第80話 一石二鳥

あらすじ 日本では女性が性に積極的です。


 戦いの鍵は僕が握っている。


「あたしの忍法はクノ・イチに盗まれた」


 タカセさんは言った。


「習得に何年もかかったのに、甲賀衆の過去の文献を調べて、ほとんど失伝してたものを仲間たちの協力で復活させたのに、一瞬で」


 忍法では戦いにならない。


 くのいちは圧倒的で、そして対抗するために新たな手段を身につけても簡単に奪われうる。もはや僕しか弱点らしい弱点は残っていない。そういうことらしかった。


「あ、ニコ」


 湯船につかったタカセさんが言う。


「ちゃんとした?」


「……うん」


 落ち込んだ気分のまま僕は頷く。


「言われたとおり一方的に、腰を振ったよ……運転手さんが泣いても喚いても止めなかった。今は、リビングで気を失ってる」


「見てくるんだわ」


 シマさんが湯船から上がって、タオルを手際よく身体に巻き、入れ替わりに風呂場から出て行く。たぶん空気を読んでくれたんだと思う。


 二人きりにしてくれた。


「冷えるよ。身体洗って、入りな」


「うん」


 広い洗い場。僕は熱いシャワーを浴び、気持ちを落ち着かせようとする。言われたとおりにした。はじめて、自分から女の人を襲った。


 不意打ちで、背後から。


「どうだった?」


「別に、どうもしない」


「気持ちよかったんでしょ?」


「そんなこと」


 ない、とは言えなかった。


 高揚感はあった。


 相変わらず硬くなったままの僕のちんちんだったけど、使われるんじゃなく、使う立場になって、母さんが褒めた意味がやっとわかったような気がする。これは男としての武器なんだ。


「あたしを酷い女だと思う? 好きだって言っておきながら、ニコを利用してる。都合よく、使い分けてる。クノ・イチと変わらないって」


「それは思ってる」


 僕は素直に認めた。


「でも、わかるよ。僕が……悪いんだ」


「どうして?」


「タカセさんに好きだって言われて、嬉しいのに、ちんちんはイチさんとの経験を忘れられない。どっちつかずで、イヤなヤツだ」


 運転手さんとのセックスも気持ちよかった。


 でも、僕が射精するまで時間がかかった。


 我慢した訳じゃない。むしろ、東京からはもうかなりの距離があるから、一時的に女に戻っても追跡はされないと思い切り出す許可さえ貰ったのに、なかなか出せなくて困ったぐらいだった。


 だから、泣かれたり喚かれたりした。


「クノ・イチがはじめての相手、あたしと同じ。わかりたくないけど、わかるよ。忘れられない。だから恨みも消えない。あいつは、特別な人間なんだ……特別に最悪な人間」


 タカセさんは天井を見つめて言った。


「ニコは悪くない」


「僕は」


「いずれ必ず、クノ・イチはあたしたちを捕まえに来る。時間稼ぎがいつまで持つか……だから、準備を整えなきゃいけない。ニコの身体に『なにか』を隠したヤツを先に見つける。交渉のテーブルに着かせる。そうすれば……」


 僕が主導権を握ってセックスできる。


 それがタカセさんの考える戦いの鍵だった。


 忍者としての力を使わせない。


 男と女として。


 僕に惚れてしまった弱味を使って。


「そんなこと、できるのかな……」


 ただ、僕には確信が持てない。


 体格差、体力差、経験の差、そんなものを覆す力が僕のちんちんに備わっているとはとても思えないのだ。大きいとは言われたって、魔物と交わったことのある人だ。人間レベルでどうこうなるとはとても思えない。


「だから、修行でしょ? 良かったじゃない。ママ活で、相手に困ることはないんだから。練習は出来る。お金も手に入る。一石二鳥」


 タカセさんは遠くを見る目で言った。


 たぶん、同じ不安は持っている。

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