第79話 ママ活
あらすじ タカセに言われてシンは素直に寝た。
目が覚めたら大変なことになっていた。
「んーっ!?」
口が塞がれていて声が出せない。目隠しもされていて周りが見えない。ただ、間違いなくセックスの最中だった。ぬるぬるとした熱があって、激しい運動の吐息が上にある。
なにがどうなったんだ?
くのいちにもう捕まったのか、とは思わなかった。感触がまるで違ったからだ。それにもっと根元まで飲み込まれる。熱いのは半分ぐらいで、おしりは少し寒い。そして草の匂いがする。
外らしい。
「んんっ! んーうっ!」
身体を動かそうとしたけれど、両腕を押さえられているらしく、上半身は身動きが取れない。抵抗しなきゃ、抵抗を。なんとか。そう思って、やっと腰を反って脚を踏ん張って突き上げる動きが出来た。ぐりぐりした感触だった。
「ひぎゃっ!」
それは悲鳴に似た声で。
僕はともかく必死でそれを繰り返す。
「……この動画を会社に送られたくなかったら、わかるよね? あたしたちのことは喋らない。それだけでいいんだから寛大な提案でしょ?」
「……」
目隠しを外されたとき、目の前には地面に正座するタクシー運転手と、その免許証をスマホに撮影しているタカセさんの姿があった。
「あの、せめて……子種を」
「はぁ? なに言って」
「必要なんです。その……いい歳なので。喋りません。喋りませんから……ください。たぶん、そろそろ当たる日なんです。こういう仕事をしているとどうしても時間と相手がいなくて」
「どういうこと?」
「タカセ、新法だなんだわ」
目隠しを外してくれたシマさんは言った。
「ちんぽ? なに言って」
「少子化対策新法、もー、ニュース見てない?」
「……それって、子供三人で税金免除とかってあれ? それとこれとが関係あるの? あたし、よくわからないんだけど……シマがこうなるのを読んでたのってそれなの?」
「ママ活……」
僕はクラスメイトが言ってたことを思い出した。独身のオバサンとセックスして子供が出来たらお小遣いが貰えるとか。ヤバい遊びだって話だ。補導されて少年院に送られたのもいるとか。
「ままかつ?」
「ほーらぁ、タカセ。ニコでも知ってるんだわ。むしろ経験者? 子供がターゲットって」
「……僕はやってない。やってるって言ってたヤツもいたけど、本当かどうか知らない。仲が良かった訳じゃないから……」
「あたしよくわかんないんだけど」
「シマちゃんが車内で説明する……運ちゃん。別荘までついてきたらニコが相手をするから、残りの運転も頼むんだわ」
「あ、ありがとうございます。感謝します。その、もちろん運賃は要りませんので」
「ラッキー」
「ちょっと! なんで勝手に決めてんの!?」
「んもー……シマちゃんの提案でニコを利用するって決めた時点で、タカセも共犯なんだわ。良い子ぶるのはよくない。悪い子なんだから」
子供を三人産んだ女性の所得税は免除。
四人目からはひとりにつき年間百万円が子供が十八歳になる年まで支払われる。それが少子化対策新法だった。僕が小学校低学年の頃に国会で議論されていたことを覚えているぐらいには、大々的にニュースで扱われ、賛否両論を呼んだ。
たとえば夫婦二人、子供四人の家族は年収が四百万増える。女性が働いているなら税金も免除されるので手取りはさらに増える。消費税を十年後に十パーセント引き上げることとセットにはなっているが、インパクトは大きかったようで、出生率は施行二年で倍まで跳ね上がっている。
もちろん良いことばかりではない。
特に独身の中年女性には不公平感の強い法律だったようだ。男性はそもそも子供が産めないから税金免除の対象に入らない点で最初からあきらめがついたが、女性は産んでさえいればその可能性があったという点で悔しさがあったらしい。
ママ活はそんな中で生まれたのだそうだ。
女性に精子を提供して、お金を得る。
人工授精ビジネスなども発展はしたが、医療行為扱いで高額なこともあり、もっとお手軽で安価な手段として、年端もいかない子供にお金を握らせて口止めをしてセックスをする。そんな方法が横行した。高校生ぐらいが相手だと別種の事件に発展することが多く、さらに安全な方法として、母親が金を取り、よくわかっていない息子を斡旋するパターンが増えてきているというのが最近の報道だそうだ。
「世の中どうしようもなく腐ってんのね」
タカセさんは感想を述べた。
「……」
「どの口が言ってるんだわ、って顔だ。ニコ」
シマさんは僕の顔をのぞき込む。
「そりゃそうです」
運転手の口止めのために寝ている僕を車に残してサービスエリアで食事したフリで撮影の準備を整えてました、なんて話を聞かされて他になんて言えばいいのだろう。
「でも、腐ってるなら……僕らも腐ってる」
他人事じゃない。
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