第63話 言ってることがふわふわ

あらすじ タカセは自分を制御できない。


 様子がおかしい。


「はっ、はふっ、はっ」


 獣みたいな息遣いになったタカセさんは僕をぎゅっと抱きしめて顔を舐めてくる。ほっぺたから鼻、おでこからまぶた。別の生き物みたいに舌先はぐりぐりとえぐってくる。


「なんで?」


 訳がわからない。


 まだくのいちみたいに襲ってくる方がわかる。そういう欲望なんだと納得できる。くすぐってきて、顔を舐めて、なにが楽しいんだろう。


 そういう趣味?


「ぐるるるるる」


 どこから声を出しているのか、うなりながら僕を押しつぶしてくる。その柔らかい身体とすべすべの肌の感触は僕を落ち着かない気持ちにしていたけど、抱きしめる力は強すぎて痛い。


 折れる。


「おねえちゃん、くる、しい」


「はふっ、ふっ」


 力は弱まらなかった。 


 丹念に顔を舐められながら、両腕と両脚でがっちりと固められ、二人で入れば狭いとしか言えないお風呂の底から動けない。いつ終わるかもわからない状況を耐えるしかなかった。まさか大声を出して助けを呼ぶ訳にはいかないのだ。


 僕たちは二人とも裸だし。


「あ、あ……」


 どれくらいの時間が経ったのか。


「……あたし」


 力が弱まって、タカセさんが立ち上がる。


「おねえちゃん……」


 僕の方はぐったりするしかなかった。抱きしめられていただけなのに疲労感が凄い。それなのにちんちんが硬くなっててさらに申し訳ない。


「ごめん。ごめんね。ニコ」


 タカセさんは僕を抱き上げた。


「もう……落ち着いた?」


 僕は言う。


 自覚のある症状なのか、なにか発作なのか。


「……」


 だが、タカセさんは返事をしなかった。


 視線が僕の下半身に向いていて、半開きの口から涎が溢れていた。口に水を含んだってそんなに溢れないだろうというぐらいの勢いだ。


「だい、じょうぶ?」


 恐怖と同時に察した。


 僕のあれを飲んだからこうなってる?


 よく考えてみれば、生えたちんちんは僕に注ぎ込まれた死者たちの魂だ。そこから出たものが通常のものとは思えない。通常のものを飲んでるくのいちが普通だと言う意味ではないが。


「……え? うん。からだ洗うね」


「自分で」


 こっちの声が聞こえてない?


「いいからいいから」


 ただ、落ち着いたのは確かなようで、優しい手つきで僕を洗い場の椅子に座らせるとシャンプーを手で泡立て、普通に洗ってくれる。


「食べちゃいたい」


 つぶやいた。


「……!?」


 無反応ではいられなかった。


「ん? どうかした? あたし、なんか言ったかな。なんか記憶、飛んでる……? そんなことないよね。ニコって甘い味がして、おいしいのは間違いないから、綺麗にしないと」


「おねえちゃん!?」


 僕は首を振った。


 食べる前に洗われてる?


 目を開けると泡が目の中に入ったけど、そんなことを気にしてられない。本格的に様子がおかしい。まだ趣味で舐められてる方がいい。


「動かないで……女の子は綺麗にしないと」


 タカセさんはさらに頭皮を揉む。


「大きく育って? おなかいっぱい?」


 なんか言ってることがふわふわしてきた。


「……」


 いやいやいやいやいや。


 比喩的な意味とか性的な意味とかじゃなく、言葉通りに食べようとしてるとしか思えない。なんでこうなってるのかわからなすぎて困る。


 あれを飲んだせいで僕を食べたくなった?


「ニコ、あたしね、おなか空いてるの?」


 疑問系?


「なにか、なにか作るよ! 僕、けっこう、料理とかやってたから……あの、なにが食べたい? おねえちゃんが食べたいものを作るよ! がんばって作るよ! 僕、だから」


 食べないで!


「ニコが、食べたい?」


「おねえちゃんが食べたいものを!」


「……あー」


 会話がつづかなかった。


「おなか、きゅうううってなってる」


「そう、なんだ」


 どうしたらいいんだ、僕は。

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