。


「文科省の権限じゃもう無理ですよ。実際、自衛隊を抱き込んでる時点で、国の上とは繋がってる。クノ大臣も下手に動けない」


 いきなりお手上げの状態だった。


「わたしに行けと?」


「シンくんがどちらの手に落ちたのか、逃げたのかもわかりません。クウちゃんの居場所は?」


 情報ソースとして現場に近いのがここだった。


「危険があればワープでここに戻ってくることになっているが……少なくともまだだな」


 母親は溜息を吐いた。


「心配じゃないんですか? 娘でしょう!?」


「シンがだれかに捕まればすぐさま横取りするように言ってある。追跡しているだろう。場所としては……南に動いているな」


 クノ・イチは瞳を閉じ、方向を指さす。


 娘の位置は感知できるようだった。


「どちらも取り逃がしたと」


「だろうな」


 少し得意げな表情で、湯船に口まで浸かる。


 ニヤケた表情を隠したいらしい。

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