第106話 ブレーキを踏む
あらすじ シンは消耗している。
「ニコ。自由に動けないのはつらいと……」
「僕なら大丈夫」
タカセさんに気遣われる前に、僕は先に。ボロを出したくない。絶対に知られたくない。そしてこの状態になにも安心できない。
二人っきりのようで。
出て行ったフリをしてるサタカを想像する。
あいつはそういう陰湿なことをやる。
「……やっぱ様子おかしい」
「逃げないよ。僕」
言えることはそれだけだ。
タカセさんにサタカとのことを知られずに逃げる方法がない。なんとか僕の力であいつを黙らせて、消したい。殺すことも選択肢に入る。ここまで殺したいと思った相手ははじめてだ。
しかしシマさんの身代わりは必要でもある。
少なくともここを切り抜けてから。
「あたしは裏切るとか思ってない。ただ、サタカになにか嫌がらせされてるんじゃないかと思って……イバの家ってそういう家なんだよ。性格が悪いって言うと言い方悪いけど、仲間の裏切りを監視する役目で、甲賀衆がほとんど壊滅したのに生き残ってたのも前線に出てこないからで」
「……うん」
何者とかはどうでも良かった。
「忍者の世界でも嫌われがちなポジションだった。あたしは、そういうの可哀想だと思って結婚の約束も、強く否定はしてなかった。乗り気だったことはない。その、なにもない」
「うん。わかってる」
ダメだ。
タカセさんがムードを作ろうとしているのがわかった。このタイミングで恋愛を進展させようとしている。いや、確かに二人っきりで、すぐには危険が迫っていない状況ながら、いつ次があるかわからないとなれば、普通に適切なタイミングでもある。
「なにがわかってるの?」
自然に、タカセさんは僕の隣に座った。
何度もサタカと交わった広げた寝袋の上だ。僕がどうしようもなく恥ずかしい格好をさせられた。臭いが残っていないか心配になる。そんなヘマはしないとあいつは言ったけど。
鼻の奥に記憶が残ってる。
「タカセさんを疑ったことはないよ」
僕は迷う。
サタカがテントの中の様子を観察している、というのは僕の妄想だ。けれど、このままの流れで停滞していた恋愛を進展させたことを知られたりすれば、刺激しかねない。
「好きなまま、だ」
こんなことを言ってしまっていいのか?
「ニコ」
見つめるタカセさんの瞳。
そこに映る怯えた僕。
「ママ活をやめたら、って言ったじゃない?」
「……うん」
ダメだ。
手を重ねてきてる。
「やめたというか、もう出来なくなった。ニコとして仕事は受けられない。状況は良くないけど、あたしたちは一緒に逃げる。そうでしょ?」
「……」
テントの外を気にする素振り。
「何度か、ママ活の様子を見てた」
「!?」
察してくれない。
「外から……ニコは、どんなママさんが相手でも嫌な顔ひとつしなくて、正直、不安だった。ただの女好きなんじゃないかって」
タカセさんはかなり前のめりだった。
たぶんあいつに告白されて、断ったことで気持ちを固めたんだと思う。僕を選んでくれた。最後の迷いを僕に断ち切ってもらおうとしてる。わかってしまう。経験だけは豊富だから。
ここで優しい言葉をかければやれる。
「そういうところもあると思う」
ブレーキを踏むしかない。
「本当に嫌いなことはできないよ。僕は」
空気をぶちこわしてでも。
「でも、あたしには違う顔を見せてくれる?」
「……」
めっちゃ信頼されてる。
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