第110話 白い髭のハゲ

あらすじ シンはタカセを孕ませた。


 波のようにうねる地面、倒れていく木々を避けながらの疾走、揺れで気分が悪くなってもおかしくないけど、僕たちは忍者である。


 そのくらいで平衡感覚は失わない。


 そういう修行をさせられて、数ヶ月で僕がそう感じるのだから幼い頃からずっと忍者のタカセさんならなんともないはずだ。


「……う、うぇ」


 なのに膝をついて座り込んでしまう。


 つわり?


 妊娠するようなことは確かにした。


 したけれど、数時間とかそこらで身体に変化が出るようなことじゃないことぐらいは小学校で習う性知識でもわかることだ。常識だ。受精して、胎盤が出来て、母親と子供の間に繋がり生じてからの変化になるはず。


「僕が背負います。背中に吐いてくれて構わないので、ともかくしがみついて……」


 言ってられない。


「いるかーっ!」


 女の子の声が響いた。


 今度は衝撃波こそ伴わなかったけど、頭がキンと痛くなるような音だった。これは気持ち悪い。吐くかも知れない。


 ざぶん。


 泥のイルカが地面を平行に泳いでいく。


「ニコの忍法を真似してる……?」


 タカセさんはつぶやく。


 泥で生き物を模したものを作りだし、特定の行動をさせる。ただの泥になにかをさせるというのがなかなかイメージ出来ず忍法の習得に難儀した僕が思いつきではじめたものだ。


「僕、あんな大きなもの動かせないですけど」


 無邪気に真似されて、センスの差を見せつけられてる感じだ。哺乳類は無理だった。僕のイメージで知能のありそうな生き物は再現できたことがない。すぐ泥に戻ってしまう。


 烏賊を蔑視してる訳じゃないと思うけど。


 きゅー。


「理屈より感性だから……でも、あの子はそういう環境にいるってことで、とんでもないのに目をつけられてるよ……お」


 きゅーきゅーきゅーきゅ。


「……」


 イルカが僕たちの周りを取り囲んで鳴いていた。鳴き声まで出せるだなんて精度が高い、とか感心してる場合じゃなくこれは呼んでる。


「いたーっ!」


 女の子が飛んできた。


 翼を広げて急降下してくる。


 もう追いつかれた。


「やるしかない?」


 ふらふらとタカセさんが立とうとする。


「どろんこきーっくっ!」


「!」


 僕が反射的にタカセさんを突き飛ばして間に入ったのは考えがあってのことじゃない。泥で作られた巨大な足、猛禽類のような鋭い爪を、受け止めさせられないと直感しただけだ。


「な、んで!?」


「に」


 妊娠してるんでしょ?


 そう言おうとした瞬間には僕の意識はすっ飛んでいた。掴まれて、振り飛ばされた。わかったのはそれだけで、次の瞬間にはどこかの木をへし折る勢いでぶつかった衝撃を受けていた。


「だっ」


 痛い。


 痛い、で済むのは修行の成果だなんてことを喜んでいる余裕はない。庇ったつもりだったけど、離れちゃったら守れもしない。僕が守るほどタカセさんは弱くもないんだけど。


「あうう」


 ただ、力は入らなかった。


 折れる木を滑るように落下して、掴もうとした枝も地面に向かって落ちて、細い木に突き刺さらないように身をよじるのがやっとだ。


 湿った落ち葉の上に転がる。


「おねえちゃん」


 僕がしっかりしないと。


「いたぞ! カンダ・シンだ!」


 チャキ。


「?」


 ざざざ、と足音が周囲を取り囲んでいて、声をした方に目を向けると銃口が向けられていた。ライフル? わからないけど拳銃ではない、両手で構えるそれからは赤いポインターが伸びていて、僕の胸元、心臓に狙いを定めていた。


 複数。


「抵抗するな。殺すなとは命じられていない」


 そして銃を構える男たちの間から白い髭のハゲが現れる。痛々しく抉れた頭皮、そして銃で撃たれたかのような跡、見るからに強面だ。


「カンダ・シン。逮捕する」


「……」


 僕は両手を挙げるしかなかった。


 すぐさま背後から手錠をかけられる。


「あの子の、仲間ってこと?」


 計画的に蹴っ飛ばされたのだろうか。


「いいや、大規模に包囲していただけだ。あの子供のことは、我々も知らない。関わりたくもない。さっさと撤退するぞ」


 男は知りたいことを答えてくれた。

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